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行き詰まるデジタル行財政改革

行き詰まるデジタル行財政改革

岸田首相はリーダーシップを発揮出来るか

9月13日に発足した第2次岸田再改造内閣の目玉と言えば「デジタル行財政改革」だが、どれ程の読者がこの言葉を覚えているだろうか。歴代首相は内閣改造する度に新たな施策やテーマを打ち出して来たが、今回の様に早々に「頓挫」したケースは珍しいだろう。緻密な制度設計や政治日程の組み立てを苦手とする岸田政権の姿を改めて映し出す様な事態となっている。

 先ず、一般の人に馴染みの薄いデジタル行財政改革とは何かから説明したい。複数の資料等から「デジタル化による行財政改革で国と地方自治体の事務を効率化する」という概念らしいという事は分かった。具体的にはどうか。6月21日の記者会見で岸田文雄・首相が自ら説明している。その説明によれば、少子高齢化や脱炭素、安全保障情勢の変化等で新たな時代に適応する為には、日本のみならず世界的に見ても政府の予算規模は拡大しているという。政府機能の重要性や必要性を踏まえれば、国民や事業者にとって便利で使い易い効率的な行政に組み直す為の改革に着手しなくてはならないらしい。

 岸田首相の直接の言葉を引用して具体的に説明すれば、「国を頂点とする上意下達の仕組みを国がデジタルによって地方を支える仕組みに転換する。国が共通のデジタル基盤を設計し、その上で住民や事業体と直接の接点を持つ自治体やNPOが1人1人にきめ細かいサービスをスピーディーに行う」という事になる様だ。

 この6月の記者会見前に行われた内閣改造では「令和版デジタル行財政改革」を掲げ、自らがトップを務める会議を立ち上げるとした。内閣改造前の9月6日、政府寄りの姿勢で知られる産経新聞は、<独自>と称してこの会議新設を大きく報じている。記事では「デジタル行財政改革を『次の旗』(首相周辺)に位置付ける考えだ」と持ち上げた。

 背景に在るのは、新型コロナウイルス禍への対応で、保健所業務の逼迫や国民への給付金支給の遅れ等の諸課題が露わになり、首相自ら「デジタル敗戦」と総括している事の様だ。記者会見でも触れていたが、昭和の改革は、中央省庁再編や民営化、地方分権等、国から地方への権限委譲が中心だったが、今回はデジタル技術を駆使する事で国と地方の役割を再定義する事だという。産経新聞では「国に委任できる政策は最大限委任し、自治体は住民サービスを充実させ、効率的な行政運営に取り組む」のが首相の狙いだとしている。

乱立する会議体に振り回される霞ヶ関 

 この首相の唐突なぶち上げに混乱したのが霞が関の官僚達だ。デジタル庁や内閣官房デジタル田園都市国家構想実現会議等、既にデジタルと名の付いた会議体や組織は立ち上がっている。「棲み分けはどうなるのか」と不安がる官僚がいたとしても不思議ではない。或る官僚は「内閣改造の数日前に上司から十分な説明も無く、デジタル行財政改革の準備室に行ってくれと言われた。しっかりと口止めもされて……」と苦笑する。

 内閣官房デジタル行財政改革会議事務局には、財務や経産、総務、国土交通、厚生労働等の各省から約50人が集められた。事務方のトップは阪田渉・室長(事務次官級)で、今夏まで国税庁長官を務めていた。事務局関係者が明かしたところによれば、元々は政府内に立ち上がっているデジタルや行政改革に関する会議、つまり、「デジタル田園都市国家構想実現会議」や「規制改革推進会議」、「行政改革推進会議」を束ねる様にして「デジタル行財政改革会議」を置く構想だったという。デジタル行財政改革会議の委員には改革志向の民間人を任命し、会議での決定事項を各省庁に必ずやり遂げさせる形を目指していた。事実、民間人委員には、AI開発で知られる「PKSHA Technology」の上野山勝也・代表取締役や佐藤孝弘・山形市長、宍戸常寿・東京大学大学院教授、金融系のウェブサービスを展開する「マネーフォワードグループ」の瀧俊雄・執行役員、中室牧子・慶応義塾大学教授、転職サイトを運営する会社を傘下に持つ「ビジョナル」の南壮一郎・代表取締役社長が名を連ねた。新進気鋭の人物らを集めたとも言える。

 10月11日の初会合で首相は次の様に意気込んだ。「デジタル行財政改革の3本柱は、1つ目としてデジタルによる公共サービスの提供。2つ目としてデジタル活用を阻害している規制・制度の徹底した改革。3つ目として、EBPM(証拠に基づく政策立案)を活用した予算の見える化による事業基金の見直し、この3点だ。この方針に沿って、政府を挙げて取り組みを進めて行きたいと考えている」と強調した。

話題のライドシェア、利害調整がカギ

しかし、蓋を開けて見れば、デジタル行財政改革会議が3つの会議を指揮している様な形になっているものの、「実質的には並列した様な存在になっている」(事務局関係者)という。例えば、優先して取り組む項目として、①教育、②交通、③介護、④子育て、⑤児童福祉、⑥防災、⑦観光、⑧スタートアップ等が挙げられており、交通分野では、一般ドライバーが自家用車を使って有償で客を運ぶ「ライドシェア」の導入が念頭に有る。しかし、事務局でライドシェアを担当する参事官(課長級)は国交省からの出向者で、「出身省庁からはどちらを向いて仕事をしているのかと早くも突き上げられている」(前述の事務局関係者)という始末だ。

 大手紙の経済部デスクは「ライドシェアを巡っては、運送業界を所管する国交省が安全面の確保という点から反対の姿勢を示しており、ハードルが高い」と指摘。別の大手紙記者は「デジタル行財政改革会議は何時まで存続するか分からない。岸田政権が終われば、この事務局も縮小する。一方で、出向している官僚として出身省庁に弓を引く事はなかなか出来ない。ライドシェアについても思い切った改革の旗振り役となる事は難しいだろう」と推測する。

 この様に担当の官僚が板挟みになっている様では改革等望むべくもない。事務局内からは「もう既に当初目指した形から跡形も無く骨抜きにされている」という声が漏れ始めている。

 更に、担当の河野太郎・デジタル相は、ライドシェアの実現にご執心で、その他の分野の事は後回しにされているか、担当の官僚任せになっているという。他の分野でもライドシェアの様に出身省庁の担務を担っているケースが有るといい、他の分野でも改革がスムーズに行くかは見通せない状況にある。

 10月11日の初会合で首相が言及しているが、関係する閣僚が複数いる事が今後の懸念材料ともなり兼ねない。ライドシェアであれば、斉藤鉄夫・国交相に加え西村康稔・経産相、プッシュ型の子育て支援等は加藤鮎子・こども政策担当相と自見はなこ・地方創生相、国と地方のデジタル基盤の統一化は鈴木淳司・総務相と河野デジタル相がそれぞれ関係する。省益の衝突や閣僚同士の手柄争いも起き兼ねず、各省同士の利害調整を首相官邸が上手く裁けるか心許無い。

 年末に中間報告を出し、来年夏の骨太の方針に反映させる事を目指している。官僚の間では「来年の骨太の方針に首相が言及している改革方針を反映させれば、もうお役はご免だろう」という声が囁かれている。既に世間から忘れ去られている様な存在の「デジタル行財政改革」だが、再び注目される事があるのだろうか。岸田政権の浮沈と共に在ると言っても過言ではないだろう。

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