「政治は結果責任よ!」。女性初の衆院議長になった土井たか子・元社会党委員長がボソリと言ったのを思い出す。平和と平等の理想を掲げる初の女性党首の事だから、「政治は哲学」と高邁な台詞を想像していたから意外な感じがした。
支持率の最低記録を更新しながら岸田文雄・首相の心が折れないのは、この結果責任を意識しているからだと推察している。「結果責任なら、自民党裏金事件で引責辞任するべきだ」との指摘は当然である。但し、岸田首相が政治生命を賭しているのは日本経済の立て直し、つまり、失われた30年からの脱却である。「国民の信頼無くして政治は成り立たない」との発言に嘘は無いのだろうが、政治倫理は経済の立て直しに比べれば、優先順位は低いのである。経済こそが生命線と思っているから、野党や世論の批判を浴びても、「蛙の面に小便」とばかりに耐え凌げるのである。
自民党幹部が語る。
「岸田さんは就任当初から経済の転換を最大目標にしていた。評判の悪い政策でも経済再生の為なら厭わない。嘗て世界一だった半導体産業の復活を目指し、莫大な補助金を出しているのもその証左じゃないか。掲げた『新しい資本主義』に目鼻が付く迄は絶対に倒れん、という気迫を感じる」
日本の半導体は産業界の「コメ」と呼ばれた。幾多の経済危機でその基盤を失い、海外勢の後塵を拝したが、最近、再生が活発化している。
半導体工場に1・2兆円の真意は
台湾の半導体メーカー「TSMC」が熊本県に作る2つの工場に対し、政府は最大1兆2000億円の補助金支出を決めている。日本の有力メーカーが出資し、最先端の半導体生産を目指す「ラピダス」が北海道に作る工場にも総額1兆円規模の国費が投じられる見通しだ。岸田首相はその何れにも熱烈なビデオメッセージを送っている。因みに、目玉政策である少子化対策の1つ、児童手当の高校生迄の拡充に必要な予算は1兆5000億円である。他地域も含めた半導体関連産業への補助金は21〜23年度で総額4兆円以上と見られている。経済重視がよく分かる。
自民党中堅が語る。
「岸田さんが勝負所と見ているのは、所得税減税と賃上げ誘導の効果が見え始める夏頃だろう。それ迄は何が有っても耐え忍ぶ心積もりと見えるね。効果が上がらなければ、退陣が現実味を帯びるけどね。岸田さんは、元銀行マンで、解散した宏池会は経済政策でならした名門派閥でしょ。その辺からも岸田さんの実相が見えて来るよね」
経済が上手く行けば、国民の評価も上がるというのは一面的過ぎるが、カネ回りが良くなって文句を言う人は確かに少ないだろう。
先の衆院予算委員会で、経済再生の肝であるデフレからの脱却を巡り、岸田首相の現状認識が分かるやり取りが有った。
切っ掛けは同委員会で、植田和男・日銀総裁が経済の現状について、今後も物価上昇が続くとの認識を示し、「デフレではなくインフレの状態にある」と答弁した事だった。
これに土曜開催となった3月2日の同委員会で、岸田首相が異なる見解を示した。
「消費者物価はこの所、緩やかに上昇していると認識しているが、日本経済は再びデフレに戻る見込みが無いと言える状況には至っていない。従ってデフレ脱却には至っていない。今こそ、長い間、日本経済に染み付いたデフレから完全脱却し、熱量溢れる新たな成長型経済に移行して行きたい」
政府と中央銀行のスタンスの違いは良く有る事なのだが、金利引き上げの機会を窺う日銀と、それを牽制する岸田首相の立ち位置がこのやり取りから浮かんで来る。折角蒔いたタネを金利上昇で台無しにされたくないのだ。
岸田政権が生命線と位置付ける、その経済の世界では最近、不穏な空気が広がりつつある。米国の半導体関連銘柄の急騰を背景に株価は軽々と史上最高値を更新し、バブル崩壊を危ぶむ声が出始めているのだ。
1月から始まった新NISAで、国民は盛んに株や投資信託を買っている。〝バブル崩壊の再来〟なら、岸田政権などひとたまりも無いだろう。バブルの主要因は半導体関連銘柄の急騰に有る。株価が1株当たり純利益の何倍になっているかを示す指標(PER)で見ると、その急騰が米国の株高を牽引して来た世界最大の半導体会社「エヌビディア」を上回る半導体関連企業がぞろぞろ出ている。割高感が強まっているのだ。
最近は〝行け行けドンドン〟の経済誌もトーンを抑えつつあるが、経済政策に詳しい自民党閣僚経験者は「確かに一部の加熱感は強いが、為替は円安基調のままだし、情報機器の発達で、用意周到というか頃合いを心得ている投資家が増えている。米国発の崩壊なら、対処は難しいが、それは世界の何処でも同じ。多少の浮き沈みは有ろうが、対処不能のレベルには至らないと見ている」と意外に冷静だ。希望的観測半分と思うが、SNSで「暴落警戒」も頻繁に出回っているし、ここは30年の低迷で培った国民の英知を信頼するしかない様だ。気になるのは「米国発」のアレだと、自民党閣僚経験者が続ける。
「俺は株よりもっと気になる事が有る。これも経済界が先に言い出したんだけど、〝もしトラ〟だよ。米国大統領にトランプさんが返り咲いたら、どうしようという事なんだ」
経済界は〝ほぼトラ〟体制に腐心
現地情報では、共和党の大統領候補になるのはほぼ確実と見られ、経済界では〝ほぼトラ〟が流行語になっている。世論調査の支持でもバイデン大統領を上回っており、最近は〝ほぼトラ〟から〝確トラ〟に危機レベルが上がり、トランプ再選まで想定した対処論文まで出回っているという。株価史上最高値の裏で、市場関係者は有事への備えを進めているのである。未だ、〝確トラ〟の状況ではないと思うが、米大統領選が今年最大の政治イベントである事は間違い無い。取り敢えず、トランプ・前米大統領が再選時の行動指針として示した「アジェンダ47」をめくってみた。
外交・安保分野では①ウクライナは、直ちに停戦(アメリカ・ファーストの外交政策の復活)②第3次世界大戦の防止の為に、圧倒的な戦力を整備する(防衛費の大幅増強)③NATO等の同盟国に対しても同等の負担を要求する——等が目に付いた。
①は停戦時点で、ロシアが支配しているウクライナの領土はロシアに帰属させる、と読める。ウクライナ支援を続けて来た日本は立ち位置が難しいし、③の関連で、在日米軍への資金拠出拡大を求められるだろう。イスラエルとイスラム組織「ハマス」の争いでは、当然、イスラエルの肩を持つのだろう。厄介な問題が降り掛かるのは間違いない。
経済分野も「米国第一主義」で貫かれている。「中国からの輸入品に対して60%の関税を掛ける」という発言が注目されたが、日本とて例外ではない。日本製鉄が米鉄鋼大手「USスチール」を買収する構想について「絶対に阻止する」と言っている。様々な保護主義政策が打ち出されそうだ。
リスキーな話ばかりだが、ロシアのプーチン大統領は米大統領選について面白い事を言っている。
「バイデンの方が予測可能で、再選が望ましい」
「コントロール出来るトランプより、出来ないバイデンの方が嫌だ」の裏返しとの見方も多いが、自民党幹部は「トランプさんの言葉は取り引きの材料として並べられた記号の様なもの。取り引きの能力が無ければ痛手になるが、上手く取り引き出来れば切り抜けられる」と語る。現首相も次期首相も万が一に備えて、取り引きの妙も学んでおいた方が良さそうだ。
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