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NIPTの牽引者が見据える出生前診断の今 ~遺伝医学の躍進が現場にもたらす恩恵と課題~

NIPTの牽引者が見据える出生前診断の今 ~遺伝医学の躍進が現場にもたらす恩恵と課題~
Dr. Patrick Willems:ベルギーのアントワープ大学で医学博士号を取得。オランダのフローニンゲン大学(ジョン・フェルナンデス教授)で小児科、アメリカのサンディエゴ大学(ジョン・オブライエン教授)で分子遺伝学の研修を受ける。1987年から2000年迄アントワープ大学医学遺伝学教授。10年以上に亘り、診断DNA研究室と研究活動の責任者を務めた。精神遅滞、難聴、がんに関わる幾つかの疾患遺伝子の局在と単離に携わった。『Cell』『Nature Genetics』『Nature Biotechnology』『New England Journal of Medicine』等の一流科学雑誌に掲載された多くの論文を含め、国際誌に掲載された270以上の査読付き科学論文の著者である。遺伝子診断ラボのネットワークであるGENDIAのディレクターであり創設者でもある。

分子遺伝の飛躍的な発展により、広く活用される様になったNIPT(Non-Invasive Prenatal  Testing;非侵襲的出生前遺伝学的検査)。従来の母体血清マーカーやコンバインド検査等と比べ、妊娠11週と早期から実施が出来、精度が高い。採血のみで出来る為、絨毛検査では100分の1の確率とも言われる流産・死産のリスクが無いNIPTは出生前診断に画期的な変革をもたらした。日本では新型出生前診断とも呼ばれているが、異常が見つかった際の対応等に対する倫理的懸念等、議論は停滞しがちで、受検率は7%と世界各国とは大きな隔たりが有る。今回、NIPTの受検率90%と言われるNIPT先進国・ベルギーに本社を置き、突出した技術力で領域を牽引するGENDIA社の創設者でディレクターでもある、医師のPatrick Willems博士にインタビューを実施。同社の提供するサービスや方針と共に、スペシャリストの観点からNIPTと出生前診断の将来を聞いた。


——遺伝医学に於ける博士のこれまでの歩みをお聞かせ下さい。

Dr. Willems 私はベルギーのアントワープ大学を卒業後、フローニンゲン大学(オランダ)で小児科学を、その後サンディエゴ大学(アメリカ)で分子遺伝学を学びました。1987〜2000年迄アントワープ大学で遺伝医学の教授を務め、10年以上に亘りDNA診断ラボの責任者として活動しました。研究では主に知的障害、難聴、がん等の疾患遺伝子の特定と単離に携わり、これ迄『Cell』『Nature Genetics』、『Nature Biotechnology』、『The New England Journal of Medicine』といった一流の学術誌に270本以上の査読論文を発表して来ました。遺伝子診断ラボのネットワーク「GENDIA」を創設し、現在はそのディレクターも務めています。

NIPTの現状とGENDIA社の位置付け

——世界各国に於けるNIPT活用の現状について教えて下さい。

Dr. Willems 11年にアメリカのシーケノム社が開発した検査手法「MaterniT21」により、母体の血液から胎児の染色体異常を検査出来る様になってから10年以上が経ちました。現在、NIPTは世界中で最も広く採用されている遺伝子検査の1つであり、欧米の殆どの国では妊娠の度にNIPTが実施されています。実施状況はガイドラインも対象疾患も国によりますが、ある程度の傾向は有ります。染色体異常の約75%を占める21、18、13のトリソミーについては実施国の全てで対象となっており、性染色体異数性(SCA)を始めとする性染色体異常を対象とする国も多く在るのが現状です。実際に23年のISPD(国際出生前診断学会)の指針・ガイドラインでは前者は全妊婦に強く推奨、後者は社会的・文化的・法的な違いを考慮と注釈の上で強く推奨となっています。

——そうした世界の主流と異なり、日本は受検対象者に年齢等の条件が有り、一貫してNIPTの目的はマススクリーニングではなく「侵襲を伴う出生前検査の負担を軽減」と厚生労働省の検討委員会等では掲げています。因みに、費用については如何でしょうか。

Dr. Willems保険の適用範囲や行政の保証によって、受検率は大きく左右されます。最も先進的な国はオランダとベルギーです。オランダでは全国的な制度として全妊婦一人ひとりの費用は保証されておりおり、ベルギーでは保険によって、検査費用の殆ど全額が支払われます。

——NIPTを巡る状況に於けるGENDIA社の概要と研究組織としての位置付けについて伺います。

Dr. Willems GENDIA社の社名は「for GENetic DIAgnostic network」の略で、米国、ヨーロッパ、アジア、オーストラリアに在る100以上の遺伝子研究所で構成される国際ネットワークと言えます。GENDIA社のミッションは、遺伝学的診断法のアクセシビリティ、費用対効果、品質を、全世界的に向上させる事です。同社はNIPTを含む3000以上の遺伝子検査サービスを擁しており、これは世界最大規模と言えます。NIPTについては、日本も含め多くの国で10年に亘り提供して来ました。世界で最も頻繁に使用されるNIPT検査機器であるIllumina社のVeriSeq™ NIPT Solution v2を導入してからは5年になります。

GENDIA社の技術力とNIPTの実際

——提供しているDNAシーケンシングの技術と開発経緯をお聞かせ下さい。

Dr. Willems 前述した様に、GENDIA社は現在イルミナのVeriSeq™ NIPT Solution v2を提供しています。この技術はIllumina社からの技術移転により、ベルギーの私達の研究所に導入されました。Veri Seq™ NIPT Solution v2は、同社で実績が有るSBS(Sequencing By Synthesis)ケミストリーというシステムを搭載し、遺伝子融合や新規転写産物だけでなく、ゲノム再構成や反復配列要素の検出を容易にする「ペアエンドシーケンス」という技術を用いています。実際のシーケンシングは、FDAの認証を受け、体外診断用医療機器(IVD)を販売する際、その利用規則(IVDR)を遵守している事を表すCEマークを取得したIllumina NextSeq™ 550Dxシステムで行われます。このプラットフォームにより、大量且つ高速での処理が特長の次世代シーケンシング(NGS)が、手頃な価格で実現出来ます。又、このシステムは「ロード&ゴー」の動作が特徴で、タイムロスが無く、作業に必要な時間は約30分です。直感的な操作が可能で、最小限のトレーニングやセットアップでシーケンスを実行する事が出来、結果は26時間後に得られます。

——検査の感度と特異度について、染色体毎に教えて下さい。

Dr. Willems 21、18、13のトリソミー、及び性染色体に於いては、感度(真陽性率)と特異度(真陰性率)は非常に高くなります。3本の常染色体についてのGENDIA社の臨床結果を下記の表に示します。


——このソフトウェアを用いた胎児DNAのデータ処理についてご説明頂けますか?

Dr. Willems 胎児DNAのフラグメントの平均読み取り数は約4億個です。尚、サンプル中に存在する胎児DNAの平均パーセンテージは妊娠10週で約10%と言われていますが、この割合は検査システム自体には影響されず、在胎週数、母体体重等の生物学的な外部要因や輸送条件等に影響されます。

——データ分析のアルゴリズムや認証等についても教えて下さい。

Dr. Willems GENDIA社のアルゴリズムは高度で、染色体毎に配列がカウントされる様になっています。ソフトウェアで読み取られた配列はフィルター処理され、参照ゲノムにアライメントします。スコアは、検査染色体、又は染色体部分領域の正規化カバレッジを反映し、異数性やコピー数異常(CNV)の検出と鑑別に役立ちます。又、このソフトウェアではサンプル毎に胎児分画の推定値を生成します。このデータは、他の値と組み合わせて異数性の状態を評価します。

——胎児DNAの量・濃度の最小検出限界は有りますか?

Dr. Willems 胎児DNAの検出に於いて「最小」の量や濃度は有りません。カットオフが胎児のDNA画分よりもシーケンス深度に依存する為です。検査の失敗を抑える為、ソフトウェアには個別化胎児異数性信頼度試験(iFACT)サンプル品質スコアリング指標が含まれています。iFACTはサンプルの胎児分率推定値を考慮し、異数性又はCNVコールに十分なシーケンス・カバレッジとデータ品質を生成したかどうかを示します。この動的カットオフによって胎児DNAが少ないサンプルが分かり、検査の失敗を防ぐ事に繋がります。

——偽陽性と偽陰性の主な原因は何でしょう。

Dr. Willems NIPTに於ける主な原因は胎盤の遺伝子型が胎児の遺伝子型と異なっている事、つまり「胎盤性モザイク(CPM)」です。NIPTは胎盤のDNAを解析する為、CPMの場合にはテスト結果が偽陽性にも偽陰性にもなり得ます。

——妊娠月齢による影響や、再検査が必要な検体の割合(検査エラー)はどの位の割合でしょうか?

Dr. Willems 11週目以降に検体を採取するのであれば、サンプルを取得する際の妊娠月齢による大きな影響は有りません。又、GENDIA社のNIPTのエラー率、つまり結果が得られない割合は1%未満で、これは非常に低いと言えます。

——NIPTの結果が異常を示した場合、どの様な追加検査が必要ですか?

Dr. Willems テスト結果の異常は偽陽性の可能性が有り、全例に於いてアレイCGHを用いた羊水穿刺(AC)が適応となります。この確認検査の感度と特異度はほぼ100%です。

——陽性の場合は一般的にどの様に対応しますか?

Dr. Willems ベルギーの医療機関でACの結果異常が確認された場合、トリソミー21、18、13であれば通常は中絶となります。ターナー症候群、クラインフェルター症候群、トリプルX症候群、XYY症候群といったSCAの場合は、SCAの表現型は通常軽度である為、広範な遺伝カウンセリングを実施します。

「90%以上」というNIPT普及率

——ベルギーのNIPT受検率が90%以上に迄上昇した背景は?

Dr. Willems NIPTが導入される以前から、ベルギーでは母体血清マーカーや複合スクリーニングの様な従来の検査の普及率は約75%と非常に高いものでした。17年以降はNIPTの費用がベルギーの国民保険からほぼ全額償還され、患者負担はわずか9ユーロです。更に、ほぼ全ての妊婦が婦人科診察の中でNIPTについて説明を受けています。尚、ベルギーではダウン症を含む医学的理由による妊娠中絶が広く認められています。これらの結果として、NIPTの受検率は23年現在で約90%と非常に高いものになっています。

NIPTの対象疾患の範囲

——日本でNIPTが検査対象とする疾患の範囲は何処迄ですか?

Dr. Willems 現在、日本のNIPT認定施設は主に21、18、13トリソミーを対象としていますが、非認定施設ではこれら3つのトリソミー以外の染色体も検査する傾向が顕著です。3つの常染色体トリソミーに対象を限定する根拠は、一部は他の常染色体トリソミーが生児出生に至ることは稀であるという理解に基づいています。更に、これらの稀な常染色体トリソミー(RAT)は結果が出ても通常は偽陽性です。

倫理的観点から見たNIPT

——受検者のプライバシー保護についてどの様な対策をされていますか?

Dr. Willems GENDIA社は、GDPR(General Data Protection Regulation;EU一般データ保護規則)と呼ばれる、欧州で新しく定められた個人情報の取扱規則に準拠しています。これは18年5月25日から適用しており、業務上個人情報を処理する個人や企業に自動的に適用され、全ての個人情報はGDPRに準拠して処理しなければなりません。患者の個人情報を最大限に保護する為、GENDIA社も検査施設も顧客(紹介機関、医師、助産師、患者)も個人情報に紐付く患者名は使用せず、コードを使用します。つまり個人情報は常に匿名化されており、顧客は個人情報に関連付く様な患者名をGENDIA社に送信する事は出来ません。万が一提出された際は、全てのネットワークとコンピュータシステムから削除します。

——遺伝子のセレクションについての考え方は。

Dr. Willems GENDIA社はNIPTによってのみ顧客の任意で性別の判定を行います。受検者が性別を理由に堕胎を検討していると疑われる場合には、検査を拒否します。又、出生前の非侵襲的父子鑑定を目的とする場合も検査を拒否しています。

DNA研究の観点から見た現状と今後

——現在直面している課題と、克服に向けた方策を教えて下さい。

Dr. Willems NIPTは、大部分のケースが軽度(ダウン症候群、SCA)であるか、胎児死亡を特徴とする非常に限られた数の染色体疾患を対象とする検査です。その観点から見ると、NIPTの遺伝性疾患を持って生まれる子供の減少への貢献は限定的なものです。1%以上の出生児はダウン症よりも遥かに重篤なことが多い脊髄性筋萎縮症、嚢胞性線維症、デデュシェンヌ型筋ジストロフィーといった単一遺伝子障害を持っています。これらの障害を発見するには、全エクソーム配列決定と共にCVSやACの様な侵襲的処置を行う事になります。GENDIA社では、500を超える重度遺伝性疾患の保因者検査(STID)を提供しています。この様な保因者検査は、遺伝性疾患を持って生まれる子供の減少にNIPTより大きく貢献する可能性が有ります。

——最後に、リプロダクティブ・ヘルスの観点から日本の現状についてお聞かせ下さい。

Dr. Willems リプロダクティブ・ヘルスに於ける出生前遺伝カウンセリングと検査については、全てのカップルに「遺伝カウンセリング」「染色体疾患に対する手頃な価格のNIPT」「手頃な価格の単一遺伝子性疾患保因者検査」「遺伝性疾患の場合の妊娠の中断」を選択する権利が有ります。多くの西側諸国とは大きな隔たりが有る日本の状況について、WHOはリプロダクティブ・ヘルス&ライツが低いと警告しています。


Dr. Patrick Willemsの原文インタビューは集中出版のホームページからご覧頂けます。
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