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未来の会

国民病・糖尿病治療の「今」

国民病・糖尿病治療の「今」

尿病は、日本人の国民病である。有病者と予備群を合わせると約2000万人、日本人の約6人に1人は糖尿病に蝕まれていると言える。網膜症、腎症、神経障害は3大合併症とされ、脳卒中、虚血性心疾患の原因ともなる。最近は右腕の切断手術を受けた元プロ野球選手についての報道等も有り、軽視出来ない疾患である。とは言え、近年の糖尿病治療は、大きく変革を迎えている。

開発進むインクレチン関連薬

2型糖尿病では、インクレチン関連薬が登場した事が大きい。インクレチンは、食物を摂取後、栄養素に応答して小腸内から分泌されるホルモンである。膵島β細胞からのインスリン分泌を血糖依存的に増強し、α細胞に作用し血糖を上昇させるホルモンのグルカゴンの分泌を抑える働きが有る。これらにより、食物摂取後の血糖上昇が抑えられる。

今日迄に、GIP(glucose-dependent insulinotropic polypeptide)とGLP-1(glucagon-like peptide-1)という、2つのインクレチンが同定されている。GIPは上部小腸、GLP-1は下部小腸からそれぞれ分泌され、いずれもタンパク質分解酵素のDPP-4(dipeptidyl peptidase-4)により、不活化され短時間で分解される。

日本ではインクレチン関連薬が、7割以上の糖尿病患者に使われている。2009年、先ずDPP-4阻害薬が上市された。GLP-1の作用が減弱するのを抑える薬である。翌10年にGLP-1受容体作動薬が上市されており、広く使用されている。更に23年には、新たにGIP/GLP-1受容体作動薬も上市された。

日本人では、DPP-4阻害薬によってHbA1cが改善する例が多い。東アジア人の2型糖尿病は、非肥満とインスリン分泌不全であるという特徴に基づくものだ。同薬には、シタグリプチン、ビルダグリプチン、アログリプチン、リナグリプチン、テネリグリプチン、アナグリプチン、サキサグリプチン、トレラグリプチン、オマリグリプチンの9種類が有り、日本で使用可能となっている。投与間隔は1日2回、1回、週1回等が有り、何れも効果は同等とされる。重篤な副作用に頻度が少ない事もあって、日本で“第1選択薬”と位置付けられる様になっている。分子量の差、作用時間や排泄経路の違いによって使い分けがなされている。

一方で若年層を中心として、2型薬でも肥満とインスリン抵抗性を特徴とするタイプが増えている。これに対して効果が期待されるのがGLP-1受容体作動薬である。同薬は、GLP-1受容体に対してGLP-1と同様に作用し、これを活性化させる。血糖に応じて膵臓からインスリン分泌が促され、血糖値を低下させる。摂取した食物の胃での停滞時間を長くして、胃からの排出を遅らせ、食欲を抑える作用も有り、減量効果が得られるとされる。加えて、心腎の保護作用も有り、大血管障害(虚血性心疾患)や細小血管障害(腎症や神経障害)の発症や重症化を予防する効果も期待される。 

世界初の持続性GIPGLP-1受容体作動薬であるチルゼパチドは、単一分子でありながら、GIPとGLP-1の2つの受容体に対して作用する。両方の受容体に結合してこれを活性化させ、グルコース濃度依存的にインスリン分泌を促進させる。空腹時及び食後グルコース濃度を低下させる事による血糖改善効果は高く、減量効果も得られる。

従来は糖尿病と診断した場合には、先ず生活習慣の改善を促した後に、1つの薬の投薬を開始するのが一般的だった。しかし、現在は多様な病態に対して、最初から複数の薬剤を提案するという方向性が、患者の負担軽減に繋がると考えられている。とりわけ、これらのインクレチン関連薬が、本当に必要な患者に適切に処方される事は、極めて重要である。

GLP-1受容体作動薬は、痩身目的で使われる事が問題視されていた。健康保険組合連合会の調査では、全額自己負担の自由診療だけでなく、公的保険診療での処方が疑われる事例も有ると指摘されている。日本医師会や日本糖尿病学会等は、適正な使用を求めて注意喚起をしている。こうした事も一因で品薄となり、需要の高まりに供給が追いつかなくなった事で、GLP-1の一部注射薬は出荷が制限された。厚生労働省は、医薬品の卸売販売業者に対して、糖尿病治療を行う医療機関への優先的供給等を求めた。

24年1月には、皮下注製剤のGLP-1受容体作動薬、セマグルチド(2mg)の限定出荷が解除され、通常出荷が再開された。6月には、GIPGLP-1受容体作動薬(チルゼパチド)注射薬も通常出荷が再開されている。一方、肥満症の治療については、2月、肥満症治療薬としてのセマグチドが販売が開始となった。高用量で投与する事で、肥満症治療薬に転用されたのだ。

今後もインクレチン関連薬として、GLP-1グルカゴン受容体作動薬、GIPGLP-1グルカゴン受容体作動薬の開発にも注目が集まる。もっとも、これらは、GLP-1受容体作動薬とは別物として、きちんと安全性や有効性を積み重ねて行く事が必要だろう。

インクレチンが血糖値を改善するメカニズムについては、20年に神戸大学の清野進氏らによって初めて突き止められた。糖尿病患者の膵臓では、インスリン分泌を促進するシグナルとして、Gタンパク質のGsがGqに変換されており、インクレチン関連薬はこのGqに作用してインスリン分泌を促進し、血糖値を改善している事を解明した。

1型糖尿病には膵島移植と再生医療

一方、日本人で10〜14万人の患者がいるとされる1型糖尿病の治療も進化している。1型の患者は、血糖値を下げるインスリンが体内で殆ど分泌されない為、それに対して、脳死を含む亡くなった臓器提供者(ドナー)の膵島β細胞を点滴で移植する治療が行われている。12年から先進医療で行われ、移植を受けた9人中の3人がインスリン注入が不要になった事等が評価され、20年に保険適用された。京大病院(京都市)等、全国3カ所で実施されている。膵島移植の対象は、インスリンの分泌が著しく低下し、専門医でも血糖管理が難しい、重い1型糖尿病患者で、原則として75歳以下で発症から5年を超え、本人の同意が有るという条件が有り、国内の1型糖尿病患者の1割程度が対象になると想定されている。

ドナー不足が課題である事から、実際にこの治療を受けたのは現状としては数十人に留まる。神戸大学や国立国際医療研究センターのチームでは、ブタの膵島を移植する臨床研究を、25年にも実施する計画を進めている。実用化すれば移植用の臓器不足が改善され、1型糖尿病治療の大きな転換点となる。異種移植ではあるが、ブタのインスリンは、薬として広く使われてきた歴史が有り、期待は大きい。又、β細胞を再生し機能を改善する事で、未然に発症を予防する為の研究も、京都大学等で進められている。

糖尿病については、“治る”とは言い切れないまでも、十分なコントロールで合併症が予防し得るようになっている事から、患者の抱えるスティグマ(汚名)の解消も課題となっている。その一環として、日本糖尿病学会と日本糖尿病協会は23年9月、糖尿病の新たな呼称として、世界共通語としてWHOでも用いられている「ダイアベティス(Diabetes)」を有力候補としている事を明らかにした。

背景には、患者の不利益への配慮が有るとされる。糖尿病は、平安時代に消渇と呼ばれていたが、1907年から糖尿病と病名が統一されて、定着した。高度成長期に増加するに伴い、失明や腎不全等の合併症が頻発すると、悲惨なイメージが広まった。更に、糖尿病は自己責任で、患者は自己管理が欠如しているといった誤解や偏見が社会に定着したというのが、両者の見解である。

呼称の具体的な変更時期は尚未定だ。関係者以外で、人口に膾炙しているとは言い難く、患者の中からも疑問の声が上がる。目的はスティグマ解消であり、名称変更はあくまでも手段に過ぎない。もう少し議論を尽くさないと、理解は深まらない様に思える。

糖尿病治療は確実に進歩している。願わくば、予防策が周知され、その疾患概念が消える日迄、研究の営みも続けられる。

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