カスタマー・ハラスメント(以下、カスハラ)は、医療機関においてはカスタマーが主に患者・家族であることから、ペイシェント・ハラスメント(以下、ペイハラ)とも呼ばれる。そうすると、カスハラ対策とは、すなわち患者家族クレーム対策と同一のようにも思えよう。本稿は、それら2つの違いを説明し、カスハラ対策を現時点で導入すべきかどうかを、各医療機関ごとに熟慮してもらおうと意図するものである。
カスハラ対策に関する法規制
さて、まず、カスハラ対策に関する法規制を見てみよう。
ご存知のとおり、カスハラ対策を定める法律はない。パワハラ防止法とも言われる労働施策総合推進法は、未だカスハラの規制にまでは至っていないのである。近く労働施策総合推進法などの改正によってカスハラ規制も網羅されるかも知れないが、少なくとも今はまだ立法化されていない。つまり、各医療機関としては、カスハラ規制を行うか行わないか、その自主的な判断に任されているのである。熟慮してから、決断したいところであろう。
法律はないが、地方自治体ではつい先頃、東京都が全国で初めての条例を制定した。2024年10月4日に制定された東京都カスタマー・ハラスメント防止条例である(条例の施行は25年4月1日から)。ここでは、主な条文を2カ条ほど挙げておく。
「(事業者の責務)第9条第2項 事業者は、その事業に関して就業者がカスタマー・ハラスメントを受けた場合には、速やかに就業者の安全を確保するとともに、当該行為を行った顧客等に対し、その中止の申入れその他の必要かつ適切な措置を講ずるよう努めなければならない。」
(事業者による措置等)第14条 事業者は、顧客等からのカスタマー・ハラスメントを防止するための措置として、指針に基づき、必要な体制の整備、カスタマー・ハラスメントを受けた就業者への配慮、カスタマー・ハラスメント防止のための手引の作成その他の措置を講ずるよう努めなければならない。」
もう1つだけ挙げると、厚生労働省がいわば標準的なマニュアルを作成して、それを普及させようとしている。ここでは、厚生労働省カスタマーハラスメント対策リーフレットから抜粋して引用したい。
注目すべきところは、次のとおりである。
「◎カスタマーハラスメント対策の基本的な枠組み従業員・顧客への周知と、事実・証拠にもとづいた対応がカギ!」
「◎カスタマーハラスメントを想定した事前の準備事業主の基本方針・基本姿勢の明確化、従業員への周知・啓発
・トップが基本方針・基本姿勢を明確に示す。
・基本方針・基本姿勢、従業員の対応の在り方を従業員に周知・啓発し、教育する。
→基本方針を店内にポスターとして貼り出し、顧客へ周知することも有効!」
「◎カスタマーハラスメントが実際に起こった際の対応
○事実関係の正確な認識と事案への対応
・顧客、従業員等からの情報を基にその行為が事実であるかを確かな証拠・証言に基づいて確認する。
・過失がある場合は謝罪し、交換・返金に応じる。ない場合は要求等に応じない。
○従業員(被害者)への配慮の措置
・被害を受けた従業員に対する配慮の措置(組織的な対応やメンタル不調への対応等)を適正に行う。
○再発防止のための取組
・定期的な取組の見直しや改善を行い、継続的に取組を行う。」
カスハラとクレームはほぼ共通
カスハラの定義は、通常、「患者・家族等からのクレーム・言動のうち、当該クレーム・言動の要求の内容の妥当性に照らして、当該要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なものであって、当該手段・態様により、医療機関職員の就業環境が害されるもの」とされていて、具体例については、本誌24年10月号の筆者の記事で述べたとおりである。
定義等から明らかなとおり、つまり、カスハラと逸脱した患者家族クレームとは、ほぼ同様と言ってよい。ところで、カスタマーハラスメントは、以前からパワハラ・セクハラ・マタハラと言った「ハラスメント」と同様には位置付けられて来ず、そのため立法化は見送られて来た。なぜなら、かつては、患者・家族のクレームは医療機関の内からではなく外からなので、ハラスメントとしては分類されていなかったからである。しかし、被害者重視で被害者目線のハラスメントにおいては、セクハラやパワハラと異なるところはない。そこで、徐々に、ハラスメントとしても分類可能(カスタマーハラスメント)であると考えられるようになって来ている。そこで、立法化されれば、より強力にクレーム対応が可能となるであろう。
カスハラ対策とクレーム対策の違い
もともとクレーム対策の基本は、「目標は医療機関自体を守ること」であった。これに対して、カスハラ対策の基本は、(「医療機関自体を守ること」に加えて)「目標は、医療機関職員を守ること」である。ここが大きな違いだと言ってよい。
昔から言われていることであるが、クレーム対策の基本は、「まず最初に、患者・家族のクレームの対象が『患者・家族への実損があったか?』『医療機関側に過失(過誤)・非違行為があったか?』どうかを、想定すること(推認すること)が肝要である。最初から、『成り行きを注視』は不適切な対応であるし、また、『とりあえず謝る』は最悪な対応であろう」というものである。このように先読みして対策を立てることが、ポイントなのだと言ってよい。
ところが、カスハラ対策の基本は、「パワハラ(疑いも含む)対策と同様に、『プロセスを踏む』ことである。結果を先取りして、仲直り・和解・処分・解雇など、『中抜き』での『決着』を性急に求めがちであるが、被害者側が開き直ったら『パワハラ隠し』として医療機関自体も責任者とされてしまい沈没または炎上しかねない。(カスハラとして立法化された後は、この点に十分な配慮が必要となろう。)」というものである。よく「パワハラ隠し」などの用語でマスコミに取り上げられることもあるが、それらは法技術的には「プロセスを踏んでいないこと」「中抜きでの決着をしようとしていたこと」が暴かれていることがほとんどと言えるように思う。
カスハラ対策導入の法的な意味付け
酷いカスハラ状態に職員をさらすこと、または、一旦酷いカスハラ状態にさらされたにもかかわらずその職員へのその後の保護措置(たとえば、職場配置の転換)を何らも取らなかった場合、事業主は「安全配慮義務違反」だと訴えられることも多い。
法律上は、労働契約法第5条(安全配慮義務)では、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」と定められているし、労働安全衛生法第3条第1項(事業者等の責務)では、「事業者は、単にこの法律で定める労働災害の防止のための最低基準を守るだけでなく、快適な職場環境の実現と労働条件の改善を通じて職場における労働者の安全と健康を確保するようにしなければならない。また、事業者は、国が実施する労働災害の防止に関する施策に協力するようにしなければならない」と定められている。とは言え、「安全配慮義務違反」で裁判に訴えるのは、現実的にはハードルが高いし、そもそも判決で勝訴にこぎ着けるまで大変である。このようなところに、カスハラ対策が導入されたとしたならば、安全配慮のため、事業主に措置義務が課せられるものだと言えよう。つまり、実体法的な安全配慮義務を前提として,その実現のために、可及的な手続的規制を導入するものだと言ってもよいのである。したがって、各医療機関としては、そのような手続的な内部調査・カスハラ(不)認定とそれを踏まえた措置義務を、自主的に自らに課した方がよいと決断すべきかどうか、適切に熟慮しなければならないことと思う。
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