肥満症の新薬「ウゴービ」が公的医療保険の対象となった。厚生労働省や日本肥満学会は健康被害をもたらす可能性が有るとして、「只の肥満の人は使わないで」と訴えるのに躍起となっている。しかし、美容・ダイエット目的で薬を求める人に、そうした声は中々届きそうに無い。需要の激増も予想される中、厚労省は「お手上げ」(幹部)の状態だ。
ウゴービを保険適用対象とする事を決めた11月15日の中央社会保険医療協議会総会。委員からは「(ウゴービと同様の作用の一部糖尿病治療薬では)限定出荷が生じている。美容目的が背景に有る事を踏まえ、厚労省は自由診療含めて実態を注視してもらいたい」(松本真人・健康保険組合連合会理事)「4週毎に量を増やす薬だけに出荷制限が掛かると治療に影響が出る」(森昌平・日本薬剤師会副会長)といった指摘が相次いだ。
ウゴービは2024年2月、デンマークの製薬大手、ノボノルディスクファーマから発売される。糖尿病治療薬に用いられるGLP−1受容体作動薬を肥満症向けに開発し直した。肥満症の新薬は約30年振りで、日本人を含む東アジア人対象の臨床試験では68週後に被験者の体重が平均13・4%減少したという。
投与は週1回、腹等に注射する。薬価は5段階の処方量に応じて1回当たり1876円〜1万740円に設定された。同社はピーク時に10万人に投与されると見て、328億円の売り上げ予測を立てている。
ウゴービの使用に公的保険が利くのは、高血圧、脂質異常症、2型糖尿病の何れかで、「肥満症」と診断された人に限られる。食事・運動療法では効果が無く、BMI35以上、又はBMI27以上で肥満関連の健康障害が2つ以上有る、という条件も加わる。単に太っている、というだけでは使えない。
だが、既に糖尿病治療薬を目的外転用する「GLP−1ダイエット」は、美容に関心が高い人の間で広まっている。自由診療クリニックの医師らがSNS等で盛んに宣伝し、動画を使って薬の打ち方まで指導しているのだ。著名人の成功例も次々アップされ、GLP−1ダイエットは一種のブームの様になっている。
そうした中、「肥満の治療」を正面から謳う新薬の登場によって自由診療での需要が急増し、真に必要とする人の分が不足する事が懸念されている。厚労省は「十分対応出来る供給量を確保している、と企業から報告を受けている」と説明するものの、目的外使用が何処まで広がるかはハッキリせず、正確に需要を把握するのは難しいのが実情だ。
更にウゴービの使用で低血糖の他、急性膵炎、胆のう炎といった重篤な副作用が報告されている。GLP−1ダイエットを巡っては低血糖に伴う意識障害等の事例も出ている。ウゴービを「やせ薬」として使用する事が流行し、不適切な使い方によって健康を損なう人が相次ぐ恐れは否定出来ない。
厚労省は医薬品卸に自由診療クリニックへ納品しない様に要請し、学会も肥満症診療のガイドラインを改定する等歯止めを掛けるのに懸命だ。それでもウゴービが発売されれば、「ダイエットの新薬登場」といった華々しい宣伝にかき消されてしまう恐れが強い。
「GLP−1が正式に肥満に効くと公表する事になる」。ウゴービの発売決定に際し、池端幸彦・日本慢性期医療協会副会長は中医協の場でこう述べ、美容目的の使用急増を招く「やせ薬大流行」の到来を危惧した。厚労省幹部は「現実問題として、自由診療で医師が使うのを規制するのは難しい。GLP−1ダイエットで死者が出る様な事だけは避けねばならないが……」と頭を抱える。
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