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「ダイアベティス」は根付くか?

「ダイアベティス」は根付くか?
疾患名に差別避ける動き

「ダイアベティス」。日頃から英語論文に触れていれば分かるかも知れないが、一般の人にはあまり馴染みの無いこの単語に今、注目が集まっている。

 「ダイアベティスは糖尿病の英語名です。医師の団体である日本糖尿病学会と患者の団体である日本糖尿病協会は昨年9月、糖尿病という名称が疾患や患者への誤解や偏見を生んでいるとして、新たな名称の候補にダイアベティスを挙げた。11月14日の世界糖尿病デーには、糖尿病の啓発を掲げて設立された世界糖尿病デー実行委員会が、『〈糖尿病〉から、世界共通語の“Diabetes„(〈ダイアベティス〉)へ』というメッセージを掲げ、普及を図りました」(医療担当記者)。

 実行委が作成した啓発チラシには、「偏見にNo!」「糖尿病への誤解や偏見のために、就学や就職、結婚、マイホームの夢を絶たれる人がいます」等と同疾患への偏見を無くすよう呼び掛ける強いメッセージが書かれている。周囲の無理解から糖尿病である事を隠したり、治療を途中でやめてしまったりする患者が居るのだという。又、糖尿病を理由に就職が出来なかったり、生命保険の加入を断られたりする等の不利益を受ける事も有るそうだ。

 都内の内科医は「糖尿病の治療は進んでおり、血糖コントロールが上手く出来ていれば、普通に社会で活躍出来る」と話す。実行委はこうした現実を知って貰うと同時に、偏見を生む要因となっている1つが糖尿病という名称に在るとして、「ダイアベティス」への変更を提案したのだ。

 そもそも糖尿病とはどういう疾患なのか。「私達が活動する為に必要となるエネルギーは、血液中を流れるブドウ糖(血糖)が細胞に取り込まれる事で生まれる。血糖を細胞に取り込む時に必要となるのが、膵臓から出るインスリンというホルモンだ。糖尿病は、このインスリンが十分に働かず、血液中の血糖の濃度(血糖値)が高いままになってしまう病気。昏睡状態になる等、長年、高血糖が続く事で、失明や腎不全、神経の障害等の合併症が起きる恐れも有る」(内科医)。

 糖尿病には、ウイルス感染等の要因で若いうちから発症する事も多い「1型」と、食べ過ぎや運動不足、肥満等の影響により中高年で発症する事が多い「2型」が有る。治療には、インスリンの注射が有効だ。

 厚生労働省の「国民健康・栄養調査」(2019年)によると、糖尿病が強く疑われる人の割合は、男性で19・7%、女性で10・8%。年齢別で見ると、70歳以上の男性で26・4%、70歳以上の女性で19・6%と、高齢になる程割合が高くなっている。前出の医療担当記者は「世界的に見ても、世界の糖尿病人口は5億3700万人と、10人に1人の割合だ。アジア地域の患者が多く、日本には約1000万人以上いるとされ、今後も増加すると予測されている」と話す。

 患者が比較的多い疾患でありながら何故無理解や偏見が広がるのか。その理由の1つとして考えられているのが、「糖尿病」という名称だ。

病名がもたらす「負のイメージ」

 「学会と協会が患者にアンケートを行ったところ、9割の人が病名に抵抗感を抱いている事が分かった。尿という漢字が入っている事で不潔に思われたり、生活習慣病というイメージで広がってしまった為、怠惰な生活をした結果と誤解されたりするという声が出た」(同記者)のだという。

 こうした声に応えようと、学会と協会が新しい名称の候補にしたのが、「ダイアベティス」という訳だ。と言っても、直ぐに名称を変える訳ではなく、今後1年程掛けて意見を募ったり一般への啓発活動を行ったりしながら、変更するかを決める方針だ。

 数年後、糖尿病がダイアベティスになっているかは未知数だが、都内の看護師は「慣れればそんな事は無いかも知れないが、馴染みの無い単語と発音し難い音なので、覚え難い気がする」と率直に語る。前出の記者も「カタカナ語は間違い易く、読者の目も滑りがち。字数が増えるのも困る」と苦笑する。

 もっとも、疾患の名前が変わった事は過去にも在った。同記者は「有名な例としては、昔は『痴呆』と呼ばれていた認知症、『精神分裂症』と呼ばれていた統合失調症等が挙げられる。元の名称は、差別や偏見に繋がるという理由で変更された」と語る。

 一方で、変更した名称が、逆に差別に繋がるとして患者から見直しが求められている例も有る。リンパ管が袋状に膨らみ、痛みや発熱等を引き起こす事も有る「リンパ管奇形」だ。

 「以前はリンパ管腫と呼ばれていたが、10年ほど前に名称が改められた。研究が進む事で病気のメカニズムが解明され、リンパ管が膨らむ原因が異常な細胞が増える腫瘍によるものではなく、胎生期のリンパ管の形成異常によるものと分かった為だ」(都内の形成外科医)

 病気を正しく表現しようとしたが故の名称変更だったが、「奇形」の2文字が患者にとっては衝撃だった様だ。患者と家族を支援するNPO法人「リンパ管腫と共に歩む会」は昨年2〜3月、医療従事者や患者らを対象にアンケートを実施。その結果、「奇形」という言葉が差別や侮蔑の意味を含むと思うかという問いに、「どちらかというと含むと思う」「含むと思う」と答えたのは、67・9%に上った。医師や医学研究者に限ると57・1%に減るが、それでも過半数が「差別や侮蔑の意味を含む」様に感じていた。

 アンケートでは更に、医師や医学研究者に限った質問として、そもそも「『奇形』という用語は、医学用語として適切だと思うか」を尋ねた。すると今度は、「適切だと思う」「どちらかというと適切だと思う」との回答が49・3%に上った。

 同会はアンケート結果を基に、リンパ管奇形という名称を、患者や家族の心情に寄り添った新しい名称に変えるよう求める要望書を昨年6月、厚生労働省や日本医学会等に提出。更に、リンパ管奇形に変わる新たな名称として、「リンパ管形成不全」が適切であるという意見書をまとめた。

病名変更の動きは世界中で広がる

日本医学会の関係者は「名称を変更したところで、偏見や差別が無くなる訳ではない。認知症や統合失調症は、以前の名称より侮蔑的な響きは減ったが、患者への差別や偏見は未だ有る。又、『奇形』という言葉が付いている疾患は血管奇形など他にも有り、リンパ管奇形だけを見直すのかといった課題も有る」と指摘する。

 ただ、差別や偏見を生む様な病名を避ける動きが、世界で広がって来ているのも事実だ。一昨年から世界的に流行し、日本でも嘗て無い数の患者が報告されている感染症「サル痘(英語名=モンキーポックス)」は、サルという名称が差別や偏見を助長しているとして、世界保健機関(WHO)によって「エムポックス」の名称が推奨された。これを受け厚労省も昨年5月、サル痘からエムポックスに名称を変更している。前出の医療担当記者は「差別への意識が上がった昨今、差別や偏見に繋がる病名を見直す機運は今後も続くだろう」と話す。

 例えば、新型コロナウイルスも当初は、発生した地域の名前を取って『武漢肺炎』と呼ばれた。しかし、WHOは新しい疾患等の名前に地域や人名、動物等を入れないようにする指針を2015年に定めており、武漢肺炎と呼ばないように求めた。

 「漢字を使う事で意味が伝わり易くなるのが日本語の特長。ただ、奇形の様に差別的な意味を感じ易い病名を避ける為、今後は英語名を使った病名が増える可能性は有る。ダイアベティスはその先鞭となるかも知れない」(同記者)。

 差別的な響きが消えても、覚え難い病名ばかりになるのも困りものではある。

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