SHUCHU PUBLISHING

病院経営者のための会員制情報紙/集中出版株式会社

未来の会

第108回「日本の医療」を展望する世界目線 日本の医薬品産業がなぜ成長しないのか②

第108回「日本の医療」を展望する世界目線 日本の医薬品産業がなぜ成長しないのか②

前号では、医薬品の供給不足を軸に、わが国の医薬品産業の問題点について述べた。今号でも引き続き、医薬品不足における課題、およびその解決策について供給、需要、政策の3方向から考察してみたい。

新薬開発リスクと薬価抑制

供給側からは第1に、製薬会社が抱える問題が挙げられる。新薬開発には高いリスクがあり、日本製薬工業協会によれば、新薬の開発には9〜17年もの年月と数百億から数千億円の費用がかかるが、開発成功確率は0.004%という低さである。

新薬メーカーは、開発した医薬品が上市してから開発にかかった費用を回収するビジネスモデルをとっている。しかし、薬価が低く定められている今般は、新薬開発のリスクはますます高まり、かなり厳しい状況にある。また、少しでもコストを下げようと原薬の調達先を海外に依存している状態だが、戦争によりその供給が途絶えるといった事態もあり、これらは医薬品不足の一要因となっている。

新薬は、一定期間経つと特許が切れ、様々な企業が同じ成分の薬を製造できるようになる。これがいわゆる「ジェネリック医薬品」や「後発医薬品」と言われるもので、ジェネリック医薬品は開発にかかる費用や、開発成功確率の低さといったリスクを避け安価に提供できるというメリットがある。国は、高齢化の影響などで増え続ける医療費を抑制するため、安価に提供することができるジェネリック医薬品の活用を推進している。結果、現在では処方されている薬の約8割を占めるほどシェアは拡大した。ところが、このジェネリック医薬品の製造に当たって品質の問題が起き、出荷が制限されるようになったのである。これが、現在の医薬品不足につながっている。

診療報酬制度と薬価制度

ここで、医療費と深くかかわりのある診療報酬制度と薬価制度について簡単に触れておこう。診療報酬は診療や医療サービスの対価で、人件費などに充てられる「本体」部分と、医薬品や医療機器の公定価格を定める「薬価」で構成されている。先発医薬品の薬価基準収載では、同じ効果を持つ類似薬が既に薬価基準に収載されている場合には、類似薬効比較方式を用いる。さらに、先発薬が既存類似薬に比べて高い新規性や有用性が認められる場合には、その額に画期性加算、有用性加算、市場性加算、小児加算、先駆加算などの加算が行われる。また類似薬がない場合には原材料費、製造経費等を積み上げた原価計算方式が用いられる。

一方、既収載品の薬価改定は、薬価調査における市場での全取引価格の加重平均値に一定の調整幅(現在は2%)を加算して算出する市場実勢価格加重平均値調整幅方式が使われている。再算定には、すでに述べた市場拡大再算定や主たる効能や用法・用量が変更となり使用実態が変わった時の効能変化再算定、用法用量変化再算定がある。

近年、製薬企業にとって不採算となる品目が増加傾向にあり、実態として不採算と認定されれば薬価が引き上げられる不採算品再算定も行われる。 なお、2023年9月に病院や薬局の薬の仕入れ値が、国が定めた価格を平均で6%下回ったとする厚生労働省の調査結果が公表された。上述のように薬価は市場価格に近づける形で見直されることから、来年度の診療報酬改定で薬価が引き下げられる見通しとなっている。

現在の医薬品不足で供給側が抱える問題は、新薬メーカーにおける供給控え、原薬不足、また、後発医薬品メーカーによる製造制限など、様々な要因が複雑に絡みあっている。

原薬の問題は、日本に限らずサプライチェーンの適正化のために、ある程度のグローバル化は避けられない。しかし、今回のコロナ禍で、国産ワクチン実用化が遅れたことから、ようやく日本も、製薬会社の重要性に気づいたという感じであろう。

患者のヘルスリテラシー不足

日本の患者はヘルスリテラシーが低いと言われている。日本ヘルスリテラシー学会による定義では、ヘルスリテラシーとは一般に健康に関連する情報を探し出し、理解して、意思決定に活用し、適切な健康行動につなげる能力のことを言う。

ヘルスリテラシーが低いと、処方された薬をしっかり飲まないことで症状が悪化したり、些細な症状でもすぐに救急車を呼んでしまったりし、医療費が高くなる傾向にある。そもそも、国が薬価を低く抑え薬剤費を抑制しようとするのは、膨らむ医療費を問題視しているからである。ところが、医療費の総額を押し上げているのが、患者のヘルスリテラシーの低さだとすれば、薬剤不足の原因の一端は需要側、つまり、患者側にもあると言って良いだろう。

企業の努力頼みの解決は不可能

とは言うものの、最も大きな問題は政策決定側にあるのではないかと考えている。 1つは製薬企業を国策として重要視し育てるという視点の欠如である。

日本が製薬企業を国策上で重視していないことの影響は薬価の問題として現れている。近年、日本では「ドラッグ・ロス」が問題になっているとはいえ、多くの薬剤は患者の負担が少なく使用できる状況が調っている。問題は、その値段だ。国は薬剤を、幅広くかつ安く使用できるよう、薬の値段を下げるという策をとっている。顕著なのは、市場拡大再算定である。市場拡大再算定とは、予想を大きく上回る販売量を記録した医薬品に対して、その価格を最大25%引き下げるという制度である。

こういった状況が「海外の製薬会社にとってリターンを見込めない日本市場」を作りだし、ドラッグ・ロスにつながっている可能性が高い。また同様に、国内の製薬会社にとっても、医薬品不足につながる状況に追い込んでいるのではないか。しかし、このような製薬会社に困難な状況であっても、社会的使命から、原価割れしている薬剤を提供している製薬会社もあると聞く。国をとりまく課題を一製薬会社の努力に頼るには限界がある。本腰をいれ、国策として製薬業界を育てていく必要性はますます高まっている。

海外の製薬会社をとりまく状況

日本の製薬企業は、上述した様々な要因から売上高で見る国際ランキングの上位から外れてしまった。24年7月時点での製薬会社の株価時価総額1位は、抗肥満薬が当たり、認知症対応薬も承認されたイーライリリー社である。同社は世界企業で米国市場上場株式会社の中でもトップ10にランクインし、有名な電気自動車のテスラを上回っている。今や日本の医療は輸入によって保たれており、これは治療機器なども同様な状況である。

ここで、世界の製薬会社の状況も触れておきたい。米国には世界的な製薬会社が多い。また、新しいベンチャータイプの製薬会社も続々生まれてきている。ヨーロッパの先進国では、人口が日本より少なくても、またM&Aが進展している国であっても、有事に備え、新薬開発が可能でグローバルな製薬会社を1社以上残す形になっているところが多い。

具体的に言えば、英国ではケンブリッジに本社を置くアストラゼネカ、ロンドンに本社を置くグラクソ・スミスクラインがあり、フランスにはサノフィ、ドイツにはベーリンガーインゲルハイム、スイスにはロシュ、ノバルティスといったように、何か有事の時に対応できるような製薬会社が存在している。なお、22年の世界一の売上高の製薬企業はファイザーであるが、売り上げの6割をコロナワクチンが占めた。

LEAVE A REPLY

*
*
* (公開されません)

Return Top