美しい自然に囲まれた村で登山家を夢見る
福島県安達郡大玉村に生まれました。安達太良山の麓に位置し、阿武隈川が光る「美しい日本のむら景観100選」にも選ばれた誇れる故郷です。昨年には名誉村民の称号も頂きました。幼少の頃から安達太良山の登山に親しみ、夢は登山家になる事でした。福島県田村郡三春町出身で、女性として世界で初めてエベレストに登頂した田部井淳子氏は、私の尊敬する登山家です。中学・高校は地元の学校に通いました。進路指導の先生から看護師を勧められたのを切っ掛けに、上京して東京都立北多摩看護専門学校に入学しました。医療職とは無縁の家系でしたが、小中学校の同級生が白血病になり、入院していた大学病院に見舞いに行ったり文通したりした経験が、少なからずこの道に進む事を後押ししてくれたのかも知れません。
勉学に励みながら、30年間の臨床・管理経験を積む
看護師資格を取得後、東京女子医大看護短大の助産師養成課程に進みました。そこでは単に分娩介助を学ぶだけでなく、恩師となる大河原シゲ子先生の先見の明による素晴らしいカリキュラムが組み立てられていました。看護理論家として知られる薄井坦子先生の『科学的看護論』(日本看護協会出版会)や、『行動科学からみた健康と病気』(メヂカルフレンド社)で著名な宗像恒次先生の講義が有りました。
続けて、故郷に戻り福島県立総合衛生学院で保健師の資格も取得しましたが、助産の方が自分に向いていると感じ、東京女子医大病院に助産師として就職しました。助産師として経験を積むと、将来に対する焦燥感から一度臨床の場を離れ、助産師養成所の教員養成課程に通いました。助産師教育課程やこの教員養成課程で学んだ事は、今でも役に立っています。中でも庄司和晃先生の『認識の三段階連関理論』(季節社)は、患者さんとの向き合い方や物事の捉え方に大きな影響を受けました。例えば医療に異を唱える患者のご家族がいらした場合、その認識は間違いであると否定するのではなく、「相手の認識の中にケア提供者が入る事で本質を掴む事が出来る」という考え方です。
教員養成課程の修了後は、教員よりも臨床が向いていると改めて自覚し、再び助産師として女子医大に戻りましたが、配属されたのは、糖尿病センターでした。糖尿病センターでは、糖代謝異常の妊婦さんのケアを深める事が出来ました。その後、病院を異動して師長を任される立場となった事から、経営学(MBA)や保健医療学(PhD)も学びました。
産まれて来る子がいれば、亡くなる子もいます。母親が病気で亡くなる場合も有ります。そうした生死が常に共存する世界で、産まれる瞬間と同じ位、亡くなる瞬間も大切にして来ました。私は30年に亘る臨床経験から、臨床も管理も全ての事象は連続性の中の一端にしか過ぎないという事を学び、こういった経験から、必要な対応は「連続性」を踏まえて行う事を旨として来ました。
処遇改善に向けた取り組みが実を結び始める
2017年に日本看護協会の会長に就き、最初の3年間は、25年を見据えて作られた「看護の将来ビジョン」の到達に向けて、地域包括ケアに於ける看護提供体制の構築や看護職の役割拡大の推進と人材育成等の重点政策を推進して来ました。20年は新型コロナウイルス感染症の流行下でしたが、ナイチンゲール生誕200年を記念して世界中で展開された「Nursing Now」キャンペーンに参画し、国内の専門職能団体や病院団体、患者団体等と連携して「看護職への投資」について国へ働き掛けました。諸外国では、コロナ禍に看護師がストライキを起こし、処遇改善や看護師の雇用増を求め、実現させました。一方日本では、看護師は過酷な状況にあっても弛まず看護職の職務を果たし、常にリスクと隣り合わせの現場で最前線に立っていました。ICUに最後まで残っていたのも看護師でした。こうした活躍が評価され、20年以降、看護師の新型コロナウイルス感染症への対応に対する慰労金、補助金が支給され、22年には処遇改善評価料が新設。24年にはベースアップ評価料として診療報酬改定が行われました。
最高学位を持つ高度実践看護師の育成に注力
今年の4月に国際医療福祉大学で、高度実践看護師の最高学位(博士号)であるDNP(Doctor of Nursing Practice)の養成コースを開設しました。国内では17年の聖路加国際大学、23年の北里大学に続いて3校目です。新たな知見が日々生み出されているにも拘らず、現場ではそれらが活かされていないという現実が有ります。この、所謂「エビデンス・プラクティスギャップ」を解消する事がDNPの1つの役割になります。例えば、糖尿病患者を対象とした下肢切断を防ぐ事が出来る「AAA(トリプルエー)」チェックリストがエビデンスとして確立されていますが、活用されていない。そこで、これを実装し、足を観察する事で下肢切断率を下げようというものです。
DNPコースは、こうしたエビデンスを現場に実装する事が研究課題です。更には、本コースを通して国や地域、組織に於ける様々な医療課題に対してリーダーシップを取れる人材を育成します。現在、保健医療福祉に係る審議会等のメンバーは、半分以上を女性にするという流れが有りますが、そもそも審議会に入る女性が少ない為、同じメンバーにならざるを得ないと聞いています。DNPを取得した看護師には、そうした場でも活躍して頂ける事を期待しています。米国では22年時点で、426カ所でDNPコースが設置されています。先ずは10年後に20校を目標に、日本看護系大学協議会にも協力を仰ぎながら看護師や教員に向けて発信して行きたいと思っています。
看護師の役割拡大で国民に必要な医療を届ける
超高齢社会に於いて国民に必要な医療を届ける為には、看護職の役割拡大が必須だと思います。諸外国では、看護師による検査や処方の裁量が認められて来ていますが、現在の日本の法律では未だそこ迄至っていません。実際は、看護師が本来の力を発揮する事で、患者さんの医療へのアクセスが格段に良くなると思います。この様な事が出来ると、医師の働き方改革にも貢献出来ると思います。
今は働きながらキャリアアップを目指せる時代です。それは看護師であっても同様です。看護職の活躍は日本の保健医療福祉の貢献に繋がるとの信念を持って取り組んで行きたいと思います。
人生100年時代です。これから先の人生を見据えて学び直しも強化したいものです。是非、DNPコースにも関心を寄せて下さい。
インタビューを終えて
日本看護協会長時代から、いつお会いしてもその「凛とした佇まい」と「凛とした思考」は、人として見事の一語で、筆者も学びを得る。様々な困難に立ち向かい乗り越えて来たそのエネルギーは、弛まない努力と継続した勉強の賜物に違いない。登山家を目指していた少女が、同級生を見舞った事を切っ掛けに医療の道を志し、日本看護協会長を経験し、今、国際医療福祉大学大学院で副大学院長の重責を担う。大玉村名誉村民の栄誉はご褒美だ。医療・看護界への多大な貢献は、尊敬する大河原シゲ子氏に勝るとも劣らず、超えつつあるのではないか。更なる活躍が楽しみだ。(OJ)
つきじ鈴富 GINZA SIX店
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