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迷走する岸田政権の「聞く力」とは何だったのか

迷走する岸田政権の「聞く力」とは何だったのか
発足3年目の春、低迷する内閣支持率

「聞く力」。岸田文雄・首相が就任当初に繰り返した言葉だ。国民の暮らしを見詰め、その要望に耳を傾けて政策を立案する。首相が理想としたその姿はボトムアップ型とも評されたが、今や政策立案は首相官邸が主導してトップダウン型へと変容した。当初の志は偽りだったのか否か。霞が関や永田町を歩いていると、朧げながらその答えが見えて来た。

 「自民党に声が届いていないと国民が感じ、政治の根幹である信頼が崩れている」

 この言葉は2021年8月26日、首相が総裁選に立候補する際に発した言葉だ。野党に転落してから10年以上に亘って全国各地を歩き、国民の声を記したノートを示しながら、「国民の声に耳を澄ます」と「聞く力」をアピールしたのが始まりだ。

 総裁選では「国民との3つの約束」を掲げたが、先ず最初に挙げたのは「国民の声を聞く事」だ。首相が総裁選に際して立ち上げたホームページには、「第1に、民主主義で最も大切な『国民の声』を丁寧に聞いていきます。これを全ての出発点にします。私自身が、現場に足を運び、国民の皆さまの声を聞き、政策に反映していきます」と謳っている。

 特に、前任の菅義偉・前首相はコロナ禍でのワクチン接種加速化等、首相官邸から上意下達のトップダウン的な手法が目立った。これが官僚を萎縮させ、ひいては国民への説明責任の意識を薄れさせたと指摘された。

 首相はこれらの批判を意識し、「聞く力」を強調した。政策課題毎に現場の当事者に会って意見を聞く「車座集会」を開催。首相を支える「チーム岸田」では、経済産業省事務次官を務めた嶋田隆氏が首席秘書官を務める等、霞が関官僚の中でも重鎮が目立つ。首相秘書官に課長級の中堅を抜擢した安倍、菅両政権とは対照的だ。各省庁の意見を吸い上げ、政策を練り上げる体制作りを目指していたかの様に見えた。

 首相の就任当初、或る中央省庁の官房長(当時)は「役所がどういう状況になっているのか非常によく聞いてくれている。首相官邸の意思決定はボトムアップ型に変わったという印象だ。うちの担当の首相秘書官が、嶋田秘書官らに相談しながら立案している」と明かした。

 こうした姿勢が好感され、菅前政権の末期に落ち込んでいた内閣支持率は反転した。現政権が発足した直後の2021年10月17日にテレビ朝日が調査した内閣支持率は43・4%。1カ月前の前政権時に記録した29・4%を大きく上回った。不支持率も49・6%から28・3%に急落した。同年12月19日の調査で支持率は51・3%、翌年1月23日時では51・5%に続伸した。

徐々にちぐはぐな政策が目立つ様に

 ところが、である。政権発足当初は安全運転を決め込んでいた首相だったが、徐々に歯車が狂い始める。

  迷走を重ねた政策として先ず挙げられるのが、防衛増税だろう。法人、所得、煙草の3税で27年度迄に1兆円強を賄うという防衛増税だが、当初から与党内では反発が根強かった。23年度の与党税制大綱に実施時期を盛り込む事は出来ず、24年度でも再び先送りになった。

 厚労省幹部は「最初は霞が関への聞く力を発揮して、合理的な政策を進めている事が多かったが、政権が1年を過ぎた辺りからか、首を傾げる様な指令が首相官邸から飛んで来る様になった」と明かす。

 唐突な指令で厚労省内が慌てふためいたのが、年収の壁対策だ。23年1月の施政方針演説で、首相は人手不足の解消やパート職員らの所得向上に繋げるとして、年収の壁対策に取り組むと打ち上げたのだ。別の厚労省職員は「寝耳に水。官邸主導で盛り込まれたものだ」と声を潜める。

 最終的には賃上げを実施した企業に対し、追加的に発生する社会保険料を補塡する助成金を出す等、政策パッケージ策をまとめた。パッケージは時限的な措置だが、社会保険料を実質的に補塡する助成金について厚労省が後ろ向きだった事は否めない。対象とならない人に対して不公平になるからだ。厚労省内からは「そもそも年収の壁対策としては適用拡大で十分だ」という声も漏れていた。

 テレビ朝日の調査によれば、順調に推移していた内閣支持率が不支持を下回ったのは、22年9月18日の調査。内閣支持率が36・2%だったのに対し、不支持が41%に上った。世界平和統一家庭連合(旧統一教会)を巡る問題や安倍晋三・元首相の国葬への反対論、物価高騰への懸念も重なった。大手紙の記者は「内閣支持率の低迷が、聞く力を後退させ、攻めの姿勢を強化させたのではないか。支持率低下は政策のちぐはぐさも影響していたかも知れない」と見る。

党内部からも姿勢に疑問の声が

に、「チーム岸田」内の力関係の変化も見られる。当初は、中央官庁幹部から嶋田首相秘書官らへ情報が吸い上げられ、首相官邸で共有される流れだったが、木原誠二・前官房副長官(現在は幹事長代理)の進言が一方的に聞き入れられる様な状況に変化した様だ。或る省庁の幹部は「嶋田さんよりも木原さんら政治家の方の発言権が強くなって行った様に思える」と明かす。

  世間的に木原氏は元財務官僚として知られているが、1993年に入省し、2005年に退職。財務省にはわずか10年余りしか在籍していない。しかもその間、ロンドンスクールオブエコノミクスへの留学や英国大蔵省への出向、岩見沢税務署への転勤等、本省での勤務年数は多くない。秘書課や文書課で課長補佐を務めたが、予算や税全体を見渡せる主計局や主税局ではない。

 内閣官房の或る幹部は「木原氏は財務省出身の割りに財務省っぽい政策を打ち出す訳でもなく、政策の勘所を押さえている訳でもない。思い付きの様な政策が多い」と首をかしげる。大手紙の政治部デスクも「木原氏は安倍元首相の懐刀として知られた今井尚哉・首相秘書官(当時)を手本にしている様だが、スケールダウンした存在だ」と指摘する。

 木原氏の暴走とも言える状況に拍車を掛けるのが、首相の拘りの無さだ。首相は就任以前に、首相になったらやりたい事を問われ、「人事」と口を滑らせた事が有る。逆に言えば、政策的に取り組みたいテーマが無い事の証左でもある。

 大手マスコミの政治部キャップは「岸田首相を論評するのに最適なのは『首相には奥座敷が無い』という表現だ。やりたい事も無く、深みも無い。只、首相という権力の座にしがみ付いているだけだ」と手厳しい。或る官庁の幹部も「政策的に何がやりたいのか分からない。首相官邸から来る指示にも一貫性が無いのもしばしばだ。安倍元首相は曲がりなりにもやりたい事が有ったが、今の首相からはそれを感じた事が無い」と明かす。

 自民党の裏金問題から急に飛び出た首相の派閥解消発言もそうした脈絡で捉えると分かり易い。複数の報道によれば、この発言は誰かに相談したものではないとの事。「聞く力」等というのは、総裁選への足掛かりに過ぎず、元々持ち得ていない能力の様に思えてならない。

 自民党のベテラン秘書は首相をこの様に酷評した。

 「首相は一見、誠実そうな対応をしているが、国会答弁等を聞いても誠実さのかけらも無く、不誠実さが際立つ。国民から人気が無いのも納得。身内ですらそう思ってしまう」

 秋の総裁選に向けて、首相は「聞く力」を発揮するのだろうか。

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