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第171回 経営に活かす法律の知恵袋 ◉ 愛西市医療事故調査「標準的な診療とは言えない」

第171回 経営に活かす法律の知恵袋 ◉ 愛西市医療事故調査「標準的な診療とは言えない」
医療事故調査委員会による医学的評価の公表

愛知県愛西市の集団接種会場で、2022年11月5日、新型コロナのワクチン接種後2時間足らずで40代前半の女性が死亡した。これは当時としては、ワクチン接種直後に死亡することが予期できなかったであろうし、直後の死亡であるからワクチン接種に起因したものであるとの疑いも強いところである。

そこで、愛西市が医療事故調査制度に言う「医療事故」と判断し、医療事故調査委員会を組織して、「医療事故調査制度」における医療事故調査を行ったことは妥当な対応と評しえよう。

しかしながら、23年9月26日に、医療事故調査委員会の委員長が記者会見に出てきて、「アドレナリンが迅速に投与されなかったことは標準的な診療とは言えない」とその医学的評価の判断を公表したことは、医療事故に関する法的倫理に違反するものとも考えられないであろうか。つまり、医療事故調査制度の制度趣旨に反するものとして、医療事故に関する法的倫理に沿わないもののようにも思う。

医療事故調査制度の制度趣旨

厚生労働省は、医療事故調査制度に関するQ&Aにおいて、「非懲罰性」や「秘匿性」を特に強調している。その「Q1」「A1」を引用したい。
「Q1.制度の目的は何ですか?
A1.医療事故調査制度の目的は、医療法の「第3章 医療の安全の確保」に位置づけられているとおり、医療の安全を確保するために、医療事故の再発防止を行うことです。

<参考>
 医療に関する有害事象の報告システムについてのWHOのドラフトガイドラインでは、報告システムは、「学習を目的としたシステム」と、「説明責任を目的としたシステム」に大別されるとされており、ほとんどのシステムではどちらか一方に焦点を当てていると述べています。その上で、学習を目的とした報告システムでは、懲罰を伴わないこと(非懲罰性)、患者、報告者、施設が特定されないこと(秘匿性)、報告システムが報告者や医療機関を処罰する権力を有するいずれの官庁からも独立していること(独立性)などが必要とされています。

 今般の我が国の医療事故調査制度は、同ドラフトガイドライン上の「学習を目的としたシステム」にあたります。したがって、責任追及を目的とするものではなく、医療者が特定されないようにする方向であり、第三者機関の調査結果を警察や行政に届けるものではないことから、WHOドラフトガイドラインでいうところの非懲罰性、秘匿性、独立性といった考え方に整合的なものとなっています。」

匿名化以上に厳格な「非識別化」の要求

医療事故調査制度では、単なる「匿名化」以上に厳しい「非識別化」が要求されている。その「Q20」「A20」をそのまま引用したい。

「Q20.医療機関が調査結果を「当該医療従事者等の関係者について匿名化して提出する」際には、どのような点に注意すれば良いですか?

A20.医療機関が調査の結果報告を行うに当たっては、医療法施行規則第1条の10の4第2項において、以下の事項を記載することが求められています。

1.当該医療事故が発生した日時、場所及び診療科名

2.病院等の名称、所在地、管理者の氏名及び連絡先

3.当該医療事故に係る医療を受けた者に関する性別、年齢その他の情報

4.医療事故調査の項目、手法及び結果

 同項において「当該医療事故に係る医療従事者等の識別(他の情報との照合による識別を含む)ができないように加工した報告書」を提出することが求められますので、上記1から3については、規則に定めている事項の報告をお願いします。なお、4については、医療従事者等が識別される情報が含まれる場合には、それを識別できないようにして(匿名化して)提出するようお願いします。

 また、「当該医療事故に係る医療従事者等の識別(他の情報との照合による識別を含む)ができないように加工した報告書」の「他の情報」とは個人情報保護法等既存法令における個人情報の考え方と同様に、公知の情報や図書館等で一般に入手可能など一般人が通常入手しうる情報が含まれるものであって特別な状況で入手し得るかもしれないような情報についてまで含めて考えることを想定していません。」

すでに起きた事案の責任追及ではない

医療事故調査制度は、「説明責任を目的としたシステム」ではなく、「学習を目的としたシステム」である(前掲・Q1及びA1)。つまり、再発防止を行うことがその趣旨であり、責任追及を目的としたものではない。「すでに起きた事案の責任を追及するために行うものでは」ないのである。その「Q24」「A24」を引用したい。

「Q24.医療事故調査を行うことで、現場の医師の責任が追及されることになりませんか?

A24.本制度の目的は医療の安全を確保するために、医療事故の再発防止を行うことであり、責任追及を目的としたものではありません。施行通知においても、その旨を院内調査報告書の冒頭に記載することとしています。

 医療法では、医療機関が自ら調査を行うことと、医療機関や遺族から申請があった場合に、医療事故調査・支援センターが調査することができることと規定されています。これは、今後の医療の安全を確保するため医療事故の再発防止を行うものであり、すでに起きた事案の責任を追及するために行うものではありません。

 報告書を訴訟に使用することについて、刑事訴訟法、民事訴訟法上の規定を制限することはできませんが、各医療機関が行う医療事故調査や、医療事故調査・支援センターが行う調査の実施に当たっては、本制度の目的を踏まえ、医療事故の原因を個人の医療従事者に帰するのではなく、医療事故が発生した構造的な原因に着目した調査を行い、報告書を作成していただきたいと考えています。」

当該医師や看護師を刑事告訴

その後、10月になって、亡くなった女性のご遺族は、「市からの説明がなく誠意が感じられない」ので、「11月にも市を相手取り損害賠償を求めて提訴することを決め」たとの報道があった。さらに、数日すると、「業務上過失致死罪」を理由に、接種に関わった当該医師や看護師を刑事告訴する意思を固めた、との続報も出ている。

結局、医療事故調査制度の制度趣旨に全く相反する結果になってしまった。もちろん、その主たる原因は、愛西市の対応ではあろうが、そのもともとの原因としては、「医療事故調査結果の公表」、「医学的評価(標準的な診療とは言えない)の公表」という取扱いもあると思う。

このような民事訴訟や刑事告訴のマスコミ報道に接すると、医療事故調査結果を公表すれば、また、医学的評価を公表すれば、それがマスコミによって拡大・拡散され、結局は医師や看護師個々人への「責任追及」に行きついてしまうことを再確認せざるをえない。

もともと「医療事故調査制度」はそのような不幸な事態に陥ってしまうことを予想して、そのような不幸な事態を避けるために巧みな仕組みが作られた。その仕組みに反し、制度趣旨に反して、医療事故調査委員会が公表を行ったことは、医療事故に関する法的倫理に反するものと思料せざるをえない。

今後は二度と、医療界自体が自らこのような違反を犯さないようにしたいものである。

(なお、以上は、個々の医療事故調査委員会における「医学的評価の公表」に関する1つの重大な問題事例だが、さらに、医療事故調査・支援センター〈以下「センター」〉の内部においてすらも、センター調査報告書の「医学的評価の公表」を主張する構成員がいるらしい。仮にそのようなことがあるとすれば、「法的倫理違反」にとどまらず、センターの存立に直結する「法令違反」そのものとなることであろう)。

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