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未来の会

老年医学が切り拓く健康長寿社会
~認知症・フレイル予防で健康寿命を延伸~

老年医学が切り拓く健康長寿社会 ~認知症・フレイル予防で健康寿命を延伸~
鳥羽 研二(とば・けんじ)1951年長野県生まれ。78年東京大学医学部卒業。96年東京大学医学部助教授。2000年杏林大学医学部高齢医学主任教授。10年国立長寿医療センター(現・国立長寿医療研究センター)病院長。14年同理事長・総長。19年東京都健康長寿医療センター理事長に就任(現職)。著書に『認知症の安心生活読本』(主婦と生活社)、『間違いだらけのアンチエイジング』(朝日新書)、『ウィズ・エイジング』(グリーンプレス)が有る。日本老年医学会優秀論文賞(00年、05年)、日本骨粗鬆症学会学会賞(04年)、日本老年医学会GGI優秀論文賞(15年)等受賞。

渋沢栄一が開院した養育院を前身とする東京都健康長寿医療センターは、認知症を始めとする、高齢者が抱える様々な心身の問題と向き合い、健康長寿を実現する為の研究・開発を展開している。超高齢社会の日本に於いて高齢者の健康維持は、要介護者を減らすと共に、医療介護福祉分野に於ける人材不足の解消という重要な意味を持つ。高齢者医療の先駆けとして、認知症診療の向上に尽力して来た同センターの鳥羽研二理事長に、最新の取り組みについて話を伺った。


——2019年に理事長として着任されました。コロナ禍では、高齢者専門医療機関ならではの苦労をされた事と思います。

鳥羽 この3年程は新型コロナウイルスの対応に奔走しました。当センターは東京北西部の中で唯一、重症感染者を診る事が出来る病院です。つまり、体外式膜型人工肺(ECMO)を回せるのは此処しか在りません。都内の病院から人工呼吸器を装着した重症患者を引き受け、認知症、寝たきりといった要介護状態の高齢者も大勢受け入れて来ました。院内クラスターを3度経験し、職員の延べ約1100人(全職員数は約1500人)が感染しました。東京都はホテル療養を真っ先に取り入れましたので、その時は1病棟を潰して40人体制で看護師を派遣しました。看護師長が夜間の見回りや病院に搬送する患者の判定基準等のノウハウを作り上げ、後に他の地域での宿泊療養施設の立ち上げにも関わりました。PCR検査も積極的に実施し、ワクチン接種会場には率先して看護師部隊や薬剤師を派遣しました。我々のこうした感染症対策への貢献に対し、昨年東京都知事より感謝状を授与されたところです。残念ながら職員の1人は亡くなりましたが、この危機を乗り越える事が出来たのは職員の皆さんのお陰だと思っています。

診断から看取り迄を担う認知症診療を創成

——鳥羽先生が認知症を専門領域とされた理由と経緯をお教え下さい。

鳥羽 最初から認知症を専門領域としていた訳ではなく、老年病科は高齢者に多い症状を全て診る診療科でしたので、頻尿、尿失禁、床擦れ、転倒など様々なものが有り、その内の1つが認知症でした。杏林大学の教授に就任した当時は、全国に認知症疾患医療センターも無く、診断して終わりという時代でした。そこで、診断から看取り迄を診る認知症診療の形を作りたいと考え、認知症を軸にして行く事を決めました。こうして06年に日本で初めての物忘れセンターを開設しました。採算が取れるかどうかを見極める為に初めは認知症外来として開始しましたので、構想からは約5年が経過していました。想定よりも4〜5倍の売り上げとなり、当時の松田博青理事長の承認を得て漸く実現する事が出来ました。

——認知症診療のパイオニアと呼ばれています。

鳥羽我々にとって診断はあくまで第1の入り口であって、「これから10年以上の長い付き合いになりますが、宜しくお願いします」と言うところから治療がスタートします。その当時は既に4つの認知症薬が承認されていましたが、未だ非薬物療法が曙の時代で、運動教室や音楽療法の専門家と共に診療を開始しました。それと同時に、認知症はご家族の負担が大きい為、家族教室も開設しました。これらは今でも継続しています。又、地域のかかりつけ医と認知症のネットワークをいち早く作りました。48歳の時に教授となり、今よりも若くスタミナが有った事もありますが、当時私が活発に動く事が出来たのは、東京大学から秋下雅弘先生(現・東京都健康長寿医療センター長)が一緒に来て下さった事が大きかったと思います。

——日本の老年医学や高齢者医療の現状について、どの様にお考えですか。

鳥羽 高齢者医療の重要性が増している事は間違い有りません。現在の日本人の平均年齢は49歳、50年には50歳を超えると予測されています。インドでは平均28歳と言われていますし、海外では65歳以上を高齢者としている国が多く、グローバルで見ると日本は半分が高齢者という未曾有の状況を迎えます。こうした状況にも拘らず、大学医学部に老年医学の教室の設置が進んでいないのには、作りたいという要望が有っても教えられる人材が居ないという事情が有ります。そこで日本老年医学会では、老年医学の講座を持たない大学の学生や研修医らを集めて毎年サマーセミナーを実施しています。最近では、藤田保健衛生大学に認知症高齢医学講座が開講したり、秋田大学の大田秀隆教授が高齢者医療先端研究センターを開設したりと、少しずつ増えて来てはいますが、やはり各大学に設置するのがベストだと思います。

認知症・要介護の頻度は減少傾向

——厚生労働省は40年に高齢の認知症患者が584万人になると発表しました。これについては如何でしょうか。

鳥羽 この発表を聞いて変だと思いませんか。少し前迄は750万人になると言われていました。旧数値は筑波大学の朝田隆教授が行っていた全国8カ所の研究データを基に推計されたもので、これと全く同じ手法で九州大学の二宮利治教授が研究を引き継ぎ、厚生労働省の研究費で行った久山町研究のデータを基にしたのが最新の推計です。これは国民の健康意識が高まったせいではないかと考えられていますが、実は先進国では以前から減少傾向にありました。日本だけが減っていなかったのが、漸く他の先進国と同じ様に全年齢層で減り始めたという事です。この減り方が100万人以上ですから凄い事なのですが、報道では何故か朗報として取り上げられていません。又、介護保険団体の方からは介護保険施設では寧ろ増えているという指摘を頂きます。それはおそらく共働き世帯の増加等により、在宅で看られる人が減って来ているという事だと思います。

——要介護者も減少しているのでしょうか。

鳥羽 介護保険には認知症高齢者の生活自立度を判定する基準が有り、軽度から重度まで1〜4、プラスMというランク分けをしています。ランク2以上になると1人で買い物が出来ないので、一人暮らしが困難な認知症と判断します。広島大学の石井伸弥教授が厚生労働省の認知症専門班をしていた頃に調べたところ、3年間で94歳まで全ての年齢層でこうした要介護になる頻度自体は減っている事が分かりました。但し、絶対数が増えていますので、総数は減っていないという事になります。要介護者になる頻度が減った要因を明らかにし、更にこれを進展させて行く事が私の1つの大きなテーマです。

——認知症が国民の意識により減ったというのは?

鳥羽 例えば、高血圧や糖尿病等の生活習慣病が有る人は、認知症になり易いと言われています。以前は食塩摂取量が日平均15g以上で、中には30g摂取していた地域も有りましたが、近年では東京都は10g近く迄減塩が進みました。新しい薬が登場した事も有りますが、高血圧が原因となる脳出血は殆んど見ない病気になりましたね。又、年配の方も含めて、沢山歩く様になりました。85歳の人が15年前の70歳と同じスピードで歩いていますし、歯の数も30〜40年前の80歳では総入れ歯だったのが今は50歳と変わらず歯が残っていてよく噛む事が出来ます。生活習慣だけでなく、脳以外の様々な若返りが脳にも何等かの良い影響を与えているのではないかと考えられています。そこを科学的に明らかに出来れば、創薬や非薬物療法の開発にも繋がって行くでしょう。


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