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厚生年金の適用拡大で増額見込むも財源問題残る

厚生年金の適用拡大で増額見込むも財源問題残る

公的年金の長期見通しを示す5年に1度の「財政検証」の結果が、7月3日の社会保障審議会年金部会で公表された。経済成長率毎に幾つかのパターンで給付水準を示しているが、高齢者や女性の就労が進んでいる為、全体的に給付の見通しは改善傾向にある。只、合計特殊出生率は現状よりも高く見込んでいる為、将来的に下方修正を余儀なくされる可能性も有る。公的年金の給付水準は経済状況や人口構成に大きく依存する為、不確定要素が多い事にも注意が必要だ。

 財政検証は年金財政の健全性を確認し、100年先迄の見通しを点検する為、5年毎の法改正に合わせて実施される。公的年金制度では、保険料の上限を18・3%に決めており、その範囲内で給付する。少子高齢化による現役世代の減少や平均余命等を勘案し、年金を減額する措置「マクロ経済スライド」が一定期間導入されており、この期間がどの程度になるかも財政検証では重要なポイントの1つだ。

 前置きが長くなるが、政府は財政検証に際して、モデル世帯という概念を設定し、この世帯の給付水準の推移を測り、制度が維持されているかを評価する。このモデル世帯は40年間平均的な収入で会社勤めした夫と専業主婦だ。政府は目指すべき給付水準として、年金を受給する時の現役世代の手取り収入に対する年金支給額の比率を示す所得代替率が、50%を超えるようにしたい考えだ。因みに、2024年度のモデル世帯の年金額は厚生年金と国民年金の合計で月22万6000円。現役の平均手取り月額は37万円の為、所得代替率は61・2%だ。19年度より0・5ポイント下がった。

50歳男性の年金は14万円

 財政検証では、物価上昇率や実質賃金上昇率、実質経済成長率、年金積立金の利回り等が経済前提が異なる4つのシナリオを設けた。これに合計特殊出生率や在留外国人数、就業者数等も組み合わせ、様々な状況を想定した。マスコミで紹介されるのは、この中の極一部のケースに過ぎず、主に経済成長が現状に近い「過去30年投影ケース」だ。物価上昇率を0・8%、実質賃金上昇率を0・5%、経済成長率はマイナス0・1%、実質的な運用利回り1・7%等と設定したこのケースでは、基礎年金のマクロ経済スライドが終了するのは57年度で、所得代替率は50・4%で下げ止まる、とした。

 現状より高い経済成長を見込む「成長型経済移行・継続ケース」は物価上昇率を2%、実質賃金上昇率1・5%、経済成長率は1・1%、実質的な運用利回り1・7%等と想定した。経済成長率が高い分、マクロ経済スライドが終了するのは37年度に前倒しされる。所得代替率は57・6%の水準を維持出来る。

 その他のケースとして、「高成長実現ケース」と「1人当たりゼロ成長ケース」も設けている。「高成長実現ケース」は、実質賃金上昇率は2%、実質的な運用利回りは1・4%、実質経済成長率は1・6%と現状の経済状況を踏まえれば、実現は難しそうだ。マクロ経済スライドの終了は39年度で所得代替率は56・9%となる。

「1人当たりゼロ成長ケース」は、実質賃金上昇率は0・1%、実質的な運用利回りは1・3%で、実質経済成長率はマイナス0・7%と景気後退期の局面が続く状況だ。マクロ経済スライドは63年度まで続き、所得代替率は37〜33%に迄落ちる可能性が有る。

 今回の財政検証の特徴の1つとして、男女毎に65歳時点で受け取れる平均年金額の見通しを示した事だ。従来の財政検証では先ほど説明した様にモデル世帯を念頭に置いて試算を実施して来たが、女性の就労率が上がって共働き世帯が増え、家族構成も多様化している。こうした時代変化に合わせ、男女単身の将来推計を公表した。

 「過去30年投影ケース」で見ると、現在50歳の人は平均すると、男性で月14万1000円、女性は9万8000円が受け取れる。現在30歳の人では、65歳となる59年度に男性は月14万7000円、女性は10万7000円だ。就業率の高まりや厚生年金の適用拡大を進めている為、受け取れる年金が増える見通しとなっている。

 財政検証で示した水準を改善する為、制度改正をした場合の試算も公表している。オプション試算と呼ばれているが、今回は、①被用者保険の適用拡大、②マクロ経済スライドの調整期間の一致、③在職老齢年金の撤廃・見直し、④標準報酬月額の上限見直し、⑤国民年金の納付期間5年延長——だ。

国庫負担は2兆円増

5つの制度改正案が示されているが、全て実現する訳ではない。この中でも実現がほぼ確実視されているのが、①の被用者保険の適用拡大だ。現在は従業員101人以上の企業で週20時間以上、月収8万8000円以上の人が被用者保険に入れるが、101人以上という企業規模要件を撤廃。更に業種を問わず5人以上の個人事業所で働く人にも適用する。段階的に企業規模要件を縮小しており、6月にまとまった骨太の方針にも記載。実施は既定路線と言える。厚生年金に加入する人が増えれば、所得代替率も改善する見込みだ。

 厚生労働省内でも優先順位が高いのが②だ。国民共通の基礎年金は、労使折半の厚生年金に比べて財政基盤が弱く、マクロ経済スライドが適用される期間が長引いてしまう。厚生年金の積立金を活用して、調整期間を短縮させようというのが、この案だ。只、基礎年金の支給には保険料だけでなく、半分が国庫負担の為、50年以降には国庫負担が2兆円程度増えるとされており、この追加財源をどう工面するかが最大の課題だ。省内では「検討事項として先に導入し、具体的な財源は先送りすれば良いのではないか」という声も漏れている。

 65歳以上で働いている人の賃金と厚生年金が50万円を超えると年金がカットされる在職老齢年金制度を撤廃もしくは見直ししようというのが③だ。この仕組みを撤廃したりすれば追加給付が必要になる。その為、④の標準報酬月額の上限見直しとセットで検討される見通しだ。保険料は標準報酬月額を基に算出されるが、上限は65万円だ。この上限を引き上げ、75〜98万円にする案を示した。こちらは保険料が増える施策の為、④でどれだけ財源を確保するかで、③の見直し額が定まる見込みだ。

 一方で、今回の制度改正で実現しない事が決まったのが⑤だ。国民年金の保険料期間を20〜59歳の40年から64歳迄の45年に延長する案は、3日の年金部会で厚労省の橋本泰宏・年金局長(当時)が見送りの方針を示した。5年間保険料負担が続く事にSNS等で反発の声が強かった為だ。秋の自民党総裁選や1年以内に見込まれる衆院解散・総選挙を控える首相官邸がストップを掛けた。最終的な結論は年末迄にまとまる見通しだ。

 只、こうした試算は一定の前提に基づいている。主に識者が不確実性を指摘するのが、合計特殊出生率と在留外国人数だ。合計特殊出生率は20年の1・33を前提とし、中位ケースとして70年に1・36となると見込む。只、23年は1・20で既に乖離が見られる。

 在留外国人数の入国超過は16〜19年の平均で16万4000人が40年まで続くと想定している。只、在留外国人数は国際情勢や国内景気等にも左右される為、見通す事は難しい。財政検証はあくまで現時点での公的年金制度を点検した結果に過ぎず、制度改正や景気状況等によって変動し兼ねないという点に注意して見る事が肝要だ。

財政検証結果について話し合う第16回社会保障審議会年金部会=3日、東京都千代田区の全国都市会館



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