医療関係者も〝加勢〟する「事故調」の在るべき姿
新春早々、衝撃的な事故が起きた。1月2日午後6時前、東京都大田区の羽田空港で、北海道の新千歳空港から羽田に到着した日本航空516便が滑走路上で海上保安庁の航空機と衝突。双方の機体は炎上し、海保の航空機の乗組員5人が死亡したのである。海保の航空機は前日に発生した能登半島地震の被災地に物資を運ぶ任務に向かうところだった。空港に設置されたカメラや日航機の乗客らが撮影した動画や写真には、短時間で機体が激しく炎上する様子が映っており、日航機の乗客乗員に死者が出なかったのは奇跡と言える。
事故は何故起きたのか。国の運輸安全委員会は両機のフライトレコーダーを回収して調査を進めているが、原因究明にはかなりの時間が掛かると思われる。着陸した日航機、衝突された海保機、両機を誘導した羽田空港の管制、と事故の「当事者」が多く、複数のヒューマンエラー(人的ミス)が重なって事故が起きた可能性が高いからだ。一方、警視庁は東京空港署に捜査本部を設置して業務上過失致死傷容疑で捜査を開始。刑事責任の有無を判断するには数年単位の捜査が見込まれるが、過去の航空事故では機長や管制官が書類送検された例も有る。今回も何らかの刑事責任が問われる可能性が有り、航空関係者からは早くも反発の声や捜査を危惧する声が上がる。そして何故か、少なくない医療関係者もこうした「声」に同調しているのである。
事故を巡っては、国土交通省が羽田空港の管制官の交信記録を公表している。この記録によると、日本航空516便は2日午後5時43分、羽田空港に4本有る滑走路の1つである「C滑走路」への着陸を巡るやり取りを管制官と始めている。約2分後には、C滑走路への着陸について、516便と管制官の間で「着陸支障無し(実際のやり取りは何れも英語)」との交信が交わされており、着陸が許可されていた事が分かる。
一方、空港管制官がC滑走路に入る「誘導路」にいた海保機と離陸に関する交信を始めたのはその10秒後だ。管制官は海保機に、誘導路から滑走路に入る直前の停止位置「C5」迄向かうよう指示。海保機も「滑走路手前停止位置C5に向かいます」と管制官の指示を復唱していた。しかし何故か海保機はこの後、C滑走路に進入し、カメラの映像によると約40秒間、滑走路上で停止していた。公表されている交信記録からは、滑走路への進入を許可する管制官の指示は無かった。
ただ、海保機の機長は海保の聞き取りに対して「滑走路への進入許可を得たと認識していた」と答えており、許可は出していないとする管制側の認識と食い違っている。事故後、回収された海保機の操縦室内の音声を記録した「ボイスレコーダー」の解析が待たれるところだ。
全国紙の社会部記者は「事故の翌日、国交省が管制のやり取りを公表し、事故当初から海保の機長の認識も報道されていた事で、事故原因が『管制と海保機の認識の食い違い』であるという報道が一気に増えた」と振り返る。だが、こうした報道に対しては、インターネットを中心に、批判する声が大きかった。報道内容に加え、事故直後から警視庁が捜査に入る事が伝えられ、機長から事情聴取した事や滑走路で現場検証した事等が報じられた点も、こうした「批判」が高まる要因となった。
直後の警視庁介入に批判が集まる
前出の記者は「事故が起きたのが東京都内だった事が影響している。全国紙の本社が集まり、記者を多く抱える東京では、同じ事故でも地方より扱いが大きくなりがちだ。地方では警察を担当する記者は2〜3人という報道機関も多いが、警視庁は地方で修業した言わば事件記者のエリートが集まりしのぎを削る場所。自然とスクープを狙って報道合戦が起きる事になる」と解説する。捜査員らをマメに回って捜査状況の細かな点も報道する為、「未だ証拠固めに至っていない捜査の見立てが社会に出てしまう恐れも有る」という。
こうした状況にいち早く反応したのはネットの声ばかりではない。パイロットや管制官、整備士等の航空関係者で構成する民間団体「航空安全推進連絡会議(航空安全会議)」は事故翌日の3日、「2024年1月2日に東京国際空港で発生した航空機事故に関する緊急声明」を発表。報道関係者やSNSで情報を発信する人々に向け、憶測や想像を排除し、正確な情報のみを取り扱うよう求めた。憶測によって事実関係が世間にミスリードして伝わる事や、それによって事故の当事者が責められる事を危惧したと見られる。
航空安全会議が注文を出したのは、報道に対してだけではない。声明文の後段はこうなっている。「日本国内で航空機事故が発生した場合、警察が事故原因を特定することを目的として捜査することが通例になっていますが、これは国際民間航空条約(ICAO)が求める事故調査ではありません。(中略)警察による調査はあくまでも犯罪捜査であり、事故原因を究明するための調査ではないのです」。
事故調査に警察が介入する事は国際条約に違反すると指摘。航空機事故の発生原因には複合的な要因が潜在しており、事故原因の特定は事故の再発防止に繋げる為であると強調したのだ。
「この考え方は、航空機事故に限らず医療事故にも通じる」と語るのは、医療事故調査制度に詳しい都内の医師だ。「医療現場でも一つの事故が顕在化する迄には様々な複合的な要因が潜在しており、事故調査は再発防止の為に行うべきである。航空安全会議の声明は、あらゆる事故の調査はかく在るべしという主張でもある」とこの医師は声明文を評価する。事故翌日にこうした声明が出た事に感服する医療従事者は多い。
更に、声明の最後にも注目すべき点が有る。「日本では、運輸安全委員会の事故調査結果が刑事捜査や裁判証拠に利用されています。これらの行為は、明らかな犯罪の証拠がある場合を除き、調査結果を利用することを禁止するICAOの規定から逸脱した行為であり容認できるものではありません」「今般の航空機事故において(中略)調査結果が、再発防止以外に利用されるべきではないことをここに強く表明する」
医療事故との共通点を指摘する声も
前出の医師は、「医療事故に於いても、15年に始まった医療事故調査制度で同様の事が起きている。医療事故の調査報告を民間の第三者機関が収集・分析する事で再発防止に繋げる仕組みだが、実際には調査報告が裁判で医療者の責任を追及する目的で使われている」と憤る。再発防止の為の調査が責任追及の道具として使われるとなると、当事者達は真実を話すのを躊躇う様になり、逆に「真相解明」から遠ざかってしまう。だが、日本の捜査現場や裁判では、事故調査の報告書が利用されて来た。
今回の航空機事故でも、「捜査に当たるのは警視庁捜査一課を中心とする捜査員だろうが、彼らは航空機事故に関する専門家ではない。勿論機長や管制官ら関係者の聴取は運輸安全委員会とは別に行うが、過去の航空機事故でも、警察の処分が出たのは事故の調査報告書が公表された後だった。報告書が捜査に影響を与えるのは間違いないだろう」(全国紙記者)との見方が根強い。
過去に医療事故調査に関わった関東地方の医師は「今回の航空機事故で、航空安全会議の声明が報道され、事故調査の在るべき姿が社会に少しでも認知されたのは良かった。医療事故でも同じ事をずっと主張して来たが、社会の受け止めは厳しかったから」と渋い顔を見せる。空の世界にはファンやマニアが多いが、医療の現場にはそうした「応援団」が少ないせいも有るのか。いずれにせよ、今回の事故が、医療も含めた事故調査の在り方を変える切っ掛けになる事を願う医療関係者は多い。
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