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未来の会

第182回 経営に活かす法律の知恵袋 ◉ カスタマーハラスメントへの医療機関の対応

第182回 経営に活かす法律の知恵袋 ◉ カスタマーハラスメントへの医療機関の対応

カスハラから医療機関職員を守る対応

医療機関に対するクレームの中には、過剰な要求を行ったり、医療や附帯サービスに不当な言いがかりをつけたりするものもある。不当・悪質なクレームは、医療機関職員に過度な精神的ストレスを感じさせるとともに、通常の業務に支障が出るケースも見られるなど、医療機関や職員の金銭、時間、精神的な苦痛等、多大な損失を招くことが想定されるであろう。したがって、医療機関には不当・悪質なクレーム(いわゆるカスタマーハラスメント)に対して職員を守る対応が求められる。

そこで、早ければ来年にも労働施策総合推進法が改正されて、セクハラ・パワハラと同様に法規制が実施される見込みらしい(本稿は、2022年2月のカスタマーハラスメント対策企業マニュアル作成事業検討委員会、令和3年度厚生労働省委託事業、東京海上ディーアール株式会社受託、厚生労働省作成の「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」より抜粋し、医療機関用にアレンジしたものである)。

「令和2年度 厚生労働省委託事業 職場のハラスメントに関する実態調査」によると、顧客等からの著しい迷惑行為(カスハラ)の内容は、次のとおりであった。

(1)長時間の拘束や同じ内容を繰り返すクレーム(過度なもの) 52.0%
(2)名誉毀損・侮辱・酷い暴言 46.9%
(3)著しく不当な要求(金品の要求、土下座の強要等) 24.9%
(4)脅迫 14.6%
(5)暴行・傷害 6.5%
(6)その他 4.9%
調査対象:過去3年間に顧客等からの著しい迷惑行為を受けた者(n=1200)
出典:令和2年度 厚生労働省委託事業「職場のハラスメントに関する実態調査」報告書
カスタマーハラスメントの定義

医療機関のカスタマーハラスメントを定義すると、次のようになるであろう。

(1)「患者・家族等からのクレーム・言動のうち、当該クレーム・言動の要求の内容の妥当性に照らして、当該要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なものであって、当該手段・態様により、医療機関職員の就業環境が害されるもの」

「患者・家族等」には、実際に医療を受けた者だけでなく、今後受ける可能性がある潜在的な患者・家族等も含む。「当該クレーム・言動の要求の内容の妥当性に照らして(中略)社会通念上不相当なもの」とは、患者・家族等の要求の内容が妥当かどうか、当該クレーム・言動の手段・態様が「社会通念上不相当」であるかどうかを総合的に勘案して判断すべきという趣旨である。

患者・家族等の要求の内容が著しく妥当性を欠く場合には、その実現のための手段・態様がどのようなものであっても、社会通念上不相当とされる可能性が高くなると考えられよう。他方、患者・家族等の要求の内容に妥当性がある場合であっても、その実現のための手段・態様の悪質性が高い場合は、社会通念上不相当とされることがあると考えられる。

「医療機関職員の就業環境が害される」とは、医療機関職員が、人格や尊厳を侵害する言動により身体的・精神的に苦痛を与えられ、就業環境が不快なものとなったために能力の発揮に重大な悪影響が生じる等の当該職員が就業する上で看過できない程度の支障が生じることを指す。

(2)「患者・家族等の要求の内容が妥当性を欠く場合」や、「要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なもの」

「患者・家族等の要求の内容が妥当性を欠く場合」の例には、「医療機関の提供する医療に瑕疵・過失が認められない場合」や「要求の内容が、医療機関の提供する医療の内容とは関係がない場合」がある。

「要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なもの」の例では、「要求内容の妥当性にかかわらず不相当とされる可能性が高いもの」として、

・身体的な攻撃(暴行、傷害など)
・精神的な攻撃(脅迫、中傷、名誉毀損、侮辱、暴言など)
・威圧的な言動
・土下座の要求
・継続的な(繰り返される)、執拗な(しつこい)言動
・拘束的な行動(不退去、居座り、監禁)
・差別的な言動
・性的な言動
・医療機関職員個人への攻撃、要求 
などがあげられよう。

また、「要求内容の妥当性に照らして不相当とされる場合があるもの」では、
・入院・治療の継続の要求
・金銭補償の要求
・謝罪の要求(土下座を除く)
といったものが該当する。

患者・家族等からの行為の具体例としては、実際の一般企業への調査によると、正当な理由がなく過度に要求する事案や対応者の揚げ足を取って困らせる事案が多く見られたらしい。また、コロナ禍でのマスク着用、消毒、窓開けに関する強い要望に関連するトラブル事案も見られている。

なお、直接的な暴力行為は多くはなかったとのことであるが、一部で不法侵入や脅迫、わいせつ等刑法犯の可能性のある行為も見受けられた。その他、軽犯罪法においても、日常生活の道徳規範に反する軽微なものが処罰の対象とされており、カスタマーハラスメントに類する行為は様々な法律・規制に抵触する可能性がある。

法律事務所での弁護士対応例

カスタマーハラスメントの悪質なものについては、刑事罰を求めることも含めて、弁護士に依頼する方が適切なことも多い。一般的な対応の流れを以下の(1)〜(4)に示すので参考にされたい。

(1)一応の説明文書の作成・交付
ひと通りの説明をしさえすれば、あとは無理せずにTPOによりけりで対応する。通常は、一応の説明文書を作成して交付して、誠実な対応は終了。

(2)暴行脅迫風又は威力・虚偽風説流布業務妨害風のものは110番通報
粗暴なものはすぐに110番通報。又は、警察署の生活安全課に相談して急場をしのぐ。並行して弁護士にも相談しながら、被害届や刑事告訴も適宜に行う。

被害届や刑事告訴の対象となる犯罪として典型的なものは、傷害罪・名誉毀損罪・侮辱罪・信用棄損及び業務妨害罪(威力業務妨害罪)といったところである。いずれも懲役や罰金という刑罰があり、決して軽い犯罪ではない。それらの条文は、次のようなものである。

【傷害罪】刑法204条:人の身体を傷害した者は、15年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。

【名誉毀損罪】刑法230条1項:公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金に処する。

【侮辱罪】刑法231条:事実を摘示しなくても、公然と人を侮辱した者は、1年以下の懲役若しくは禁錮若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。

【信用毀損及び業務妨害罪】刑法233条:虚偽の風説を流布し、又は偽計を用いて、人の信用を毀損し、又はその業務を妨害した者は、3年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。

(3)弁護士名義の内容証明郵便による警告や説明
内容やニュアンスは、警告だったり丁寧な説明だったり、ケースバイケースで行う。悪質なものには、訴訟や仮処分も検討する。

(4)診療関係調整調停申立てによる鎮静化
「診療関係調整調停」という類型(筆者の発案による造語)の民事調停を、地元の簡易裁判所に申し立てて、あとは弁護士に対処を任せる。

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