自民党総裁選で否定していた衆院の早期解散に踏み切り、「変節」と批判を浴びている石破茂・首相。総裁選では、健康保険証を12月2日に廃止しマイナンバーカードに一本化する「マイナ保険証」の廃止時期を見直す考えも示していたが、こちらも済し崩しになりそうだ。厚生労働省内には安堵の空気が流れる一方、ブレ続ける新首相への不安も持ち上がっている。
10月2日、就任会見に臨んだ福岡資麿・厚労相はマイナ保険証について「利用促進を図って行く事が極めて重要」と述べ、今の保険証の廃止方針を「堅持したい」と発言した。前日には総裁選で石破氏を支えデジタル相に起用された平将明氏も、官邸で首相と面談した後、マイナ保険証に関して首相からの指示は無かったとし、従来方針を「堅持したい」と語っていた。
マイナ保険証を巡っては、他人の医療情報と紐付けられたり、本人確認が出来無かったりするトラブルが相次ぎ、現行の保険証を12月2日に廃止(1年間は使用可)する政府方針には強い批判が出ていた。
こうした声を受け、石破氏は総裁選中、「期限が来ても納得しない人がいっぱいいれば(現行の保険証との)併用も選択肢として当然。廃止で不利益を被る人がいない様に努めるのが政府の仕事だ」と強調していた。やはり総裁選に出馬し、官房長官を続投する事になった林芳正氏も、「不安のままで(廃止)期限を迎える事を無くしたい」と述べていた。林氏は途中で「不安の声が有るので、しっかりと対応する必要が有るという趣旨だ」と発言を後退させてはいたものの、厚労省内には「時間も無いのにどうするつもりか。法改正も必要なのに」(幹部)との懸念が広がっていた。
一本化を急ぐ理由について政府は「医療の質の向上に繋がる。その効果の早期実現の為」と強調して来た。「医療の質の向上」とは、マイナ保険証によって個々の患者の診療歴や処方歴を医師が確認出来る点に在る。「正確な情報」を元に、薬の過剰投与等を避ける事が可能という訳だ。しかし、実情は理想に程遠い。
医療機関はマイナ保険証を通じ、個々の患者のレセプト(診療報酬明細書)情報を確認する。但し、これでは最新情報の入手は難しい。レセプトに基づく情報は診察日翌月の11日以降に更新される為、1カ月以上前のデータしか閲覧出来ない事も少なくないからだ。電子処方箋を導入していれば直近の診療履歴を医師や薬剤師らで共有出来るが、電子処方箋を導入済みの医療機関は、9月1日時点で14・6%に留まる。
「マイナ保険証」の利用に関し、全国保険医団体連合会(保団連)は5〜8月に医療機関で起きたトラブルの調査結果を公表した。回答した1万242件中、7134件、69・7%の医療機関が「トラブル有り」と答えている。昨年11月〜今年1月の前回調査時より10ポイント近い増加幅だ。
にも拘わらず首相は、マイナ保険証について国会で「法に定められたスケジュールにより進めて行きます」と述べ、豹変した。元々現行の保険証も併用させる意向だった厚労省にとっては、保険証の廃止は河野太郎・前デジタル相に押し切られた面も有る。廃止に不安を抱く国民が多い現状を憂う職員も多く、ある中堅は「ガッカリですよね」と漏らす。
同省幹部の間にはホッとした雰囲気が漂うが、新首相には別の心配が浮上して来ている。来年度は年金制度改革を控え、又、75歳以上の医療や介護保険の窓口負担割合の引き上げについても、遠く無い先に結論を出す必要が有るのだ。
「石破、林と政権ナンバー1、2による総裁選での約束でしょ。こんな芯の無さで国民の負担増の議論に向き合えるのか。正論で支持を得て来た人だけに、政権の先行きも心配だ」。ある幹部はそう呟いた。
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