訪問サービスは破綻の可能性も
診療報酬と介護報酬の答申がまとまった。今年は6年に1度の同時改定の年だ。「団塊の世代」(1947〜49年生まれ)が全員75歳以上になる「2025年問題」を前にした最後の改定となった。しかし、世の中の物価高騰に合わせ医療や介護従事者の賃上げばかりが争点となり、政策的な課題が焦点になり難い改定となった。担い手不足が深刻になる中、医療や介護の連携は図られるのか。
高齢化の進展に伴い、全体の医療費は増え続けている。23年度は予算ベースで48兆円に上り、10年前の1・2倍だ。2月15日付の朝日新聞では印南一路・慶應大教授(医療福祉政策)は「今回も報酬改定の基本的な構造は変わっておらず、医療費の増加に歯止めはかからないだろう」とのコメントを寄せている。
40年度には70兆円程度に膨らむとされる。財源の5割は保険料で賄い、残りの4割は税金、1割が窓口負担の為、現役世代の負担は重い。一方で、診療所の経営は良好とされた。22年度のクリニック院長の平均年収は2652万円で、損益率は8・8%の黒字に達した。病院の勤務医の平均年収は1461万円で、6・7%の赤字だった病院経営とは対照的だ。
医療は診療所が槍玉に
今回の診療報酬改定では財政健全化の観点から、「儲け過ぎ」との批判も有る診療所が狙い撃ちにされた。見直しの対象となったのが診療所の主な収益源とされる「特定疾患療養管理料」で、「外来管理加算」や「特定疾患処方管理加算」も合わせて算定出来る「打ち出の小槌」。この管理料から算定の多い「糖尿病」「高血圧」「脂質異常症」が除外される事になったのだ。
この見直しに開業医は悲鳴を上げる。「診療する患者の多くが、糖尿病や高血圧の患者の為、経営的にはかなりの大打撃だ」と漏らすのは東京都内の開業医だ。月100万円単位での減収になるとの見立ても有る。賃上げの原資を確保する為、初診料を30円、再診料20円をそれぞれ引き上げ、入院基本料等も上げるが、政府が目指す医療従事者の賃上げに繋がるかは不透明だ。
武見敬三・厚生労働大臣は2月16日の閣議後会見で、「賃上げの実績報告を求める等、フォローアップの対応を行い、着実な賃上げを図って行きたい」と言及し、賃上げに向けて決意を示した。
一方で、2月19日付のメディファクスは各地の受け止めを報じた。それによると、「西日本の1100床程度の大学病院は『おおよそ4億円の増収が見込まれるが、賃金アップでプラスマイナスゼロ程度』とみている。東日本の850床の大学病院は2・1億円の増収を見込む一方で、賃金関係で2・3億円の負担を見込む。差し引きの赤字幅に、どう対応するかが焦点だとしている」と病院経営は厳しいままとの見通しを示した。
政策的な課題への対応はどうか。今回の診療報酬改定で目玉となるのが、高齢者救急の受け皿となる「地域包括医療病棟」を創設する事だ。高齢者の救急患者は高齢化に伴って増加の一途が見込まれる。手術など高度な医療を提供する大病院と、それ以外の中小病院で役割分担を進める必要が有る。
新病棟は地域の中小病院に設置される事を想定し、治療からリハビリ、退院支援迄を提供し、早期に自宅に戻れる様にする為、理学療法士や作業療法士、言語聴覚士のリハビリ専門職を2人以上、管理栄養士を1人以上、常勤で置く事を求める。入院料は1日当たり3万500円。一般病棟よりも高くする事で、移行を促したい考えだ。
医療・介護分野の連携を強化する為、医師が入所者の急変時に往診した場合の加算等を新設する。普段から高齢者施設と連携する医療機関の医師が診察して入院させたら加算を付ける。介護報酬でも、協力医療機関を予め指定する事が高齢者施設では義務付けられた。
こうした医療・介護の連携が絵に描いた餅になり兼ねないのが、現場に重くのし掛かる深刻な担い手不足だ。国の将来推計によると、40年に65歳以上の高齢者人口がほぼピークに達し、約3900万人に上る見込みだ。その一方で、現役世代は約5500万人。20年に比べて約1300万人も減ってしまう。医療・福祉分野の就業者は1070万人必要だが、こうした人口構造の変化による影響で、確保出来るのは974万人に過ぎず、約100万人不足すると試算されている。
経営基盤弱い事業者は悲鳴
介護報酬では、特別養護老人ホームやグループホーム等の高齢者施設でICT機器を導入し、職員の負担を軽減出来れば報酬を上乗せする様にする。例えば、入居者の就寝状況を見守るセンサーや介護記録の自動作成機器、イヤホンとマイクで職員間で無線連絡出来る「インカム」の導入が対象となる。業務を効率化し、働き易い環境作りをする事で、人材確保に繋げたい考えだ。
こうした中、ちぐはぐだったのが、在宅介護を支える訪問介護サービスの基本報酬が引き下げられた事だ。在宅での入浴、排せつの介助等を提供する20分未満の身体介護サービスの報酬は40円下がる。掃除や洗濯等20分以上45分未満の生活援助サービスの報酬も40円引き下げられるというのだ。
介護業界の関係者は「小規模事業所が多い郡部では既にヘルパーのなり手がいない。最早、訪問介護は崩壊寸前だ。この報酬改定で状況が更に悪化するのではないか。郡部で在宅の高齢者は家族介護しか道が無くなってしまう」と危惧する。
人手不足への対応をする為の同時改定だったのにも拘わらず、一部の報酬を引き下げる事で人手不足を加速し兼ねない状況を作り、政策の整合が取れていない。
何故この様な対応になってしまうのか。診療報酬と介護報酬は公定価格の為、医療機関や高齢者施設の経営実態を調査し、黒字なら報酬を引き下げ、赤字なら引き上げるというのが改定に向けた基本的な考え方となっている。
今回の実態調査では診療報酬は診療所、介護報酬だと訪問介護事業者の経営状況が他と比べて大きな黒字になっていた。この為、先述の様な対応になったのだが、診療所はともかく、訪問介護事業者は中小零細が多く、経営基盤も弱い。
担い手は高齢者が多く、年老いたヘルパーが高齢者の介助をする「老老介護」は珍しくない。介護事業者の基本報酬を下げれば、サービスが先細るのは火を見るより明らかだろう。厚労省が掲げる、高齢者が住み慣れた地域で必要なケアを受けられる「地域包括ケアシステム」が看板倒れになり兼ねない。
大手紙記者は「今回の同時改定で、介護報酬は1・59%の大幅なプラス。診療報酬のプラス0・88%を大きく上回った。財務省を納得させる為に、訪問介護の引き下げを人質の様に差し出したのではないか」と推測する。
今回の改定は「2025年問題」のより先に有る、高齢者数がピークを迎える「2040年問題」を見据えた対応が中心となった。短期的には目の前に迫って来た2025年を乗り越えないといけない中、訪問介護の基本報酬が切り下げられる等、一部で不安を残す同時改定となった。人材確保に繋げる為の賃上げへの対応も、物価高騰に追い付くかも予断を許さない。
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