インターネットから生成AIまでデジタル技術の進歩で私達の生活は便利で豊かになった。しかし同時に、サイバー犯罪集団に多額の金銭を奪われる事件も後を絶たない。医療機関でも、システムを止められ診察に支障を来すという事件が相次いでおり、中には事件が表面化せず、医療機関が金銭要求に応じたケースも少なくないと言われる。こうしたサイバー犯罪にどう対応すれば良いのか。警察庁やインターポール(国際刑事警察機構)でサイバー犯罪対策に取り組み、現在は日本電気株式会社(以下 NEC)のCSO(最高セキュリティ責任者)及びNECセキュリティ株式会社の社長兼CEOを務める中谷昇氏にセキュリティー対策の現状やサイバー犯罪の被害者にならない為に必要な事を聞いた。
——警察庁の前に銀行に就職されたのですね。
中谷 父が銀行員でした。中小企業の成長の為に融資する事を生き甲斐にしている典型的な銀行員で、子供の頃から誇らしくもありました。それもあって、バブル経済の終わり頃、新卒で銀行に就職しました。丁度、暴力団対策法が出来た年です。しかし、当時の銀行では経済ヤクザが上客として扱われており、これでは駄目だと思い、警察庁を目指して国家公務員試験を受けました。暴力団を取り締まりたいという、若さ故の正義感からの行動でした。
——警察庁では実際に暴力団対策に取り組んだのですか。
中谷 警察庁では1年目に地方の警察署に配属された後、2年目に警察庁勤務となります。警察庁での配属先は外事第1課で、外国からのスパイ対策の部署でした。暴力団担当ではないのかと残念に思ったのですが、現在の警視総監の緒方禎己さんが当時の私の上司で「外事も大切な仕事だ」と励ましてくれました。例えば、北朝鮮は国家ぐるみで偽札作りや薬物・銃器の裏取引、外国人の拉致、ミサイルを撃ったりもします。そうした組織犯罪集団の様な国家とも対峙しなければならない、と言ってくれました。実際、北朝鮮は今でもミサイルを韓国や日本の方向に撃っています。正にサイバー犯罪に手を染めてこうした資金を稼いでいる訳です。
——サイバー犯罪の対策に取り組み、インターポール(国際刑事警察機構)にも派遣されました。
中谷 若い頃はロシアのスパイ事件や北朝鮮の外為法違反事件等の捜査に携わり、スパイ対策は専門分野になっていました。サイバー犯罪に携わる様にな
った切っ掛けは、私がパソコンを使用していた事です。当時は未だワープロの方が主流の時代な上、そうした機器は今の様に貸与ではなく、それぞれが私物を使って仕事をしていました。そんな中で、「デジタルに詳しいから」と思われたのか、サイバー犯罪の担当者に任命されました。国際的にもサイバー犯罪に各国が協力して取り組まなければならないという機運が生まれていた頃で、日本も本腰を入れる事になったのですが、最初は児童ポルノ対策が中心でした。何故かと言えば、テロリズムの定義については国によって微妙に立場が異なる事情も有り、サイバーテロについては各国が足並みを揃えられなかったからです。しかし、児童ポルノは政治的な立場が異なる国でも協働する事が出来る問題であり、当時のG8の合意でインターポールで児童虐待画像のデータベースを作る事になり、私も派遣されて作業に関わる様になりました。
——インターポールでは、サイバー犯罪対策拠点「IGCI」の初代総局長も務めました。
中谷 インターポールで感じたのは「サイバー犯罪には国境が無い」という事です。犯罪組織は国境に関係無く活動しますが、警察は基本的にその国家内でしか対応出来ない。警察は法律が有れば犯罪者を逮捕出来ますが、法律が無い場所に犯罪者が逃げ込むと手が出せない。だからと言って、逃亡先の国で法律を変えてくれと言うのは内政干渉になります。グローバルな犯罪と、ローカルな捜査機関というミスマッチの中で、如何にギャップを埋めて行くか。それを担い、国際的に歩調を揃えて行くというのが国際機関なのだろうと感じていました。もう1つ注力したのが捜査体制です。警察庁が2004年に情報技術犯罪対策課、つまりサイバー対策課を作りましたが、当時、世界でもサイバー犯罪の取り締まり組織が有る国は3分の1以下でした。今では100カ国以上で組織され、態勢も整って来た。それでも十分な機材やノウハウが無い国も多く、先進国から機材を送ったりトレーナーを派遣したりする必要が有ります。インターポールはそうした各国の捜査能力を引き上げて行く事に力を入れて来ました。多くの国ではサイバー犯罪対策に関しては、捜査機関より民間の方が遥かにデータや技術を持っているので、国内だけではなく国際的な官民連携で対策を進める為にシンガポールに設置されたのがIGCIです。当時はロシアもG8の一員でしたから、国際協力も割とやり易かった。今は西側諸国とロシア・中国が対立していますから、サイバー犯罪対策で歩調を合わせる事も難しくなっているでしょう。
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