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未来の会

特別寄稿◉Expert’s Opinion
持続可能な未来を目指したグリーンなヘルスシステムへの転換
(特定非営利活動法人日本医療政策機構 副事務局長 菅原 丈二)

特別寄稿◉Expert’s Opinion持続可能な未来を目指したグリーンなヘルスシステムへの転換(特定非営利活動法人日本医療政策機構 副事務局長 菅原 丈二)

私たちの地球は、気候変動、環境汚染、生物多様性の喪失といった前例のない環境危機に直面しています。これらの問題は人間と切り離されて存在するものではなく、人間の健康に直接的、間接的に影響を与えています。さらに、これらの環境問題は、人々の健康を支える保健医療システムによっても深刻化しうるのです。このような状況において、保健医療システムが、単に財政的な持続可能性だけでなく、健全な地球環境(Healthy Planet)との関係の中で、どう環境問題に向き合い、さらに悪化させないようにするかを私たちは考える必要があります。

2023年12月、気候変動に関する国際連合枠組条約(UNFCCC)による第28回締約国会議(COP28)では、歴史上初めて健康の日(Health Day)が開催され、「COP28 UAE 気候・健康宣言(COP28 UAE Declaration on Climate and Health)」が、日本を含む143カ国による署名のもと採択されました。この宣言文は、国際社会において健康と気候変動の相互作用への認識を深め、国際的な協力を促進し、拘束力を伴わず、UNFCCCの正式なプロセスとは異なる形で自発的な行動を呼びかけています。

保健医療分野での環境問題への取り組みがなぜ重要かというと、気候変動は熱波、洪水、干ばつなどの自然災害の頻度と強度を増加させ、これが直接的に公衆衛生上の問題を引き起こすためです。例えば、熱中症患者の増加については日本国内でも大きな課題となっていますが、地域によっては洪水後の水源汚染による感染症の拡大などが報告されています。

また、気候変動による生態系の変化は、マラリアやデング熱などの感染性疾病の地理的分布に変化をもたらし、新たな地域での健康リスクを増加させています。さらに、化石燃料の燃焼による大気汚染は、気候変動の主要な原因の1つであるとともに、人々の健康にも直接悪影響を与えています。化石燃料の燃焼によって放出される二酸化炭素、窒素酸化物、硫黄酸化物などは、心血管疾患、呼吸器疾患、アレルギー疾患などの原因となります。したがって、保健医療分野では、これらのリスクに対応するための準備と、災害発生時の迅速な対応が求められています。

■医療倫理と環境問題

気候変動は、医療従事者の視点からどのように捉えることができるでしょうか。医療倫理の4大原則として知られる自己決定権、無加害原則、与益原則、公平・正義の原則は医療実践の根幹を成し、患者および当事者への治療方針決定の重要な指針です。特に「無加害」の原則は、「まず第一に、害を与えない」という思想に基づき、医療行為が患者に不必要な苦痛や危害を加えることなく行われるべきであると強調します。しかし、この原則は保健医療活動が環境に与える影響を考慮すれば、適用範囲がより広範になります。

保健医療システムは大量の資源を消費し、衛生面など安全性を担保する過程で多量の廃棄物を生み出しています。廃棄物を資源として捉えるサーキュラーエコノミーの考え方も限定的です。この環境負荷は中長期的なものの可能性が高いですが、最終的には患者や地域社会の健康に悪影響を及ぼすことになります。無加害の原則に依れば、間接的な悪影響に対する対応策を模索する必要があり、医療倫理の原則が環境問題に対しても適用されれば、患者だけでなく環境や地球全体の健康が保たれるところまで視点を広げることができます。国際的には、グローバル・グリーン・アンド・ヘルシー・ホスピタルズ(GGHH)などの取り組みも進んでおり、医療の質を後退させることなくシステムの転換させる議論が進んでいます。現在、GGHHには80カ国以上から1900以上の組織・施設が加盟し、医療部門が環境フットプリントの削減に向けた行動を測定するためのデータ管理などを支援する国際的なプラットフォーム「ヒポクラテスデータセンター」や各種医療施設での好事例の共有、そして「持続可能な調達」「廃棄物」「エネルギー」「建築物」などのガイダンス文書も公表しています。このように、日本の保健医療従事者および施設などの運用に関わる方は、その環境負荷も考慮に入れ、「持続可能な開発目標(SDGs)」に沿った取り組みとして、新たな保健医療機関の価値の創出と発信が期待されています。

■ヘルスケアのカーボンフットプリント

全世界的に、保健医療システムのカーボンフットプリントと呼ばれる温室効果ガス(GHG)の割合は約5%程度と知られており、具体的には、医薬品・医療機器などの製品とサプライチェーンが約50%、患者ケアが約45%、研究開発が5%とされています。医療施設からの排出は主にエネルギー使用や医療廃棄物の処理などから生じます。特にエネルギー部分については、22年度の日本における一次エネルギー国内供給のうち化石燃料の割合は83.5%、再生可能エネルギーの割合は10.3%となっており、エネルギー供給の大部分を、石油燃料に依存しているのが現状です。日本政府は30年までにGHGを46%削減(13年度比)、50年までにカーボンニュートラルを目指すことを表明しており、保健医療システムも他の産業同様にさらに踏み込んだ対策が求められることは避けられません。

■持続可能な保健医療の実践

環境に配慮した医療実践は、GHG排出削減に重要なステップです。具体的には、病院やクリニック等の医療機関でエネルギー使用の効率化を図り、再生可能エネルギーの利用を拡大することが挙げられます。巷では太陽光発電パネルの設置や風力エネルギーの導入が進んでいますが、医療施設においても再生可能エネルギーへの転換を図ることが挙げられます。これにより、化石燃料に依存せず必要なエネルギーを確保し、GHG排出の大幅な削減が期待されます。また、再生エネルギーの利用は災害対策としても有効だと考えられています。日本政府から50年カーボンニュートラル社会達成に向けて様々な予算が整備されており、医療施設の建て替えや保守点検時に、助成金を活用することが重要になります。そして、医療廃棄物の管理体制を見直すことも重要です。適切な分類、リサイクル、そして医療廃棄物の量を減らすための方策を実施することで、環境への負荷を軽減できます。

環境に配慮した医療実践は、患者ケアの質向上にも寄与します。意外かもしれませんが、オンライン診療や医療情報プラットフォームの構築などのデジタル技術の活用や医療DX推進は、人の物理的な移動の抑制や施設整備の簡易化などでGHG削減に貢献すると共に、医療のアクセシビリティ向上に寄与します。日本医療政策機構が東京大学と実施した「日本の医師を対象とした気候変動と健康に関する調査(23年12月3日)」においても「約70%の医師は、より環境負荷が低く、持続可能性を考慮した製品、設備等の選択肢がある場合には、選択したい」と考えています。また、24年4月から医学部のコアカリキュラムに「気候変動と健康」の項目が追加されました。他のコメディカルのカリキュラムにおいても同様の議論が進んでおり、医療従事者が就労先を検討する際に、また、かかりつけ医などを考える際に環境配慮を確認することが今後あるかもしれません。

この保健医療システムの環境への影響を減らす取り組みは、「プラネタリーヘルス」という考え方で議論されています。24年6月に閣議決定が予定されている、環境関連政策を取りまとめる際の総合的かつ長期的な施策の大綱とされる第6次環境基本計画において、「カーボンニュートラル」「サーキュラーエコノミー」「ネイチャーポジティブ」の実現に向けた取り組みが大きく発展し「プラネタリーヘルス」が盛り込まれる予定です。また、23年の日本医師会と環境大臣が対談を実施するきっかけとなった「脱炭素につながる新しい豊かな暮らしを創る国民運動(「デコ活」)」などの広がりも相まって、日本に住む人の自発的な行動変容によるウェルビーイングの実現に向けた活動なども一層進むと考えられます。

以上のことにより、健全な地球の健康を守るという取り組みを通じ、医療の質を維持・向上させ、医療費の削減を目指し、「持続可能な未来を目指したグリーンなヘルスシステムへの転換」視点を経営の中で持つことが期待されます。

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