行政の提供する福祉サービスが「措置」ではなく契約へと「移行」
成年後見人という制度を聞いた事が有る人も増えて来ただろう。そもそもは禁治産・準禁治産制度というものであったが、それに代わって2000年に成年後見制度として新たに施行されている。制度を大枠で分けると法定後見と任意後見がある。尚、後見には未成年と成年がある。法定後見は民法に、任意後見は任意後見契約法に基づいている。
成年後見制度が作られる切っ掛けになったのが介護保険制度の発足である。行政が福祉サービスを提供するに当たり「措置」として行うのではなく受益者の意思決定が尊重される「契約」に移行する為に制定された。福祉サービスを提供する事業者と受益者との間で交わす契約行為に関して認知症の人の法的行為を支援する必要に迫られた事による。当時の小渕内閣は介護保険制度の制定を急いだ事から、連動していた成年後見制度は議論が尽くされないまま成立した。
禁治産制度からの脱却
禁治産制度から成年後見制度に移行する事で改善された事は多い。先ず禁治産者という言葉が使われなくなった。本人の保護と自己決定権が明確にされた。身上への配慮から戸籍に明記される事がなくなった。配偶者が保佐人や補助人になる事を強要される事もなくなり、浪費者は対象から削除された。日常生活に関する行為は取り消し得る行為から除外された。保佐人、補助人の取消権も明文化された。
制度としては精神上の障害により判断能力を欠く常況にある者を対象とし、家庭裁判所の審判により後見人が決定され開始する。申請は本人、配偶者、4親等内の親族、未成年後見人、未成年後見監督人、保佐人、保佐監督人、補助人、補助監督人、検察官による。なお市町村長も65歳以上の者、知的障害者、精神障害者につきその福祉を図る為特に必要が有る時は後見開始の審判を請求する事が出来る。家庭裁判所に後見人として任命された成年後見人は本人に代わって代理権と取消権、財産管理権、療養看護義務を持つ。必要が有る場合には裁判所の審判が出る迄の間に裁判所の命令により財産の管理人を置く等の審判前の保全処分が行われる。申立ての際に申立書、財産目録、判断能力に関する医師の診断書等の書類の提出が求められる。裁判所は本人や後見人候補者と面接を行う。その後、本人の判断能力に関して医師による鑑定が行われる。鑑定が行われるのは全体の1割程度で殆どは医師の認知症等の診断書によって済まされる。それらを踏まえて家庭裁判所の裁判官の判断で開始の決定、又は申立ての却下決定が行われる。開始決定された場合は本人にも通知される。法定後見の種類、後見人の氏名、住所、被後見人の氏名、本籍等が登記され登記事項証明書に記載される。この証明書は後見人や親族等の限られた者しか交付請求が出来ない。成年後見人には意思尊重義務と身上配慮義務が有る。又、本人と成年後見人との利益相反行為に関しては特別代理人の選任を家裁に申請しなければならない。裁判所が特に必要と認めた場合は後見監督人を選任する事が有る。後見人が報酬を得ようとする場合は裁判所に申し立て、裁判所が財産の状況や事務の内容を勘案して決定する。監督人の報酬も同様である。職業後見人の報酬は月3万〜5万円である事が一般的である。
任意後見は法律による決定ではなく契約行為である。後見人と本人が契約の当事者として公正証書を作成する。任意後見人は定期的に裁判所の選定する後見監督人に報告する。任意後見は法定後見に優先される。任意後見人になった者が裁判所に後見監督人の選任を申し立て、監督人が決定した時点で任意後見人契約が発効する。
契約には本人の判断能力が不十分となった時に任意後見契約を発効させる将来型と、判断能力が十分な間は見守り契約として判断能力が落ちた場合に任意代理契約を終了させ任意後見契約を発効させる移行型、任意後見契約を締結した後直ぐに任意後見監督人選任申立てをして任意後見契約を発効させる即効型がある。報酬は相互の合意によって決まる。発効後は後見登記がされる。
後見制度支援信託制度が開始した
成年後見人と本人との関係については、2022年の最高裁の調べによると親族が19・1%、司法書士が36・8%、弁護士が27・1%、社会福祉士が18・3%等となっている。職業後見人は各団体に於いて研修を受けた者のリストから家裁が選任している。職業後見人は不足気味であるが法に明文化されているのは弁護士と司法書士だけであり、社会福祉士は身上監護の面から業務を行える事から選任しているという運用を家裁が行っている。税理士、社労士、行政書士は専門職として法律上行える士業の業務範囲として不明確な部分が残されている。
後見人不足を解消する事を狙いに最高裁判所家庭局は後見制度支援信託制度を開始して一定の財産を信託する事で本人に比較的大きな財産が有る場合でも親族後見人が就任出来る様にした。
成年後見制度を利用する事での欠格事由は様々有った。国家公務員、地方公務員は欠格事由に当たる。弁護士や公認会計士、警備業には就けなかった。18年に成年後見制度を利用している事を理由とする欠格条項を含む法律188本を一括改正する法案が可決し多くは解消した。成年後見制度によって成年後見人が付いた者であっても選挙権を有する事が13年に公職選挙法改正案が国会で成立し認められた。
医療の現場では手術、輸血、人工呼吸器装着等の高度な延命措置など不可逆的な医療行為の前に本人に代わって成年後見人が説明を受け同意を求められるケースが有るが、治療の同意に関する権限は成年後見人には無いとされている。
自治体の長による身寄りの無い認知症患者である高齢者の財産を保護する目的で家庭裁判所に成年後見を申し立てるケースが急増している。行政が独居高齢者を見つけては本人の意思に反して首長申し立てで後見人を付けてしまい本人を高齢者施設に強制的に入所させる事案が続発している。人権侵害に当たるのではないかという声も有るが、その背景には家庭内での高齢者虐待や親族が財産管理を拒否する事が多い事が有るという。自治体の長が成年後見制度を申し立てた場合、家裁は本人との面談や医師による鑑定を実施し本人の意思を尊重する必要が有る。
職業後見人の正義が絶対ではない
成年後見制度を利用した背任や不正も後を絶たない。本人の年金を後見人である家族が生計の一部として流用している事が多いとされる。不正の多くは親族後見人によるものであるが、職業後見人にも例外無く不正が発生している。司法書士が契約額を大幅に超える報酬を引き出していたり、弁護士が被後見人の口座から横領した例も有る。
そうした事から、成年後見制度を利用した不正行為を防ぐ為に後見制度支援信託が利用される様になった。被後見人の資産の内、日常使う分は親族等の後見人が管理し、残りは信託銀行に信託する。大きな支出が必要な場合は、後見人が家裁に申請してチェックを受けるという仕組みであり、コストも専門家に頼むよりも安く親族後見人による不正も減らす事が出来ると期待されているが、驚いた事に弁護士の団体、司法書士の団体、社会福祉士の団体は相次いで制度の利用に反対している。後見人による不正事件の件数は10年前の14年には総数で831件(内専門職22件)に上っていたが20年には185件(内専門職30件)となっている。後見制度支援信託によって不正件数は激減している。
ところが弁護士や司法書士や社会福祉士らによる不正は減るどころか増えている年もある。都内の大手弁護士事務所も地方銀行と組んで、不正事件を起こし、弁護士が解雇されている。士業が絶対的な正義であるとは言えない。性善説が通用しない事は残念であるが士業に於いても性悪説を無視出来ない。職業後見人の価値観だけで被後見人に必要な出費の可否を判断する事は果たして正当なのだろうか。価値観等という正体不明のものに被後見人の生活が支配されていいのかという声も聞かれる。
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