子供のがん治療は将来を見据えた治療計画が重要
日進月歩と言われるがん治療に於いて、近年の放射線治療の進歩は目覚ましい。中でも顕著なのが放射線治療の一種である「粒子線治療」だ。「陽子線」と「重粒子線」の2種類が有り、「一般的な放射線治療(X線)が効きにくい」と言われるがんにも効果が期待出来る事や、治療後5年、10年と経過する中で現れる「晩期障害」という後遺症(骨が脆くなる、臓器の機能低下等)のリスクをX線治療より軽減出来るという大きな特徴が有る。2016年の保険適用を皮切りに段階的にがん種の適用範囲が徐々に拡がり、当初は稀少がんが中心の〝300万円掛かる特別な治療〟だったが、18年に前立腺がん、22年に肝がんや膵がんと患者数の多いがんが保険収載された事で、患者にとって〝身近な治療〟へと変わり始めている。
しかし、その一方で保険適用になっただけでは解決出来ない新たな問題も浮かび上がって来た。16年に一早く「陽子線治療」で保険適用となった「小児がん」がその1つだ。
始めに小児がんと陽子線治療の特徴を簡単に触れておこう。小児がんは数百種類有る子供の稀少がんの総称で、血液のがん「白血病」が最も多い。だが、陽子線の治療対象となるのは限局性の固形がんである為、治療数としては「脳腫瘍」が最多で、その種類も様々だ。本来、神経や臓器になる筈だった細胞のがん化で起こる「〜芽腫」という肉腫系の腫瘍も多種有り、老化に起因する成人のがんとはそもそも発症原因も異なる。その為、一部には難治性のがんが有るものの、成人のがんよりも比較的治り易い傾向が有り、薬物療法と放射線治療の組み合わせが期待出来るのが小児がんの特徴だ。子供の陽子線治療に精通するある医師は次の様に話す。
「大人では到底根治が困難な進行がんの段階で見つかっても、子供のがんは治癒に至るケースも少なくありません。だからこそ、小児がんのお子さんは治療後、何十年という長い人生が有る事を見据えて、出来るだけ生活の質(QOL)を下げない治療を考える必要が有ります。小さなお子さんの親御さんは年齢の若い方が多いので、先ずその点を理解頂く事が治療の第一歩です」
陽子線は一般的な放射線(X線)よりもビームの集中性が高く、治療の総線量や正常細胞への影響を低減出来る特徴が有る。小児がんに於ける陽子線治療のメリットは前述の通り、治療から長い年月が経つにつれて現れる「晩期障害」のリスクをX線より軽減出来る事。治療によって生じる新たながん(二次発がん)もその1つだが、これもX線より少ない事が科学的に証明されている。いち早く小児がんで陽子線治療が保険認可されたのはその為だ。
「子供は放射線がよく効くので、治療効果は従来のX線とほぼ変わりません。只、腫瘍や正常組織に放射線の感受性が高い傾向が有る為、確実に治療するのと同時に、未発達な骨や血管、臓器への影響も考えて治療計画を立てる事が重要です。成長の過程で治療の後遺症が現れ、重要な臓器の機能低下が起きれば、寿命にも関わって来ます。陽子線はこうした将来的な障害リスクをX線より軽減出来る治療なのです」(前出医師)
X線の全脳照射はIQ低下のリスクが
例えば、小児がんの脳腫瘍の治療を頭全体にX線を当てる「全脳照射」で行うと、治療後に「IQ(知能指数)が70迄低下してしまう子供が70%いる」という報告が有る(日本人の平均IQは112・69)。僅かな線量でも放射線は正常細胞には極力当てない方が良い事は明白で、X線がホルモンを司る脳の下垂体に当たれば、将来的にホルモン補充療法が必要になる可能性も有るという。集中性の高い陽子線治療は、こうした影響を低減可能という事なのだ。
陽子線と同じ粒子線の「重粒子線」にも同様の効果が有るが、両者には放射線の質量(重さ)に違いが有り、陽子線がX線とほぼ同等なのに対し、重粒子線はX線の約12倍も重い。細胞殺傷効果も重粒子線の方がX線の2〜3倍程高く、一般的に「放射線が効きにくい」と言われるがんにも、より高い効果が期待出来る。だが、正常組織に当たってしまう範囲にも同等の影響が出る恐れが有る事から、現状、小児がんは陽子線のみが保険適用となっている。
保険適用だけではクリア出来ない問題とは
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かし、これだけ子供の放射線治療には陽子線が望ましいと判っていても、実際には保険適用になっただけでは適切な治療に辿り着けない現実が有る事が見えて来た。前出の医師は「主な理由は3つ有る」と語る。
1つ目は、治療の適応条件だ。大人の治療と同様、小児がんの陽子線治療は、治療中に照射位置がずれない様固定具を作製して治療に臨む事になる。陽子線も放射線の一種なので治療中は小さな子供でも親が治療室に付き添う事は出来ない。その為、腫瘍に対して正確に照射する為に必要な位置合わせの時間を含め、正味15分程度は「治療室に1人でいられる事」が治療の必須条件となる。
更に子供の治療の場合は、安全に治療を行う為に何度か予行練習を行う必要も出て来る。治療当日と同様に治療台に横になり、誰も居ない治療室の中でスタッフからの音声指示だけで15分間1人で動かずにいられるか。これが治療時のハードルとなるのだ。小さな子供が恐怖心を抱かない様、スタッフが密にコミュニケーションを取り、丁寧に指示をしなければならない。また、治療室の壁や治療装置に動物やキャラクター等のペイントを施し、治療中は患者が好きな音楽を流したり、頭頸部がん以外の腫瘍の場合は動画を見られる様にモニターを設置したりと、施設毎に様々な工夫が行われている。それでも「安全性の担保が難しい場合は鎮静剤を使用し、眠らせた状態で治療を行うケースも有る」(前出医師)と言う。
2つ目は、地域による治療の空洞化だ。現在、陽子線治療の専門施設は全国20カ所まで拡大しているが、保険適用になったがんなら何処でも同じ様に受けられるかというと、残念ながら実際はそうではない。特に小児がんは治療時に小児科医の常駐が求められる為、対応可能な施設は未だ数施設に限られるのが現状だ。更に2歳以下の子供は静脈麻酔の鎮静下で治療する必要も有り、患者が幼い子供である程、その受け皿はより絞られる。だが、小児がんは年間総治療者数が約200例という稀少がんで、スタッフの補強を簡単に出来ない難しさが有る。
そして3つ目の問題は、治療を陽子線治療だけでは完結出来ない点に有る。小児がん治療の大半は、手術や薬物療法との併用が不可欠となっている。
遠方の施設迄の通院費や親の就労問題
「患者であるお子さんに余計な精神的ストレスを増やさない為には、全ての治療を1つの医療機関で完結するのが理想的です。けれども、実際は理想通りには行かず、近くに小児がんに対応可能な陽子線治療施設も無い。その為、県を跨いで遠方の別施設まで陽子線治療だけを受けに行かなければならないケースが殆どです。その分、治療費の他に、治療回数に応じた通院費や宿泊費等の別途費用と、通院・治療に必要な時間も捻出する必要が有ります」(前出医師)
加えて、小児がんの子供の親は共働きの若い世代である事が多い。何日も治療に付き添うには親のどちらかが仕事を辞めなければ対応出来ない等、支える家族の負担も大きく、我が子にとって最良の治療と判っていても、仕事への影響や経済的な事情で断念せざるを得ない家庭も有る。陽子線治療が保険適用になっていても、それだけでは治療に辿り着けない患者・家族が未だ未だいるのが現実なのだ。
こうした問題を受け、「GRN小児がん交通費等補助金制度」(病院と自宅が片道100キロメートル以上有る場合の交通費と宿泊費を支援)や、「小児慢性特定疾病医療費助成制度」(18歳未満が対象、一部の医療費を助成)等、小児がんの患者・家族を支援する制度も拡がって来ている。だが、地域毎のセンター集約化等、根本的な治療の仕組みの整備も強く待たれるところだろう。子供は日本の未来を作る。
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