今年最大の政治決戦となる自民党総裁選が間もなく始まる。岸田文雄・首相の不出馬表明で、次世代リーダーの人選ばかりが注目されるが、実はこの総裁選最大の課題は「派閥裏金事件」でピークに達した国民の政治不信を緩和し、政治への関心を取り戻せるかにある。国民にそっぽを向かれた状況では、如何なる政権が誕生したとしても先行きが危ういからだ。選挙戦を通じて、国民に何を見せ、何を伝えるのか。「誰を選ぶのか」と共に「どう選ぶのか」という過程が問われる総裁選となりそうだ。
自民党若手は米大統領選の動向から目が離せないという。
「バイデン・大統領が突然、候補を降りたでしょ。ニューヨークタイムズ紙が辞退を迫り、国民的な運動が広がって行った。あの1件で、民主主義国家のリーダーって何だろうっていう根源的な問題を、今更ながら考えてしまった」
米大統領選は再選を目指すと思われたバイデン大統領が降り、初の女性大統領を目指すハリス・副大統領が民主党公認候補となった。トランプ・前大統領優勢の下馬評は揺らぎ、大統領選の行方は混沌としている。両陣営の支持者らの熱狂ぶりは日本でも頻繁に伝えられている。若手議員の目には彼我の違いが焼き付いた様だ。
「米大統領は言わば世界のリーダーだから注目度は当然高いのだが、支持者、つまり、米国民の関心の高さに目を奪われた。抜き差しならぬ利害関係も有るのだろうが、〝大統領は自分達が選ぶんだ〟という責任感というか誇りを感じる。万事控え目という日本人の特質を考慮しても、日本の首相選びには国民の熱量を感じない。衆院選もまた然りだ」
大統領制と議院内閣制。同じ民主主義国家でも日米の制度はかなり異なる。大統領は国家元首だが、首相はそうではない。選挙制度も大統領選は国民が関与出来るが、首相は国会議員が選ぶ。国情の違いが有り、それぞれの制度に一長一短が有るから単純には比較出来ないが、国民からの距離という観点に立てば、首相は国民から縁遠い存在なのは事実だ。
「制度の違いは有るにしても、日本の首相選びをもっと主権者である国民に身近に感じて貰う工夫が必要だと思う。理想論だと馬鹿にされるかも知れないけど、それが出来ないと日本の政治は良くならない。だから、事実上の首相選びとなる自民党総裁選はとても重要だ。権力闘争の側面は否定出来ないが、自民党員以外の国民にも関心を持って貰えるよう公開性を高めないといけない。単なる数合わせではなく、しっかりとした政策論争をやって国民の多くが納得出来る様な総裁選びにしないと。そうでなければ、国民は更に政治に距離を置いてしまう。国民不在の政(まつりごと)にしてはいけない」
政治不信の解消こそが優先課題
自民党若手と同様の危機感は自民党内にも有り、度々議論されて来た。日本記者クラブ等メディアによる自民党総裁候補の公開討論会に加え、最近では一般視聴者からの質問も受け付ける独自のインターネット討論会も実施されている。自民党関係者が語る。
「ずっと、権力の中枢に在った自民党は秘密も多かった。公にするのにはばかられる事も当然有るから秘密会合が多かった。何時しか、その密談が常態化し、体質化してしまった。カネにまつわる事件やその後処理を巡り、国民の批判を浴び、何度か公開性を高める改革も行って来たが、今回の裏金事件で、また旧来型の悪い体質が出てしまった」
「一寸先は闇」「永田町の暗闘」等政界では闇にまつわる言葉が多用されて来た。その最たるものが、自民党総裁選である。派閥全盛の時代には、派閥による闇の政争が繰り返された。後日談で概要が伝わり、小説や劇画におどろおどろしく書かれもしたが真相は簡単には明るみに出て来ない。
現在はどうか。岸田首相の決断で、麻生派を除き、派閥は解消されたが、メディアを賑わせているのは麻生太郎・副総裁、菅義偉・前首相らキングメーカーの鞘当てである。とても闇が一掃されたとは言い難い。
自民党幹部が口を尖らせた。
「闇って言うなよ。国民の目の前で喧嘩したら、それこそ、国民不在の総裁選だと批判されるじゃないか。立候補表明だって、下手に打って出れば、やれ〝岸田降ろし〟だの〝政争の始まり〟だのと書き立てられる。今回は100㍍走でやるんだ。整然と位置に付いて、よーい、ドンでスタートする」
100㍍走の例えはどうかと思うが、ユニークな表現ではある。闇では、いや、舞台裏では必死に藻掻いているという事なんだろう。三々五々開かれる、元派閥の実力者同士の会合は腹の探り合いや闇取引ではなく、応援練習という事なのだろう。
少し皮肉が過ぎた。自民党若手と自民党幹部の話には共通性が有る。自民党から離れた国民の信頼を取り戻す努力をしないと、この先は持たないという危機感だ。「正々堂々、国民の前でオープンに総裁選を執り行う」と幹部は口を揃えているのだから、選挙過程をしっかり見定めよう。疑念が残るのなら、ネット討論会に公開質問を送るのも良し、自民党を見切るのも良しだ。
少し異なる観点から総裁選を論じる中堅・若手グループも有る。中堅議員が語る。
「端的に言うと、候補者に魅力が無い事が問題だ。下馬評に上がっている人達は賞味期限切れの人ばかりじゃないの。国民からは裏金事件とダブって見える。これからの自民党のシンボルとなる様な清新な人材じゃないと意味が無い。顔も中身も含めてね」
総裁選候補者には主流派では茂木敏充・幹事長、非主流派では石破茂・元幹事長、加藤勝信・元官房長官、小泉進次郎・元環境相、保守派では高市早苗・経済安保相らの名前が上がっている。河野太郎・デジタル相は主流派の麻生派所属だが、非主流派の菅元首相とも近く、微妙な立ち位置だ。
キーワードは公開性と透明性
清新さを求める若手・中堅の間で、にわかに注目度が上がっているのは小林鷹之・前経済安保相だ。財務省出身で、長身のハンサムガイである。解散した二階派の所属だったが、甘利明・前幹事長ら主流派からも推す声が有る。愛称は「コバホーク」。小泉元環境相と共に「世代交代の総裁選となれば台風の目」(自民党幹部)だとされる。
若手・中堅議員らは①「12日間以上」とされる総裁選選挙期間を出来る限り長くし、政策論争を存分に競わせる、②党内実力者の暗躍で候補者を絞るのではなく、個人の自由意思を尊重する選挙にする——等を求めている。
一見尤もな主張だが、古参議員の中には「世代交代を正当化する為の理屈」と警戒感を持つ向きも多い。自民党長老が語る。
「公開性、透明性が問われているのはその通りだが、若手・中堅の一部がやっているのは、昔、派閥がやっていたのと本質的に同じだ。自分が推す候補を総裁にし、理想とする政治の実現に向かう。勿論、自身の処遇・昇進も含めての事だ。悪いとは思わんが、巷で言う程の新鮮味は無いな。忘れてならないのは、安定した政権運営が出来るかという点だ。不安定な政権を望む国民などいない。自民党の為の総裁選にしちゃいかん。その辺を踏まえた厳しい目で総裁をしっかり選ぶ事こそが肝要だ」
岸田首相が総裁としてのけじめを付ける事で火蓋を切った総裁選は、次世代の人材と党の有り様を問う選挙となる。
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