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未来の会

年金制度改革の法案化作業に政界から逆風

年金制度改革の法案化作業に政界から逆風

「消えた年金」問題の悪夢が蘇り与党内にピリピリ感

2025年の年金制度改革の法案化作業が年末に向けて山場を迎える。只、暮らしに直結する年金は政局を左右して来た。今秋の衆院解散が取り沙汰される中、国民の負担増を嫌う与党内のピリピリ感は高まっており、こうした政界の空気に厚生労働省も抗えないでいる。

 「消費税の増税と並んで怖いのが年金だよ。裏金問題の悪印象が残っているのに、年金で何かやらかしたら、岸田(文雄)・首相の退陣表明で折角生じた刷新感が帳消しになってしまう」。次期年金制度改革について、ある自民党幹部はこう語る。年金と言われると、07年の「消えた年金」問題の悪夢が蘇ると言う。

 発端は04年の年金改革だった。保険料を年金福祉施設に充てていた無駄遣いが槍玉に挙げられ、又社会保険庁職員による年金記録の覗き見、政治家による国民年金保険料の未納問題も発覚した。これで国民の年金不信に火が点き、07年の「消えた年金」問題で頂点に達した。野党から保険料の納付記録が大量に行方不明になっている事を暴かれた自民党は参院選で惨敗、09年に政権から陥落する誘因となった。

 再登板した安倍晋三・総裁の下、自民党は12年末に政権に返り咲いたものの、安倍氏らの厚生労働省に対する恨みは深く、同省は官邸から遠ざけられた。以来、自民党にとって年金は「鬼門」で在り続けている。

改革案の柱の1つが早々に見送られる異例の事態

 自民党の年金への「感度」が極めて高い様子の一端は、厚労省による7月3日の年金財政検証公表時に如実に表れた。財政検証は5年に1度の制度改革に合わせ、年金の財政面の健全度をチェックする仕組みだ。厚労省は現行制度を維持した場合だけでなくオプションとして複数の改革案を示し、改革が与える年金財政への影響も試算して公表する。政府・与党は財政検証の結果を踏まえ、どの改革案を採用するか絞り込んで行く。

 それが今回は財政検証で示した改革案の柱の1つ、国民年金の保険料納付期間を延長する案が早々に見送られた。現在20〜59歳の40年間となっている納付期間を64歳迄の45年間に延ばし、将来の年金額を底上げする内容だ。財政検証では、「45年延長案」を導入すれば今後の経済成長率が過去30年と同じケース(マイナス0・1%)で推移しても、55年の所得代替率(現役世代の男性の平均的手取り金額に対する年金額の割合)は57・3%となり、現状を維持する場合より6・9%改善する事等が示されている。

 一方、加入者の保険料負担は5年間の総額で約100万円増す。将来の年金額が年間に10万円程増えるとは言え国民には響かず、SNS上には「何時迄払わせれば気が済むのか」といった書き込みが溢れた。自民党にも強い批判の声が届いた。

 これには改革案を後押ししていた厚労族議員も「時期尚早だった」と姿勢を変え、厚労省への圧を強めた。同省もあっさり折れ、橋本泰宏・年金局長(当時)は財政検証公表当日の社会保障審議会年金部会で、「法律案に纏めて国会で成立させられるのか見通しを持てない」と述べて次期年金改革では45年延長案を見送る考えを示し、「力不足をお詫びしたい」と陳謝した。

 橋本氏は「苦渋の判断をした。健康寿命の延伸を考えれば最も自然な方策であり、政策手段として否定されるべきではない」と無念さを滲ませたものの、有力案の1つと考えて検証結果を公表した当日に与党への提示すら断念するのは異例の事態だ。厚労省幹部は「子育て支援等の負担増が相次ぐ中、国民に年金で追加負担を求める環境じゃない、と議員さんからお叱りを受けた」と漏らす。

衆院解散予測や来年の参院選投開票の影響で警戒感

与党が年金に神経を尖らせるのは、ポスト岸田の新首相が刷新感の余韻が消えぬ内に衆院解散に踏み切る、と見られている為だ。政府は年金改革関連法案を来年の通常国会に提出する予定で、年末迄に法案の骨格を固める必要が有る。しかし9〜10月に衆院解散が有れば与党の年金改革への警戒感が高まる上、法案化の日程も後ズレして切迫する。

 政府は法案の成立を25年通常国会の終盤、6月頃と見定めている。ただ7月に今度は参院選の投開票を迎える。改選を迎える自民党中堅の参院議員は「野党による採決拒否のバリケードが築かれた04年年金国会の様になれば目も当てられない」と、与野党対決型法案にするのを避けたい考えを示す。

 「45年延長案」を除き、政府で検討されて来た主な改革案は①厚生年金の財源を基礎年金(国民年金)に一部振り分け、基礎年金の給付額を底上げする為のマクロ経済スライド調整期間の一致、②短時間労働者らへの厚生年金適用拡大、③厚生年金保険料を決める標準報酬月額の上限アップ、④働く高齢者の年金をカットする在職老齢年金制度の撤廃、⑤遺族厚生年金の見直し——等だが、選挙を控える議員心理はこれら他の改革案にも及びそうだ。この中でも既に影響を受けているのが、②の厚生年金の適用拡大だ。

 厚生年金は10月以降、「月額賃金8・8万円以上」「従業員規模51人以上の事業所」等に該当すれば加入義務が生じる事は確定済み。同省は新たな拡大案として、従業員規模を撤廃する案(加入者90万人増、年金水準0・9%増※)から、「週10時間以上働く人全て」を対象にする案(同860万人増、同5・9%増※)まで4パターンを示し、何れかの採用を求めている。(※は今後の経済成長率がマイナス0・1%のケース)

 ただ、厚生年金の保険料は労使折半だ。将来の年金が厚くなるとは言え、従業員・事業所共負担は増す。保険料を回避する為の就労調整で人手不足が生じている状況下、与党としてもゼロ回答は出来ないものの、一部業界の慎重論も踏まえ、加入者の目先の痛みが最も小さい従業員規模を撤廃する案に乗る流れとなっている。これについては厚労省も「一気に拡大出来るとは考えていない。徐々に進められればいい」(幹部)と高望みはしていない。

基礎年金マクロ経済スライドの調整期間一致を切望

 ③の厚生年金保険料の上限をアップさせる案等も楽観は出来ない中、厚労省が最も実現を切望するのが①の厚生年金と基礎年金のマクロ経済スライドの調整期間を一致させる案だ。同スライドは年金財政が安定する迄年金の伸び幅を抑えて行く(調整)仕組み。この調整期間を短くする程、将来の年金を手厚くする事が出来る。ところが基礎年金部分は財政の悪化によって調整期間が57年度まで長引く見通しで、このままだと将来の給付が大きく下がってしまう。そこで積立金が比較的潤沢な厚生年金の財源を一部基礎年金に回す事で基礎年金の調整期間を21年短縮し、厚生、基礎両年金とも36年度で調整を終える様にする。調整期間が短くなる分、基礎年金の給付水準は5・8%アップするという。

 この案には、「厚生年金加入のサラリーマンが損をする」との批判も出ているが、基礎年金は厚生年金加入者も受給する為、大半の加入者の給付は改善するし、目先の負担増も無い。元々、国民年金の「45年延長案」とセットで導入する意向だった同省にとり、最重視せざるを得ない。厚労族幹部も「年金改革の最大の課題は基礎年金の給付底上げだ。それに最も有効だった45年延長案が頓挫した以上、実現させる必要がある」と理解を示している。

 但し、成立の見通しが立っている訳ではない。厚生年金加入企業労使の理解を得る必要がある他、政府内の足並みも揃っているとは言えない。基礎年金は2分の1を税で賄っている。将来の給付が増えると所要税財源も膨らむ為、財務省は納得していない。同省は45年延長案に対してもブレーキを踏む側に回った。基礎年金の充実には、どのみち増税が不可欠になると見做されている。厚労省幹部は「基礎年金の充実を材料に増税に繋げて行くシナリオで財務省を説得するしかないだろう」と言う。

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