風薫る5月の到来だが、東京・永田町はきな臭い。岸田文雄・首相が6月の国会会期末に衆院解散・総選挙に打って出るのではないかとの疑心暗鬼が広がっている為だ。出所は様々だが、「首相の顔を見れば分かる」(立憲民主党幹部)等、ベテラン議員の経験則や政局観に立脚したものが多い。真偽は相半ばするが、「不支持率8割」迄マークした岸田首相にとって、局面を変える出来事が無い限り、自民党総裁選での再選が難しいのは確かだろう。経済対策も外交による政権浮揚策も既に尽きている。残るは「伝家の宝刀」のみというベテラン議員らの読み筋には一理ある。
勿論、反対論も有る。連立与党を組む公明党がその代表だ。理由はシンプルだ。自民党の派閥裏金事件が冷めやらない時点で総選挙に臨めば、同じ与党勢力として国民の批判を食らい兼ねないと危惧しているのだ。
ストレートな物言いをしたのは次期公明党代表候補の1人と目される石井啓一・幹事長だ。先ず、衆院解散・総選挙の時期について、9月の自民党総裁選後の今年秋が「1番可能性が高い」との見通しを示した。
次の発言が波紋を呼ぶ。「総裁選の期間中は、自民党が非常に注目を浴びる。そこで選ばれた総裁は非常に支持率が高くなる」。はっきりは言っていないが、岸田首相に代わる次の首相の下での衆院解散を匂わせているからだ。
岸田首相に近い自民党若手が口を尖らせた。
「〝自民党が非常に注目される〟は岸田さんが注目されていないという意味だろう。〝そこで選ばれた首相は支持率が高くなる〟は首相交代を示唆している。言葉の裏を見れば、岸田さんに退陣を求めている様な失礼千万な事を言っている。貴方達こそ、さっさと与党を去れと言いたいね」
大義は政治資金の有り様
与党内の隙間風の吹きっぷりがよく分かる。
公明党は金権腐敗を極度に嫌う。支持母体・創価学会の影響なのだが、その割に、親しい自民党議員の多くが金銭スキャンダルに見舞われる大物なのは皮肉なのだろうか。次期衆院選の立候補見送りで、裏金問題の責任を取った二階俊博・元幹事長もその1人だろう。自民党の大物政治家は清濁併せ飲むタイプが多い。機微に触れ、押しては引く巧妙なやり取りに優れ、公明党との関係を保って来たとされる。旧来の派閥で言えば、田中派がその典型で、二階元幹事長もこの系譜に属する。一方で、右派色が強い派閥とは安全保障政策での対立等で、しっくり来ない時期も多かった。
今回の裏金問題の焦点となった安倍派もその1つだ。安倍派では不正還流を止められる立場にあったとして、塩谷立・元文部科学相と世耕弘成・前党参院幹事長が「離党勧告」、下村博文・元文科相と西村康稔・前経済産業相らが「党員資格停止」の処分を受けた。自民党党紀委員会の決定だが、これに先立つ、国会の政治倫理審査会が「ますます不信を強める結果になった」と手厳しく批判し、「厳しい処分」を求めたのは公明党の山口那津男・代表だった。
自民党幹部が語る。
「公明党幹部の発言は火の粉が及ばない様にする為の防衛策なんだろうが、相手が安倍派だと殊更当たりがきついな。安倍派は連立解消を言い出す等、公明党嫌いの議員が多いからね。但し、衆院解散への言及は頂けない。創価学会に言わされているんだろうが、行き過ぎだろ。ただ、中身は面白いよな。色々と解釈出来る」
自民党幹部が続ける。「9月の総裁戦後の解散が1番可能性が高い、の部分。これ、身内への言い訳だよな。可能な限り反対したけど岸田首相が断行したと言えばいい訳だ。という事は、内心、〝6月解散有り〟と覚悟している様にも見える。来年は公明党にとって最も大事な東京都議会選が有るんだから、それと時期が被るのは絶対に避けたい。口で言う程、6月解散が嫌な訳でもない」と述べた。
先述の公明党の石井幹事長はこうも言っている。「6月解散の可能性はゼロではない。しっかりとした再発防止策を講じた上で、内閣支持率が向上して行く流れが出来るかどうかだ」。
衆院解散は首相の専権事項であり、伝統として「首相は嘘をついても良い」とまで言われる。岸田首相は表向き、「考えていない」とニュートラルな姿勢だが、内心がどう傾いているのかは判然としない。問題は、やはり、どの程度議席が確保出来るかにあるのだろう。6月解散を想定した1つの推計を見てみる。
予想では自民党の獲得議席は単独過半数を超える244議席である。公明党を加えると266議席で、絶対安定多数を上回る。議席数こそ減るものの、世間の自民党批判の厳しさを考えれば大健闘と言えるだろう。
調査は3月初旬で、同時期の内閣支持率は25%(NHK)、自民党の政党支持率は28・6%(同)で、何れも2012年の自民党政権復帰後で最低のレベルだ。野党陣営は立憲民主党が6・8%、日本維新の会が3・8%で、何れも芳しくない。
自民党選対関係者は「自民党支持者が無党派層に流れ、無党派層を4割に押し上げている。救いは野党の支持率が全く上がっていない事。国民の関心の高い政治資金規正法改正案が成立すれば、結構善戦出来る態勢が出来上がる」と見ている。
選挙結果がどう岸田政権に影響するかだが、岸田首相に近い中堅議員は「自民党はいつも単独過半数を目標にしているから、それは変わらない。過半数確保なら岸田さん続投で決まり。夏以降、経済効果が出てくれば、秋の総裁選の再選も確実になるだろう」と強気だ。
現有の259議席からは相当の取りこぼしになるが、旧統一教会や裏金問題というスキャンダルで、落選が確実視される議員もいるので、十数議席減は問題にならないらしい。裏金問題で泥船状態の自民党内では、ポスト岸田候補が綺麗事を並べても国民への説得力は乏しい。派閥という枠組みが崩れた事で、元々、若手議員からの支持が厚い岸田首相には、有利な政局が出来つつあるとの見方も有る。
自民党幹部が付け加える。
「裏金問題で、岸田首相も自民党もダメージを受けた。ダメージを受けながら臨んだ選挙で多少数が減ったからと言って、誰が首相に文句を言えるのか。天に唾する様なもんじゃないか。解散を断行出来るなら、岸田続投はその時点で決まりだ」
大規模内閣改造で出直し演出
岸田首相は過去に2度、解散のチャンスを逸している。支持率に回復の兆しは見えず、このままずるずる行けば、菅義偉・前首相の二の舞も有り得る。「6月解散」は乾坤一擲の機会に見えているだろう。
問題は解散の大義名分だが、その1つは、政治資金規制法の改正だろう。国会審議が鍵を握るが、「連座制」迄は成案の見通しだ。野党が「それでは不十分」と食い下がれば、「国民に信を問う」と打って出られそうだ。もう1つは、最大の使命と位置付けた経済の再生だろう。岸田首相周辺では、デフレ脱却を確実にする為、旧来の派閥推薦とは一線を画した大規模内閣改造でリフレッシュし、その勢いで解散に突っ込むという構想も出始めている。泥船とは言え、党内で一悶着起こりそうだが、派閥の枠組みが機能しない今こそがチャンスと捉えている様だ。民間人や女性の思い切った登用等が囁かれている。
「賃上げや減税の効果はもう直ぐ。長い長いデフレからの脱却という使命を果たさせて欲しい」
経済再生を声高に訴える岸田首相の選挙演説が眼前に浮かんで来そうだが、日銀が金利正常化を宣言したにも拘わらず、円安傾向は一層強まり、高騰した株価も不安定さを抱えている。経済指標も思った程は改善していない。経済も政治と同様、一寸先は闇である。解散のタイミングを見定める風の季節の到来だ。
LEAVE A REPLY