ロシアによるウクライナ侵攻や、戦闘が続く中東、中国による海洋進出や台湾を巡る問題と、ここ数年、世界情勢は緊迫の度を増している。特に中国・ロシア・北朝鮮の関係強化は、日本にとって最重要課題と言えるだろう。そうした中、果たして日本の外交を担う外務省は十分に機能しているのだろうか。そうした疑問に、「外務省は危機的な状況に在る」と指摘するのが、元駐豪特命全権大使の山上信吾氏だ。山上氏は外務省退官後、『中国「戦狼外交」と闘う』『日本外交の劣化』等の著書を発表し、日本外交の劣化を厳しく批判している。外交を担う外務省に何が起きているのか、山上氏に外交の最前線の現状や課題を聞いた。
——昨年外務省を退官されましたが、外交官として心掛けていた事は何ですか。
山上 外交官として日の丸を背負い、日本国の代表として働く事には、大きなやり甲斐と誇りを感じていました。私は、日豪が緊密化する時期に特命全権大使としてオーストラリアに駐在していましたから、より充実していたと思います。しかし、外交官と言えども宮仕えには違い有りませんから、キャリアの中では時には意に沿わないポストに就く事も有ります。そうした時でも、私は何処のポストであろうと全力を尽くして自分なりの違いを出すべく努めて来ました。
——退官後、外務省を見てどう思われますか。
山上 在外公館勤務を敬遠する風潮が気掛かりです。次官経験者等、中枢にいる人ほど出たがらない。しかし、外交官の主戦場は在外です。大使の仕事の重要性を知って貰いたいと思い、退官後に著書『日本外交の劣化』(文藝春秋)を出版しました。一般の方に読んで貰いたいのは勿論ですが、外務省の後輩達にも是非読んで欲しい。実名を挙げての内情批判への反発は覚悟していましたが、意外にも多くのOBから「よくぞ書いてくれた。120%同意する」という声を頂いています。
——何故、大使館勤務が不人気なのでしょうか。
山上 海外に出なくても出世出来る様になったのが一因です。20年位前は、局長や次官に昇格する前に必ず在外公館長として赴任したものです。ところが最近は東京にい続けて昇格して行く人が増えた。こんな人事は他国では有り得ない。中国や英米豪、どの国でも外交官であれば、在外勤務を希望するのが当たり前です。子供の教育や親の介護で日本を離れられないという人もいますが、それでは何の為に外交官になったのか分かりません。政治家も悪い。首相や官房長官、外務大臣等が気心の知れた外務官僚を手元に置きたがる。しかし、人材を育てる為に政治家も我慢して、有能な人材を海外に出すべきです。外務省も「キャリアを積ませる必要が有る」と政治家を説得する位でなければなりません。
——外務省に入省する人は皆、海外で活躍したいと思っているのではないですか。
山上 以前は、「外交官試験」と呼ばれる外務省のキャリア採用の試験が有りました。しかし、特権意識が批判され、2001年から他省庁のキャリア公務員と同じ試験に統合されました。それにより外交官への間口も広がりましたが、外交に思い入れを抱いた人材が減ってしまいました。元々外交官を目指して勉強した訳ではなく、国際法や外交史の素養も無い入省者が増えたのです。そうした者は、困難にぶつかると「別に外交を手掛けたかった訳ではない。他の役所でも良かった」と直ぐに辞めてしまう。こうした点は、外交官試験廃止の大きなデメリットでしょう。この様な在外勤務を敬遠する風潮は日本だけのもので、これが日本の外交力を弱くしていると言えます。
交渉力や発信力が弱い日本
——故・安倍晋三元首相の外交に対する評価は、海外からは非常に高い様ですが。
山上 総じて高く評価されるべきものだと思います。只、過ちも有って、そこは是々非々で論じなければならない。中でも残念だったのは北方領土交渉です。「プーチンが北方四島を返す訳がない」と歯舞・色丹の2島に絞って談判し、結局何も進展が無かった。それどころかロシアは「戦争で勝ったから、4島は自分達のものだ」と言い始めている。又、ロシアとの交渉には、中国とロシアを接近させないという思惑が有ったにも拘らず、今、中国とロシアは非常に緊密です。一体あの交渉は何だったのか。外交のプロの助言が有ったとは思えません。トランプ前大統領との関係でも、緊密な関係を築いたのならもっと日本側から言えた事は有ったと思います。同盟国同士の間で、鉄鋼やアルミニウムに高い関税を上乗せする等という事は有ってはいけない。台湾問題でも、安倍元首相とトランプ前大統領の認識が一致していた訳ではない。それでも、安倍元首相は懸命に努力されたと思います。
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