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未来の会

日本人ノーベル生理学・医学賞受賞への期待

日本人ノーベル生理学・医学賞受賞への期待
2018年来の受賞なるか期待される有力候補者達

今年もノーベル賞の受賞者が決まるノーベル・ウィークが近付いて来た。生理学・医学賞の日本人初受賞は1987年の利根川進氏で、免疫学分野で多様な抗体が出来る仕組みを解明した。四半世紀後の2012年、iPS細胞(人工多能性幹細胞)の作製の成功により山中伸弥・京都大学iPS細胞研究所名誉所長(当時)・教授が受賞。15年には抗寄生虫薬イベルメクチン(エバーメクチン)を発見した大村智・北里大学特別栄誉教授、16年に細胞の自食作用(オートファジー)を解明した大隅良典・東京工業大学栄誉教授・特任教授と続いた。18年に免疫チェックポイント阻害薬オプジーボの開発に寄与した本庶佑・京都大学特別教授が受賞して以来日本人の受賞は無いが、生理学・医学賞の前哨戦とされるラスカー賞やガードナー国際賞等を獲得した研究者も多く、受賞が期待される。

自己免疫疾患治療に光を射した坂口志文氏

ノーベル賞の呼び声が高い日本人と言えば、やはり、坂口志文・大阪大学栄誉教授・免疫学フロンティア研究センター特任教授である。坂口氏は90年代に、T細胞の中に、体内で免疫系を抑制する様に働く「制御性T細胞(Tレグ)」が存在する事を発見した。論文の引用は累計6万回を超えており、世界中でTレグをヒトの治療へ応用する為の開発が積極的に展開されている。

坂口氏自身は基礎医学分野で、Tレグの詳細な機序や働きの解明を続けており、機能を強化する事で、理想とする医療の確立を目指している。一方、臨床応用の道を開きたいと、16年には、ベンチャー企業「レグセル」を設立している。

この研究に対し治療への応用で最も期待が高いのが、がんである。免疫を制御しているTレグを減少させ、その働きを弱める薬剤は、がんの治療薬となる可能性が高い。免疫チェックポイント阻害薬は実用化されたが、適応出来ない、もしくは効果不十分ながん患者は多数存在する為、尚アンメットニーズが有る。

塩野義製薬は坂口氏との共同開発により、Tレグの働きを阻害する抗CCR8ヒト化モノクローナル抗体を開発した。CCR8は、腫瘍組織の局所に在るTレグのみで選択的に高発現するタンパク質で、これを阻害する事でTレグを抑制し、抗腫瘍効果の賦活化が期待される。がん種を問わず適応出来る可能性が高く、安全性も高いとされる。塩野義では現在12種の固形がんを対象に、第1相、第2相試験実施中である。

一方で、過剰な免疫反応であるアレルギー疾患は、Tレグの減少で起こると考えられており、増やす事が治療になる。坂口氏はアステラス製薬との共同研究で、体内のT細胞からTレグを作り出す新規化合物を発見し、18年に国際特許を取得した。マウスの実験では、耳の腫れや鼻の引っ掻き行動が減少するといった効果を確認している。ヒトの薬になるには未だ幾つも壁を越えなくてはならないが、新しいアレルギー治療の飲み薬として期待が懸かる。一定期間服用して、免疫系を軌道修正出来れば理想的な治療薬になる。

又、Tレグを活用した細胞治療、所謂オーダーメード医療の開発も進められている。患者のリンパ球を取り出し、試験管内で疾患の要因となる部分のみを除去し、健康なリンパ球に変えてから、患者の体内に戻していくものだ。患者由来のリンパ球を使う事で安全性は高く、身体的な負担は少ないとされ、自己免疫疾患の治療に有望だ。更に坂口氏は、慶應義塾大学と共に、機能的で安定した誘導型制御性T細胞により、皮膚の自己免疫疾患である尋常性天疱瘡に対する細胞療法の開発を進めている。同じく、英国では自己免疫性肝炎の細胞治療の研究が進行している。

免疫学は日本の“お家芸”で、世界に伍する成果が続々と生まれている。坂口氏は、15年にガードナー国際賞を、20年にはロベルト・コッホ賞を受賞した。

“眠気の正体”を発見した柳沢正史氏

もう1人、睡眠研究の分野で世界を牽引する柳沢正史氏への期待も大きい。文部科学省の世界トップレベル研究拠点形成促進プログラムで採択された拠点の1つ、筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構(IIIS)の機構長・教授を務め、22年には、米グーグルの創業者らが12年に創設したブレークスルー賞の2023年生命科学部門を受賞した。

柳沢氏は1988年、血管内皮由来で血管を強力に収縮させる物質「エンドセリン」を、98年には、脳内で睡眠・覚醒のスイッチを制御する物質「オレキシン」を発見した。オレキシンの作用を阻害する薬は2014年に睡眠薬として発売され、作用を助ける薬は過眠症(ナルコレプシー)の薬として開発途上にある。又、エンドセリンの効果を抑制する薬は、肺高血圧治療薬として開発された。IIISからは、睡眠の本質に迫る様な研究成果が続々と生み出されている。18年には、“眠気の正体”と見られる80種類のタンパク質が同定された。「SNIPPs(スニップス)」と名付けられたそのタンパク質群では、眠らない時間が長引いて眠気が増すにつれて、リン酸化という化学的変化が進行していた。睡眠は、“ししおどし”の様な仕組みで起こり、眠気が一定量を超えると、覚醒状態からスイッチが切り替わる。その一瞬のメカニズムの解明に挑み続けている。

多士済々な生理学・医学分野の研究者達

森和俊・京都大学教授も、ノーベル賞の有力候補である。ガードナー国際賞、ラスカー基礎医学研究賞、生命科学ブレークスルー賞と数々の主要な国際賞を受賞している森氏は、細胞内の小器官「小胞体」が体内で作られた不良品のタンパク質を発見し、破壊したり修復したりする仕組みを解明した。糖尿病やパーキンソン病等、様々な難治疾患の治療法開発に道を開く成果である。

理化学研究所名誉研究員の竹市雅俊氏も、20年にガードナー国際賞を受賞している。細胞同士を接着する重要な分子であるカドヘリンを発見した。カドヘリンは近年、がんの転移にも関わる事が明らかになっている。

免疫学分野では、大阪大学元総長で名誉教授の岸本忠三氏と平野俊夫・量子科学技術研究開発機構初代理事長も居る。炎症を惹起するタンパク質、IL-6(インターロイキン6)を発見。抗IL-6抗体は、中外製薬の関節リウマチ治療薬「アクテムラ」として製剤化され、世界市場でブロックバスターに育ち、新型コロナウイルス感染症でも重症化予防に一役買った。

遠藤章・東京農工大学特別栄誉教授も、17年にガードナー国際賞を受賞した。遠藤氏は、青カビから、血中コレステロール値を下げる薬の開発に繋がる物質を発見し、スタチン(HMG-CoA還元酵素阻害薬)の開発に繋がった。スタチン系の薬は今も世界で4000万人以上が服用し、循環器や脳血管疾患の予防に貢献している。

嘗て死病と恐れられたエイズ(後天性免疫不全症候群)の治療に道を切り開いた満屋裕明・国立国際医療研究センター研究所長も、期待の1人だ。満屋氏は、ヒト免疫ウイルス(HIV)の増殖を強力に抑制する世界初のエイズ治療薬AZTを開発した。それが史上最高値の薬価が付けられた事や副作用の強さを憂い、第2、第3のエイズ治療薬も送り出した。

偉大な発見への鍵は長期的な視野

山中氏は異例の早さでノーベル賞受賞に至ったが、多くは発見から実用化、そして受賞に至る迄、20年以上の研究が積み重ねられている。我々が目にするノーベル賞とは、前世紀の科学の成果と言ってもいい。こうした時間軸を俯瞰して見ても、日本の科学政策として、幅広い分野の基礎研究を根気強くサポートし、芽が出たら育てるという長期的な視野を持つ必要性を、今一度肝に銘じなくてはならないだろう。ともあれ、医学研究の成果は人命に寄与し、世界中の人を救う事が出来る。日本人が受賞すれば、コロナ禍で閉塞した日本社会に、日本経済にも勇気を与えるに違いない。

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