危ぶまれる事業継続に議論は紛糾
厚生労働省は2024年度に1・59%引き上げる介護報酬について、配分方法を決めた。増収分の6割以上を賃上げに重点配分する等、人手不足が際立つ介護業界の現状を踏まえた人材確保策に力点を置いている。只、全体のパイが小さい中、煽りを食ったのが訪問介護だ。「まさか……」と関係者も絶句するマイナス改定で、住み慣れた地域で最期まで暮らす事を掲げる政府の大方針「地域包括ケアシステム」に逆行する、との批判が噴出している。
1月22日の社会保障審議会介護給付費分科会では、訪問介護の基本報酬をマイナスとした改定内容に委員から異論が相次いだ。
「訪問介護は人材不足が一番顕著で休廃業も多い。ヘルパーがいなくなったら在宅介護は困難になる。暗黒の状況で先が見えない」(鎌田松代・認知症の人と家族の会代表理事)。
「(訪問介護は)多くの事業所が閉鎖や廃止するという現実がずっと続いている」(石田路子・高齢社会をよくする女性の会理事)。 「在宅介護を支える基幹的サービスが訪問介護。特に確保が厳しいのが訪問介護のヘルパーだ」(稲葉雅之・民間介護事業推進委員会代表委員)。
マイナス改定の内容は、例えば排泄等の世話をする身体介護サービスの報酬は1回1670円(20分未満の場合)だったのが1630円(同)と40円引き下げられる。掃除や洗濯等の生活援助サービスも40円下がり、1回1830円から1790円(20分以上45分未満の場合)となる。
東京商工リサーチによると、23年の訪問介護事業者の倒産は過去最多の67件に達した。訪問介護の時間は制度改革を重ねる中で狙い撃ちされ、短縮されて来た。基本報酬の引き下げは短時間の訪問サービスを積み重ね、何とかやり繰りして来た事業所の経営を今まで以上に圧迫する事になる。
引き下げの根拠は、22年度の介護事業経営実態調査で特別養護老人ホームはマイナス1%と赤字だったのに対し、訪問介護は7・8%の黒字だった、というものだ。これを受け厚労省は、特養等施設系サービスは基本報酬をプラスにする一方で訪問介護等在宅系サービスには厳しい裁定を下した。
それでも、訪問介護が黒字となった背景には、撤退した多くの事業所の経営状況が調査に反映されていなかったり、離職者が相次いで登録ヘルパー以外の人材に頼った結果、見掛けの人件費が減ったりした事が有ると指摘されている。22日の分科会でも、基本報酬の引き下げによって訪問介護の事業継続が不可能になる事を懸念する指摘が続いた。
厚労省は賃上げで補填と苦しい説明
これに対し、厚労省の和田幸典・老健局認知症施策・地域介護推進課長らは人材確保を最重視し、職員の賃金に上乗せする処遇改善加算を充実させた、と釈明した。訪問介護事業所は人件費が収支の7割を占めている点を挙げた上で、「処遇改善加算を14・5%から最大24・5%迄取得出来る様にした」と説明。基本報酬の引き下げ分は処遇改善加算でカバー可能、と受け取れる発言に終始した。
しかし、「家族の会」の試算によると、30分以上1時間未満の身体介護をしたヘルパーが処遇改善加算を得た場合で比較すると、現行の収入は4847円(基本報酬3960円、加算887円)なのに対し、改定後は最高の処遇改善加算を得ても4818円(基本報酬3870円、加算948円)となり29円のマイナスになる。更に、改定後の処遇加算をより高い上乗せ率で獲得するには、研修等職場環境の改善をする必要が有る。訪問介護事業所は規模が小さい所が多く、どれ程対応出来るのかは不透明だ。
「これ迄の審議会の議論の流れからしてもマイナス改定は無いだろうと考えていたので、本当にびっくりしました」
神奈川県内の訪問介護事業所を経営する男性は、訪問介護の基本報酬減額に驚きを隠さない。
人手不足が極めて深刻な介護業界。22年の有効求人倍率は3・71倍と全産業平均の約3倍に達する。とりわけ訪問介護は深刻で15倍を超す。つまり求職者1人につき15事業所以上の働き口が有る、引く手数多の状態だ。
この事業所も利用の申し込みはひっきり無しなのに、派遣出来る人がいない。経営者は「幾ら人を集めようとしても空振りばかり。どうにもならない状態なのに更に基本報酬を下げられたらやって行けない」と項垂れる。
この事業所の女性ヘルパーの1人は自身も60代後半。訪問先が同世代の事も多い。身体介護の技術は勿論、認知症の人のケア等の勉強も重ねて専門知識を蓄えて来た。このヘルパーは「国は在宅介護を推進しているんでしょ。訪問介護を軽視するのは違うんじゃないかな。私達ヘルパーがいなくなったら、行き場の無いお年寄りが沢山出ますよ」と訴える。
団塊の世代(1947〜49年生まれ)の全員が75歳以上になって介護需要が高まる「2025年問題」まで後1年。人手不足とは言われていても、これ迄は新たに介護業界に就職する人の数は離職する人の数を上回っていた。それが22年度にとうとう逆転し、6万人以上の離職超過に陥った。厚労省は25年度に必要な介護職員の数を243万人、40年度は280万人と見ている。このままだと40年度には65万人が不足し、「介護難民」で溢れ兼ねる事態も想定される。
離職に歯止めかからぬ介護業界
訪問介護も含め、その危機的状況に対応して人件費を手厚くした、というのが24年度の介護報酬改定だと厚労省は位置付けている。1・59%のプラス改定はほぼ同時に有った診療報酬本体の0・88%のプラス改定を大きく上回っている上、1・59%の内0・98%分を介護職の処遇改善に充てる。処遇改善加算も改め、24年度に2・5%(約7500円)、25年度に2%(約6000円)のベースアップを見込んでいる。
とはいえ、22年の介護職の月額平均給与は約29万円と全産業平均より7万円ほど低い。にも関わらず、23年春闘の介護職の賃上げ率は1・42%に止まった。全産業平均は3・58%で、両者の差は一層開いた。賃上げ基調が高まる中、今春闘の全産業平均は前年を上回る見通しだ。処遇改善加算を駆使して介護職の賃金が2・5%底上げされたとしても、他産業平均の背中は又遠くなる可能性が高い。人手不足を解消する抜本対策にはとてもなりそうにない。
「そもそも配分するカネ自体が足りないんだからな」。厚労省幹部は自嘲気味にそう話す。23年度予算案ベースの介護費用は13・8兆円。高齢化の急速な進展で制度が発足した00年度の4倍に達する。介護費を公定価格で賄う以上、サービスを維持して行くには利用者の負担増が避けられない。
だが24年の介護保険制度改革では、高所得層の保険料を増やしたり、一部老人保健施設等の多床室(大部屋)の料金を有料化したりしたものの、最大の焦点だった介護サービス利用料の自己負担割合を2割とする対象者の拡大については「27年度前迄に結論を得る」として、早々に先送りを決めた。要介護1、2の人を市町村の総合事業へ移行させる案や、ケアプランの作成に自己負担を求める案も導入を見送った。大型選挙への影響を懸念する岸田文雄政権が有権者におもねって、「負担増」の3文字を極端に嫌って避け続けている事が大きい。
自民党の派閥が政治資金パーティー収入を裏金化していた問題でアップアップの岸田首相。この先、国民に負担増を求める底力は残っていない——。残念ながら、政官界ではそう受け止められている。
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