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未来の会

第196回 厚労省ウォッチング
出産費用の保険適用は道険し

第196回 厚労省ウォッチング出産費用の保険適用は道険し

厚生労働省は出産費用への公的医療保険適用に向けた議論を始めた。少子化対策の実績が欲しい岸田文雄政権は2026年度からの実施を狙う。しかし、日本産婦人科医会は一律料金となる保険適用に反発している上、クリアすべき課題も余りに多い。

6月26日、出産費用への保険適用を検討する厚労省の有識者会議の初会合が有り、来春にも意見を取り纏める事を確認した。会議では「希望する人がどの地域であっても安心して子供を産み、育てる事が出来る環境の整備に繋がる」(連合代表) との賛成論が出された一方で、産科医の団体等からは「減収となり分娩の取り扱いを止めてしまう医療機関が出て来る」「本当に経済的な負担の軽減に繋がるのか」といった懸念も飛び出した。

正常分娩は怪我や病気でない為、公的医療保険の対象外だ。保険適用には健康保険法等の改正が必要になる。政府は「26年度の実現」から逆算し、改正法案を25年の国会に提出する段取りを描いている。残された時間は多くない。

厚労省は5月15日の社会保障審議会医療保険部会で有識者会議の発足を説明した。同会議の委員にも名を連ねる健康保険組合連合会の佐野雅宏・会長代理は「医療保険制度全体の枠組みを変える事にもなる為、丁寧に時間を掛けて議論する必要が有る」と指摘し、同省幹部も会合後、「その通りで、拙速は避けないといけない」と漏らした。

現在は通常分娩に保険を適用しない代わりに、健康保険から出産育児一時金が支払われている。出産費用の高騰に伴って昨年4月から8万円増の50万円に引き上げられたものの、一時金の引き上げに合わせて医療機関も値上げをしがちで「一向に支援が追い付かない」との指摘が絶えない。

この点に着目したのが菅義偉・前首相で、昨春に保険適用案をぶち上げた。政権浮揚に向けた実績が欲しい岸田首相が反応し、昨年末に閣議決定した「こども未来戦略」に正常分娩の保険適用導入に向けた検討を進める、との一文をねじ込んだ経緯が有る。厚労省側にも毎年1%程度アップし続けている出産費用を頭打ちにしたい思惑が有る。

只、課題は山積している。先ずは各産科・産院が手掛けている施術、サービスを何処まで保険適用するかの線引きだ。出産現場では陣痛促進剤、会陰切開、導尿等、妊婦の状態に合わせる等して様々な医療措置が行われているが、保険を適用するなら「標準的な措置」を決めねばならない。広がる無痛分娩、助産院での出産への適用の有無も判断を迫られる。

保険適用は「出産費用軽減」が主眼とあって、通常は3割の自己負担を無料とする根拠立ても必要だ。更に保険適用されれば価格は全国一律となるが、出産費用には都市圏と地方の間に大きな開きが有る。厚労省資料によると、22年度の全国平均は約48万2294円だが、最高の東京都(60万5261円)と最低の熊本県(36万1184円) では24万円以上の差が有る。

診療報酬上の設定価格次第では、元々出産費用の高い都市圏を中心に存続が難しくなる医療機関が続出し兼ねない。日本産婦人科医会は、分娩施設が更に減る事で「出産難民が出る」と、保険適用に反対している 。同会では診療報酬が現状の出産一時金と同じ一律50万円に設定されても「4分の1の妊婦が出産場所を失う可能性が有る」(石渡勇・会長)と訴えている。

保険適用に前向きな自民党議員の間でも、出産難民が出る事を不安視する声が上がる。元々は慎重だった厚労省は「負担軽減と、誰もが出産出来る環境整備の両立にはかなりの工夫が要る」と苦心している。「異次元の少子化対策」が霞んで見える。

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