岸田文雄・首相が認知症対策を唐突に「国家プロジェクトにする」と発言した事に厚生労働省等関係省庁が対応に追われている。「殆ど寝耳に水」とあって年末に向けた具体策作りは突貫作業になりそうで、厚労省内には「財源のメドも全く無いのに……」(幹部)といった困惑の声が満ちている。
岸田首相は8月3日、群馬県伊勢崎市の介護施設を視察先に選び、テレビカメラの前で認知症の人や家族らと車座で話し込んだ。 首相は「認知症の方を含め、全ての方が生き甲斐を感じられる多様性有る社会を実現して行きたい」 と語り掛け、9月に認知症当事者も含む会議を発足させる考えを示した。
首相が意向を表明したのは、通常国会閉会に合わせて開いた6月21日の記者会見だった。関係省庁の戸惑いを他所に「認知症は全国民の関心事。国を挙げて挑戦して行くべき重要な課題だ」と述べた上で、国家プロジェクトとして取り組む方針を明らかにした。
首相周辺によると、首相は国産の認知症新薬「レカネマブ」の承認が見えて来ていた事や、6月14日に超党派の議員立法「共生社会の実現を推進するための認知症基本法」が成立した事をニュースで見て「認知症対策は是非やるべきだ」と言い出したという。
慌てたのは官邸から聞かされていなかった厚労省等関係省庁だ。首相は官邸を訪れた同省幹部にレカネマブへの期待を語り、「少子化の次は認知症対策だ」と意気込んだ。首相は認知症の予防や克服等に関心を寄せていたというが、この幹部はレカネマブへの過剰な期待をやんわりと諫め、認知症当事者との共生の必要性を説いたという。
関係者は「首相には総合的な施策の大切さは分かって頂いた。けれど、『国家プロジェクト』に相応しい内容に出来るかとなると……」と言葉を詰まらせる。首相が相次いで表明した防衛力強化、異次元の少子化対策には兆円単位の財源が必要なのに、殆どメドは立っていない。これらに続く大型施策の打ち上げに財務省はヒヤヒヤしている。
与野党が折れ合った末、成立した認知症基本法は国に認知症施策に関する基本計画の策定を義務付け、首相を本部長とする「認知症施策推進本部」を設置する事を明記している。官邸サイドは「首相は法律に沿ってやるべき事をやろうとしている」と言う。
とは言え、深い思い入れも無く、関係省庁との摺り合わせもしないまま認知症対策を思い付きの様に国家プロジェクトとして公表した事に関係省庁は当惑を隠せずにいる。5月の広島サミット後に上昇した内閣支持率は、親族らの「公邸忘年会」を開いた問題で長男の翔太郎秘書官を更迭したのを境に下落に転じ、マイナ保険証を巡るトラブル等で急降下している。厚労官僚からは「衆院解散も睨んだ支持率対策だろう」と冷ややかな声も漏れる。
それでも首相が表明した以上、形は整えねばならない。政府は8月25日、来年度から始める研究開発分野の全体像を明かした。 新たな治療薬、簡易な検査法の開発や神経の再生による認知症克服に向けた研究強化等だ。 文部科学省は2024年度の概算要求に93億円を盛り込む。厚労、経済産業両省等の分も合わせ、200億円超になると見込まれている。
25年には約700万人、65歳以上の5人に1人が認知症になると政府は推計している。 認知症対策が極めて重要な課題である事は確かだ。しかし、それだけに具体策作りを担う官僚達からは「予算が厳しい分、知恵が必要だが、思い付きで見切り発車されてもなあ……」との愚痴がこぼれる。
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