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未来の会

34年振りの円安水準が医療界に与える影響

34年振りの円安水準が医療界に与える影響

資源高騰で圧迫される医療機関の経営事情

外為市場に於ける円高は、高度成長期以来、輸出産業が経済をリードして来た日本を大いに苦しめて来た。しかし、今度は急速な円安が日本経済にダメージを与えている。日本は石油を始めとした資源や食糧品の多くを輸入に頼っている為、端的に円安は物価の上昇を招く。又、ガソリンや電気料金の上昇等が国民の生活を圧迫しているが、これは医療分野に於いても同様である。このまま円安が進行すれば、物価高から苦境に陥る医療機関が増えると言われている現在、医療全般が被る影響や対処方法等を探ってみた。

医療機器の半数を輸入に頼る日本

円安による物価上昇により家計の負担が増える他、一般企業の生産現場でも原材料費等のコスト増に喘いでいる。2021年迄ドル/円相場は、100〜110円前半の円高水準で推移していたが、今年4月末、34年振りに160円を突破した。政府による為替介入によって急激な円安は抑えられるものの、変動を変化させる迄には至っていない。

ロシアによるウクライナ侵攻でエネルギー価格が急騰、また米国を始め世界的にインフレが懸念される中での円安。インフレを打ち消す為に主要国では金融引き締めが行われ、日本でも黒田東彦・前日銀総裁が主導した異次元の低金利政策が、植田和男・現総裁の下で正常化されようとしている。日米金利差拡大による円安は容易に止まらない状況であり、国民の生活への圧迫は長期化する見込みである。

医療器材や医療材料、薬品を多く輸入している医療の現場に於いても例外ではない。直接医療に関わるものではない病院食や電気料金等も、病院経営を圧迫する要因になる。医療関係者にとっても、昨今の円安進行は無視出来ない話になっている。

医療機器の輸入に関する統計を紐解けば、円安が及ぼす影響の深刻さが理解出来よう。「薬事工業生産動態統計年報」(厚生労働省、20年)では、総額で約5兆円の医療機器需要に対し、国内生産分は約2・4兆円、輸入は約2・6兆円の構成で、半数を海外輸入品に頼っている状況だ。これを薬機法上の類別で上位品目について見ると、整形用品(3955億円)、医療用嘴管・体液誘導管(3870億円)、内臓機能代用器(3370億円)、視力補正用レンズ(2994億円)、理学診療用器具(1563億円)となり、整形外科、循環器内科・外科で影響が大きい事が窺えよう。

自由診療であれば、急激な材料費等の上昇に於いて価格転嫁も比較的容易と見られるが、保険診療では、収益が厳しくなる事は想像に難くない。何れはコスト高が価格改定で反映される様になるとしても、実態に近付く迄はタイムラグが生じる。

値上げラッシュで厳しくなる医療機関の経営

具体的に、円安に伴う価格の上昇は医療現場にどの様な影響を及ぼしているのか。特定保険医療材料価格調査(厚生労働省)にて、実態を見てみる。

特定保険医療材料とは、医療機器や在宅での処置に使う医療・衛生材料等の内、価格が定められており、医療機関が算定する処置料等と別に算定出来る医療材料の事。分野別の材料価格と販売価格の乖離率を見ると、医科材料は直近の23年度は3・1%、19年度は6・2%、21年度は4・3%と年を追う毎に乖離率が縮小しており、医療機関の利幅が縮小している事が分かる。

又、この調査結果については実態を反映していないとの声も多い。京都府保険医協会が23年に府内で実施したアンケートでは、多くの材料が赤字になっている実態が明らかになり、同協会は材料価格調査の対象を大規模医療法人や大型チェーン薬局だけでなく、一般の開業医にも広げるべきとの見解をまとめた。

23年11月17日に開催された中央社会保険医療協議会の保険医療材料専門部会でも、原材料・部材価格等の高騰に関して、値上げにより安定供給を確保したとしても基準材料価格改定の原則により、改定前の価格を超える事は出来ないとされている為、結果的に価格への転嫁は十分に反映されず、医療機関の負担は解消されない、と苦境にある事が明らかにされている。

他方、輸入薬品、医療材料など診療に直接関わりが無い部分でも、円安での輸入価格の上昇により医療機関の経営を圧迫している。22年11月4日付日本農業新聞では、JA神奈川県厚生連の相模原協同病院を始め、JA系病院が膨らむ電気代で経営が圧迫されている状況を報じた。コロナ禍に於いて注目されたエクモ等「命に影響を与えるもの程電力消費が多い」と現場は悲痛な叫びを上げている。その後も幅広い分野で値上げラッシュが続いており、厳しい収益環境が続いている状況だ。

材料費高騰に苦しむのは歯科医も同じだ。ある首都圏の大手歯科医院の院長は、治療に関する明細書を示しながら「厚労省による価格改定が材料費上昇に追い付いていない。今は技工士が取る材料費の方が診療費よりも高くなり、歯科医の負担は増すばかり。価格転嫁し易い自由診療はともかく、保険診療は危機的状況なのではないか」と明かす。明細書には、総計3万円の内、歯科医師が受け取る治療費が1万4000円、材料費が1万6000円と記されていた。

自助努力に限界、待たれる政府の現状に即した対応

この様に、円安が医療業界に直接・間接に及ぼす影響は大きく、現場は様々な対応をしている。その1つが、医療機器の共同購入だ。

共同購入とは、製品の購買量を増やす事で、サプライヤーから通常よりも大きな値引きを得る仕組み。一般的な商行為に於いても、単品購入では定価となるものが、複数購入すると値引きされる事が多い。医療機器に於いても、共同購入する事によって、それ迄の価格上昇分を吸収出来る形になり、コスト低減に繋がるのだ。

2012年に設立された一般社団法人日本ホスピタルアライアンスでは、加盟する病院の購買データと中心としたエビデンス(価格・数量・シェア・品質評価)に基づきサプライヤーと直接交渉を行っている。原油高による輸送料・原材料等の価格高騰や円安でメーカー各社は値上げをしているが、そこで全てのメーカーに値上げの根拠を確認する一方、値上げ要因となる各種相場の推移をモニターし、値上げの幅が適正であるか確認、相場の好転に応じ臨機にメーカーに価格の値下げを求めるという。

他方、金融知識に長けた医療機関に於いては、円安を逆手に取った施策を行う所も有る。或る都近郊の中堅医院では、円安が進み出した昨年以降、資産の多くをドル建て債券の購入に充て、そこで為替差益を得る事で円安に起因するコスト増を吸収したという。こうなると、医療経営に於いて環境激変に対応する為の経済知識を備えなければならない状況になったとも感じられる。

だが、各医療機関が対応をしても、現象面での円安は医療界でどうこう出来るものではない。例えば、電気料金の値上げに当たり、医療機器等を除いた照明器具等を部分的に消灯する等、経営努力をする病院が幾つも見受けられるものの、そうした自助努力によるコスト削減にも限界が有るだろう。

24年6月1日から始まったベースアップ評価料制度で、医療従事者の待遇改善がなされると期待されているが、これについて九州地方で展開する整形外科医院の院長は「経営者側にプラスされる事はさほど無い」と話す。この院長は「うちは手術加療を行う為、医科材料の仕入れ値上昇で粗利益が下がる」と明かした上で「正当な診療報酬点数の増加が見込めれば円安対応は可能で、厚労省には適正な施策を求めたい」と訴えていた。

各団体は厚労省に対して改善要請を行っているが、今後の政府の対応が注目される。これ迄の政府の円安対応は、相場が急な動きとなったという止むを得ない要因も有るが、とりわけ価格改定にタイムラグが生じ易い医療分野は後手に回った感が強い。政府の機動的且つ現場の状況に即応した対応が待たれるところだ。

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