安易な診察や有名人を使った宣伝活動に警鐘を
人気ダンス&ボーカルグループ「EXILE(エグザイル)」のボーカル、ATSUSHIさん(43歳)が、マダニが媒介する細菌感染症の1つである「ライム病」に感染した事を明かした。日本ではあまり聞き慣れない病気だが、海外、特に米国では発症例が多い事が知られている。それに伴い長引く後遺症も問題となっているが、病態には不明な点も多い。専門家は「慢性ライム病と診断されて、怪しい治療が行われる例は多い。注意が必要だ」と呼び掛けている。
国立感染症研究所によると、ライム病は、野鼠↘や小鳥等が持つ細菌(スピロヘータ)を野生のマダニが媒介し、人間に感染する。マダニに刺された後の紅斑に加え、筋肉痛、関節痛、頭痛、発熱等の症状が現れる。その後、細菌が全身に広がると、髄膜炎や心筋炎、関節炎等の症状が出る事も有る。更に感染から数カ月〜数年後に、慢性萎縮性肢端皮膚炎、慢性関節炎等の慢性症状を示す事も有るとされている。日本では、ライム病の原因菌を媒介するマダニは、北海道と本州、四国、九州の山間部に生息しており、年間数例の感染例が報告されている。感染場所としては北海道が殆どで、海外でマダニに刺さ↘れた後に国内で発症する例も多い。欧米では年間数万人の患者が出ているのに比べ、日本での感染例は少ないが、マダニの病原体保有率は欧米と変わらないとされ、ライム病と診断されていない潜在的な感染例も多いのではないかと指摘されている。感染症法上は全数報告対象である4類に分類され、診断した医師は最寄りの保健所に届け出る必要が有る。
「慢性ライム病」を巡る怪しげな治療
そんなライム病に感染した事をATSUSHIさんが明かしたのは、今年9月下旬の事だ。ファン↖に向けたインスタグラムの生配信で自身の体調について赤裸々に語ったのである。
スポーツ紙の芸能担当記者によると、ATSUSHIさんは今年3月から目眩や頭痛、吐き気等の症状に悩まされ、換気の悪い飲食店を利用した際の一酸化炭素中毒の疑いから来る体調不良と診断されていた。その後、メニエール病と診断され、更に鬱症状等の精神的な症状も出て、「ピロリ菌を含む3つの菌とライム病が原因になっている可能性が有る」と診断されたという。
「ATSUSHIさんは昨年8月、新型コロナに感染している事が所属事務所から発表され、ライブが中止に。その後復帰しましたが、今年4月以降に予定されていたライブイベントは、一酸化炭素中毒による体調不良により延期・中止しています。インスタグラムでは3月以降、頭痛や吐き気等の症状に長く悩まされていた事や、体調や気力が中々戻らない等の訴えをしており心配です」(芸能担当記者)
日本ではマイナーな病気の為、驚きを持って受け止められたATSUSHIさんのライム病だが、「欧米では比較的よく知られた疾患です」とこの芸能担当記者は話す。
「有名どころでは、歌手のジャスティン・ビーバーさん(29歳)やアヴリル・ラヴィーンさん(39歳)、モデルのベラ・ハディッドさん(27歳)等がライム病を告白しています。無気力や感情の浮き沈みといった精神的な症状を伴い、とても辛い時期だったと振り返る人が多いです」(同)。
感染者数を見ても、欧米、特に北米では年間数万人の感染者がおり、流行が続いている。患者の中に所謂〝セレブ〟がいても何らおかしくはないが……。
「実は、ライム病の中でも感染から時間が経って『慢性ライム病』と診断される事例については、医師の間でも懐疑的な見方をする人が多いんです。診断基準は有るのですが、それを満たさない場合でも安易に慢性のライム病と診断し、怪しげな治療を行う医療者がいる為、注意が必要です」と語るのは、米国に留学経験も有る東京都内の内科医だ。
この医師は「国内のマダニの生息域からすると、本当はライム病なのに正しく診断されていない患者がいる恐れも有るが、一方でライム病とされた患者の中に、別の疾患が混ざっている可能性も否定出来ない」と指摘する。安易に「慢性ライム病」と診断しない様、米国の内科学会等も注意を呼び掛けているという。
関東地方の別の医師は「慢性ライム病はエセ医学の1つだ」と断言。「マダニに刺された後にライム病と診断され、症状が長引く患者はいるが、慢性ライム病と診断された患者には、マダニに刺されてライム病になったという事実関係が確認出来ない人も多い。不調の原因は他に理由が有るかもしれない」と前出の内科医と同様に注意を呼び掛ける。
ATSUSHIさんの場合は、クリニックで複数の検査を行った結果、ピロリ菌を含む3つの菌とライム病が不調の原因と診断されたという。「どの様な検査を行ったのかは分からないが、一般的に感染の有無を調べるには抗体検査を行います。ただ、抗体検査の精度は検査によってバラバラで、疑陽性が多かったり、確定診断に使えない検査だったりする事も有ります」(前出の内科医)。
原因不明の不調に「診断名」が付けば安心する患者は多いが、問題は「慢性ライム病」の治療方法が確立されていない事だ。ライム病の原因は細菌であり、標準的な治療では抗菌薬(抗生物質)を投与する。ただ、感染から時間が経っても症状が続く患者に、長期的に抗菌薬を投与しても効果は見られなかったという。
「何時感染したかが明らかでない慢性ライム病の場合は特に、標準的な治療ではなく、独自の点滴やサプリメント等、根拠の無い治療に誘導される事が多い。日本では当然、自由診療になりますから、高額な治療費が掛かります」(同)。ATSUSHIさんも配信で、ステロイドやサプリメントの処方を受けていると話しており、これを不安視する声は複数の医療関係者から聞こえて来る。
無知に付け込む悪質商法の一面
「海外のセレブの例を見ても、芸能人はそうした独自の医療の餌食になり易い。多くの人が悩まされる不定愁訴の原因がライム病で、サプリによって治った、と芸能人が発信してくれれば、怪しい治療を行う医療機関にとっては何よりの宣伝となり、医療機関もサプリの業者も儲かるからです。一般的な医療機関に通い辛く、また社会常識と切り離されている芸能人にとって、高額であっても特別な治療をしてくれるクリニックに囲い込まれる事はよく有ります。日本でも今後、様々な不調の原因を慢性ライム病と診断し、高額な治療をされる事例が増えないか心配です」と前出の芸能担当記者は警鐘を鳴らす。
ライム病の予防には、重症熱性血小板減少症候群(SFTS)等の他のマダニが媒介する感染症同様、マダニに刺されない様にする事が何より重要である。しかし、関西地方の感染症専門医は「今回のATSUSHIさんの報道を見ていると、長期に亘る心身の不調の原因とライム病を結び付けるショッキングな内容ばかりが頭に残り、日常的に行うべき予防策の伝達が後回しにされている」と不満を口にする。
マスコミだけではない。「今回のニュースを見て、様々な不定愁訴に悩む人達が、自分もライム病ではないかと不安に駆られ医療機関を受診する事が考えられる。中にはいい加減な検査でライム病と診断し、高額な治療を行う医師がいる可能性も否定出来ない。正に、新型コロナワクチン接種後の様々な不調を『ワクチン後遺症』として、怪しい治療を行う医療機関が出て来たのと同様です」(感染症専門医)。
患者に寄り添う姿勢は大事だが、その前提には科学的な姿勢が不可欠だ。患者が正しく診断される事が、「慢性ライム病」の治療法を確立する近道なのだから。
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