国民に「実質負担生じない」は詐欺同然
政府は2月、「異次元の少子化対策」の裏付けとなる子ども・子育て支援法等改正案を国会に提出した。児童手当の拡充等に充てる財源として、「子ども・子育て支援金制度(支援金制度)」を新設する事が法案の柱だ。しかし、「実質的な負担増は生じない」との岸田文雄・首相の強弁には、与党内からも「詐欺的な言い振り」(自民党厚生労働族)との批判が漏れる。
「1000円以上の負担が有り得るかに関しましては、その被用者の方ですとか、加入者の方々の支払い能力ですとか、所得に応じて変わって来ますので可能性としては有り得ると思います」
2月22日の衆院予算委員会。加藤鮎子・こども政策担当相は、立憲民主党の石川香織氏から支援金制度の創設により国民1人当たりの月額負担が1000円を超す可能性が無いのかと問われ、こう答えた。首相はこれ迄、1人当たり「500円弱」になると説明しており、野党からは「みるみる倍増」との批判が飛び出した。
中学生迄だった児童手当の対象を18歳の高校生まで広げて所得制限も撤廃、両親共に14日以上の育児休業を取った場合、育休給付を実質10割受給可(最大28日間)に、親の就労の有無を問わず保育園を利用出来る「こども誰でも通園制度」の創設……。
異次元の少子化対策の具体策として昨年末に閣議決定された「こども未来戦略」には、こうした施策が並ぶ。必要な財源は段階的に確保し、2028年度には国と地方合わせて年3・6兆円の予算を充てる。その内訳は▽既定予算の組み替えで約1・5兆円▽社会保障の歳出改革で約1・1兆円▽支援金制度で約1兆円——としている。財源確保策が整う迄に不足する分は「こども特例公債」の発行で賄う。
この内、支援金制度は公的医療保険に上乗せして徴収する。初年度の26年度に6000億円、27年度に8000億円を集め、28年度に1兆円とする。この1兆円に該当するのが先程の「国民1人当たり月500円弱の負担」という政府の説明だ。
一方で首相は再三、「28年度迄の社会保障の歳出改革により実質的な追加負担は生じさせない」と言い張っている。医療や介護にメスを入れて保険料を抑える「社会保障の歳出改革」をする為、負担は「差引ゼロ」になる、という理屈だ。更に、「歳出改革と既定予算の組み替えの結果で支援金の規模が定まる」ともしている。 勿論、「月500円弱」は平均値の為、人によってバラツキは出る。日本総合研究所の西沢和彦・理事の試算によると、医療保険別で見た場合▽自営業者らの国民健康保険746円▽75歳以上の後期高齢者医療制度253円▽大企業中心の健康保険組合851円、中小企業の協会けんぽ638円(いずれも企業負担分含む)——になるという。
政府も500円一律にならない点は説明しており、収入によっては「月1000円」を超す人が出て来る可能性が有る事は想定の範囲内と言える。とは言え、「500円弱」を前面に出して少しでも負担を小さく見せたい、という岸田政権の姿勢が露わなのも又確かだ。
二転三転する岸田首相の説明
それよりも「国民を騙しているに等しい」(厚労省OB)のは、岸田首相が途中から「賃上げと歳出改革により、社会保障に係る国民負担率の軽減効果を生じさせ、その範囲内で支援金制度を構築する」と言う様になった事だ。
当初首相は「実質負担増にはならない」としか言っていなかった。それが突如、国民負担率は増やさない、という趣旨の発言をする様になった。
国民負担率は国民所得に占める税や社会保険料負担の割合を指す。賃上げで分母の国民所得が増えれば、その分保険料を増やしても負担率自体は変わらない。国民負担率の維持を指標とするなら、サラリーマンは賃金が上がっても保険料で帳消しになるし、賃金がアップしない人は文字通り負担増となる。自民党厚労族の1人は「国民は賃上げ効果が相殺される事を理解しているのか」と懸念を示す。
もう1つの財源捻出策である社会保障の歳出改革も怪しい。「負担増」を嫌う岸田政権で、医療や介護に大幅に切り込めるかどうかは流動的だ。仮に実現出来たとしても、税や保険料を抑制する以上、利用者の自己負担は増す事になる。しかし、2月15日の衆院予算委で共産党の宮本徹氏からこの点を突かれた武見敬三・厚労相は「一定の負担が増える世代層が特に高齢者層に出て来る」と認めつつ、「実質的な負担増とはならない」と付け加え、首相と足並みを揃えた。
そもそも、支援金制度は社会保険の原理に反しているのではないか、との指摘も有る。個人のリスクを支え合いでカバーするのが社会保険の基本。果たして子育てがリスクに該当するのか、又、子供がいない人や子育てを終えた人には見返りが無く、負担と給付の結び付きが薄い。十分な説明も無いまま、保険料を子育て支援に「流用」するのは話が違う、という訳だ。
政府は「新しい分かち合い、連帯の仕組み」という言葉を持ち出し、子供のいない人も将来、次世代に支えられる事等を以て、支援金を「保険料」として整理した。だが、社会保険制度としての整合性を保つのに内閣法制局との調整に時間を要し、保険料と表明したのは2月になってからだ。それ迄政府は「税でもない、保険料でもない新たな制度」と曖昧にして来た。
政権幹部は「負担と給付の関係が曖昧なのは確かで、税財源で賄うのが一番スッキリする」と認め、「それでもフィージビリティー(実現可能性)を重視した」と漏らす。意訳すれば、増税に背を向ける岸田政権の下で税財源の確保は絶望的だとして、厳密な社会保険原理には目を瞑り、取り易い所から取る事にした、という事に他ならない。
光が見えない子育て政策
こども未来戦略は子育て世帯に対する経済支援に力点を置く。これに対しては「根本的対策にならない」「ミスマッチ」との見方も根強くある。
東京都内の医療機関で事務職として働く男性(29)は、春闘での大企業の賃上げムードにしらけ顔だ。社会保険料等の天引きが年々増え、月の手取りは20万円台半ばから中々上がらないという。「これでは結婚になんて踏み込めない」と言い、改正案が第3子以降の児童手当の加算拡充等多子世帯への給付を手厚くしている事について、「私の様な者からすれば、先ずは結婚出来、第1子を育てられる様になる支援を望みます」と話す。
今なお根強く残る「男性は仕事、女性は家庭」という社会通念が、結婚や出産を阻んで来たと指摘されて久しい。今回は男性の育休取得を促し女性に偏る育児負担を軽減する策も盛り込まれたものの、男性の育休が進まない背景には長時間労働等、特異な日本の雇用慣行が有る。にも拘わらず、働き方改革の具体策は乏しい。
少子化に直結する婚姻数の減少は、雇用や所得への将来不安が影響している。政府はこども未来戦略で「若い世代の所得を増やす」とした。只、岸田政権は「賃上げ」の旗は振っていても、非正規雇用者への対策等、抜本的な雇用改革の姿は見えない。
2月末に厚労省が発表した23年の出生数(速報値)は75万8631人。前年比マイナス5・1%と大幅に減り、8年連続で過去最少を更新した。林芳正・官房長官は27日の記者会見で「少子化の進行は危機的状況」との認識を示し、「前例の無い規模で少子化対策の強化に取り組んで行く」と語った。
国による初めての少子化対策「エンゼルプラン」の策定から30年。政府はその後も様々な対策を繰り出して来たが、明確な効果は出ていない。
岸田首相は、若い世代の人口の急激な減少が始まるとされる30年迄が少子化を反転させるラストチャンスだと訴えている。残された時間は短い。注目度は高い。
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