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未来の会

第180回 経営に活かす法律の知恵袋 ◉ 出産の保険化に関する法的論点の整理

第180回 経営に活かす法律の知恵袋 ◉ 出産の保険化に関する法的論点の整理

政府与党と業界団体の動向

現在、政府与党の主導で、出産費用の保険適用(出産の保険化)に向けた作業が進められている。政府の中心は厚生労働省保険局(鹿沼均・局長)とその保険課(佐藤康弘・課長)であり、与党の中心は「出産費用等の負担軽減を進める議員連盟(会長・小渕優子衆議院議員、事務局次長・国光あやの衆議院議員)」、「地域で安心して分娩できる医療施設の存続を目指す議員連盟(会長・田村憲久衆議院議員)」、「社会保障制度調査会(会長・加藤勝信衆議院議員)」、「こどもまんなか保健医療の実現に関するプロジェクトチーム(PT座長・橋本岳衆議院議員)」であると言えよう。

同プロジェクトチームでは、この6月4日、「骨太の方針2024および令和7年度予算編成に向けた提言」として、「出産(正常分娩)の保険適用に関して、〈出産等の経済的負担の軽減〉が議論の出発点であることを十分に踏まえ、いつでも、どこに住んでいても安全かつ妊婦がアクセスできる周産期医療提供体制の確保、多様なニーズへの対応、他の医療行為や管理との関係などさまざまな論点があることも鑑み、サービスの利用者である妊娠・出産を望む方や妊産婦、医療者を含む多様な関係者の意見を広く集め、現行の療養の給付のみに囚われることなく新たな政策体系の検討も含め、あらゆる政策手段の選択肢およびその組み合わせを考慮し、丁寧に検討を行うこと」を取りまとめて政府に示した。

これに対して、業界団体である公益社団法人日本産婦人科医会(会長・石渡勇医師)は反対の意向を表明している。また、公益社団法人日本助産師会(会長・髙田昌代助産師)は曖昧な態度ではあるが、実質は日本産婦人科医会に追随しているらしい。

きちんと論点を提示している業界団体は日本産婦人科医会(以下「医会」)だけであるので、以下に日本産婦人科医会の見解(24年5月31日付、6月3日付)を引用し、法的な観点から論点を整理しようと思う。

日本産婦人科医会の見解とそれへの反論

(1)「正常分娩は疾病ではなく、 また妊産婦の要望に応えられるように、保険にはなじみません。」

これは、明らかなミスリードと言えよう。正常分娩(出産)は、出産育児一時金が健康保険法により公的医療保険給付の対象として位置付けられている。

(2)「妊産婦の経済的負担を軽減するために出産育児一時金を給付してきました。保険にして経済的負担が軽減され、しかも安全が確保できるのか、エビデンスはありません。」

これは、医会の独自の見解と言えよう。他の診療科の医療は、すでに保険によって経済的負担が軽減され、安全が確保されている。逆に、保険化されていないのは、正常分娩(出産)と美容くらいであると言ってよい。そもそも公的医療保険の給付、さらに一歩進めて、それを「現物給付化」する趣旨には、国民の経済的負担の軽減や給付の安全の確保と共に、「給付の標準化」という要請もある。なお、ここで言う「標準化」は、「画一化」ということではない。同様の疾病や負傷(や出産)に対して複数の「標準的な現物給付」を設定して、「多様化のニーズ」に応じるものである。むしろ、往々にして自由診療の名の下に押し付けられることのある「画一的な給付」「危険な給付」「高額な給付」とは、正反対である。

そして、「多様化のニーズ」によって、複数の「標準的な現物給付」だけでなく、選定療養(たとえば、差額ベッドなど)のような「上乗せ給付」、さらには、「自由診療」(たとえば、希望による無痛分娩)を利用して対応できるようにもなっていく。つまり、現在の「自由診療」だけの場合よりも、遙かに選択肢が増えて急拡大していくのである。

(3)「現代の女性は、 出産を人生の大きなイベントと取らえており、分娩に対するこだわりも多く、自由な発想で分娩する時代になっています。 出産の保険化政策は、自由を当たり前として育ってきた現代女性の意向に沿いません。」

自由を当たり前と考える現代女性からすれば、むしろ出産の保険化政策こそが、選択肢を増やし、自由度を高めるものと捉えることであろう。法的にも、産科の自由診療一辺倒は、出産(正常分娩)が疾病でも負傷でもないことと相まって、実際上、医師法に定める応招義務の対象から外れた取扱いになってしまっている。しかし、出産の保険化によって、健康保険法の定める「標準化された現物給付」となり、妊婦の保険証等の提示があれば産科医療機関にとってその給付が義務となる。そうすれば、産科医療機関は、妊婦のインフォームドコンセントの前提として、複数の「標準化された現物給付」の多様な選択肢をあらかじめ提示しなければならなくなって来るのである。

(4)「現在、分娩数は約75万台、全国の分娩の47%が産科診療所で、26%が一般病院で、27%が総合地域周産期母子医療センターで行われています。」

つまり、全国の分娩の約半数は、産科診療所によって担われている。これら産科診療所は何としても維持・存続させていかねばならない。いわゆる無痛分娩の保険化や公的補助を望む声もあるが、その施策は逆に産科診療所を経営的に潰してしまう結果をもたらす。無痛分娩の保険化や公的補助は、妊婦を病院にばかり集中させてしまう結果をもたらし、逆に産科診療所の経営を悪化させてしまうので、実施してはならない。

(5)「妊産婦さんが要望する満足度の高いサービスとは 「特別食」や「アロマケア」から「出産時の心理的ケア」 や 「出産時の医療的処置」まで様々であります。」

諸々のサービスの上乗せは、出産の保険化自体によって妨げられるものではない。出産の保険化によって、さらに様々なサービスも、上乗せの選択肢として提供できるようになるであろう。

(6)「産科単科の分娩機関では22%、24%の分娩で負担が発生します。この産科単科施設は妊婦さんにとっては地元地域の分娩機関であり、 その分娩機関の経営がいきづまれば、4人に1人のお産難民が発生し、地域の周産期供給体制は破綻する可能性があります。」

地域の周産期医療供給体制の維持・存続は少子化対策や地域活性化対策の重要な要素であると共に、それら政策の結果でもある。分娩施設の役割分担と連携強化こそが鍵であろう。

確かに、妊婦の自己負担が増加しないよう、一部負担金の生じないようにし、また、全体的な負担軽減を図っていくべきであろう。今回の制度改正ではともかく、将来的には「出産」だけでなく、「妊娠」「産後」を通して、保険化を進めて行くべきである。

妊産婦の多様なニーズに対しては、今までは、ともすれば、周産期医療の提供者側はパターナリズムに陥りがちであった。今後は、病院、診療所、助産所といったケアの提供者や出産場所(自宅を含む)についてはもちろん、帝王切開や無痛分娩、自然分娩やフリースタイル等の出産の仕方や、妊娠時から出産〜産後に亘る継続的な健康および生活相談についても、妊産婦の多様なニーズに対応して行くようにすべきであろう。

(7)「保険診療と保険外診療の併用について

「保険診療」 と 「保険外診療」 の併用は原則として禁止されており、いわゆる 「混合診療」 は全体として自由診療として整理される。「混合診療禁止の原則」は、あくまでも健康保険法上の「療養の給付」(疾病・負傷)にのみ適合するものである。したがって、必ずしも広くすべての「出産保険化」(現物給付化)にまで適用されるわけではない。つまり、出産(正常分娩)を「療養の給付」(疾病・負傷)に分類せずに、別枠で新たな「出産保険給付」とするならば、「混合診療禁止の原則」には触れないのである。

出産の保険化は新たな「出産保険」の制定によるべき

以上、反論してきたとおり、医会の見解は必ずしも妥当なものとは言えない。したがって、出産費用の保険適用は、一部負担金もなく混合診療禁止もない「出産保険」を、健康保険法上に別枠で新たに創設することによって対処すべきである。そこでは、妊産婦の多様なニーズに対応すべく、本人の希望による無痛分娩は、特別食やアロマや個室(差額ベッド)などと同様に、保険化そのものや公的補助ではなく、いわば選定療養と同様に自費での選択的な上乗せ給付としていくのが適切であろう。

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