即時停戦論者の裏に潜む「反米」「反ウクライナ」
政府は「異次元の少子化対策」の一環として、2026年度から出産費用の保険適用を検討している。今の出産育児一時金制度を見直し、高騰する出産費用に対応出来る様にするという。しかし、厳しい公的医療保険財政を踏まえると、結果的に給付費を必要以上に抑え込んでしまい少子化対策に逆行する可能性を孕んでいる。
出産の内、正常分娩は病気やケガではない、との理由で公的医療保険の適用外だ。その代わり、出産に充てる費用として健康保険から出産育児一時金が支払われている。水準は今年3月迄42万円だった↘が、上昇する一方の出産費用に追い付くべく4月から50万円に引き上げられた。75歳以上の人の内、比較的所得が高い人の医療保険料をアップし、その一部を財源に充てる事を想定している。
出産費用は物価上昇や医療の高度化等に伴い、増加の一途を辿っている。厚生労働省の調査によると22年度は48万円に達した。10年前に比べ15%以上アップしている。資材価格等の高騰も有り23年度は更に増えているとみられ、首都圏のあるクリニックでは今年4月から自然分娩費を6万円増の60万円超に引き上げた。「質の高さ」を維持する為近隣の産科↘より麻酔医や助産師を多く配置しているといい、院長は「人件費と急増した光熱費等を賄うには増額が避けられなかった」と話す。
出産費用を保険外で自由に設定出来る中、各産院は妊婦や家族に選んで貰う為の競争を繰り広げている。医師や助産師等を増やして安全性の高さを訴えたり、シティーホテルの様な個室や高級料理を提供したり、といった具合だ。産む側は価格とのバランスを考慮し、自分が出産する所を選択している。
上昇が続く出産費用を賄おうとして出産育児一時金をアップすると、それに合わせる様にまた出産↖費用も伸びて来た。「自由競争」の結果、一時金の増額に便乗して出産費用を引き上げる医療機関も在るとされる。各医療機関が自由に値段を設定するスタイルでは費用がサービス内容に見合っているのかどうか、分かり難い例も有る。
こうした現状を問題視していたのが、菅義偉・前首相だ。菅氏は今年3月、翌月から出産育児一時金がアップする事に関連し、記者団に「支援策を充実させてもその分、出産費用が高くなるという指摘もある。出産費用そのものを保険適用し、個人負担分を支援して行く方が現実的だ」と述べ、実質無償化すべきだという考えを示した。
この発言に岸田文雄・首相が飛び付き、「異次元の少子化対策」に急遽、「出産費用の保険適用の検討」が盛り込まれた。厚労省幹部は「菅氏の発言が有る迄全く検討していなかった。知らない所で話が進んだ」と当時の困惑振りを明かす。
確かに保険適用すれば出産費用の透明化に繋がる面は有るだろう。便乗値上げの様な事は難しくなり、予算上も政府がコントロールし易くなる。政府内には「少子化対策」より寧ろ、保険適用によって高騰する出産費用の公的負担総額を抑える狙いを明け透けに語る人も居る。保険の場合、一般的には原則3割の自己負担が発生する。だが、岸田首相は「保険適用でも(平均的な出産費用を全額賄うという出産育児一時金の)基本的な考え方を踏襲する」と表明しており、妊婦の自己負担をゼロにする方針を示している。
最大20万円の地域差に財源確保と課題は多い
但し、出産費用の保険適用には課題が多い。
適用対象に正常分娩も含めるとしても、先ずは各産科・産院が自由診療として手掛けている施術やサービスを何処まで保険で評価するのかという問題が有る。標準治療が設定されている通常の診療とは違い、出産の場合は各医療機関が工夫を重ね、妊婦の多様なニーズに応じたきめ細かなサービスを実施している例が少なくない。出産費用に保険が適用されれば公定価格となり、各医療機関による自由な値付けは出来なくなる。出産費を抑えられる可能性は高まるものの、価格の決定権を奪われる格好の産科医からの反発は避けられない。
6月に有った自民党の「出産費用等の負担軽減を進める議員連盟」(小渕優子・会長)の会合で日本産婦人科医会の石渡勇・会長は保険適用した場合の給付水準について、「出産一時金と同じ50万円なら4分の1の妊婦が出産する場所を失う可能性が有る」と述べ、70〜80万円がラインになるとの見方を説明した。この水準に合わせるなら総額は大きく膨らむ。逆に下回る水準に設定した場合は都市部を中心に経営難の産院が続出する事になる。
又、保険適用されれば価格は全国一律となる。だが、出産費用に関しては都市圏と地方では大きな格差が生じている。厚労省によると、22年度の公的病院の出産費用の全国平均は46万3450円だが、最高の東京都(56万2390円)と最低の鳥取県(35万9287円)では約20万円の開きが有る。
保険の価格を全国平均の46万円に設定した場合、東京など出産費用が平均を大きく上回る都市圏の医療機関は経営が悪化する。ただ、28道府県の出産費は46万円未満で、平均を下回る医療機関にとっては差額が収益となる。都市圏の医療機関の反発を招くのは必至だ。出産育児一時金の場合、妊婦は実際の費用との差額を手元に残す事が出来、ミルクやおむつ費等に充てられる。事実上の少子化対策となっているが、保険適用になればそうした事も不可能となる。
出産を巡っては、全国一律の価格を決めるのが難しい事情が有った。戦後、都市部では医療機関で出産する人が増えた反面、地方では依然、家族や近所の人が手伝うケースも多く、基準を設定する事が出来なかった為だ。前出の首都圏のクリニックの院長は「保険適用で今の一時金より低い金額となれば、助産師の数を減らすなり、食事の質を落とすなりしないと対応出来ない医療機関も出て来る筈だ」と懸念する。
保険適用が「出産難民」生む恐れも
日本産婦人科医会による「産婦人科医療施設の動向」調査によると、分娩を取り扱う診療所は06年が1818施設だったのに対し、22年は1135施設と38%の減。一般病院に至っては1003施設から44%減の563施設まで減っている。
要因は少子化に加え、産科医が激務を強いられる事等が指摘されている。高齢出産の増加に伴いハイリスクな妊産婦が増え、受け入れる側には24時間体制が求められている他、他の診療科より訴訟リスクも高い。施設の減少傾向を食い止めるのは容易でなく、出産費用の保険適用額が抑えられた場合、都市部等でも撤退する医療機関が増える可能性が有る。そうなれば「出産不可」の地域があちらこちらに出現し兼ねない。
診療報酬本体の改定率はこの10年程、最高でもプラス1・38%(12年度)で、ほぼプラス0・5%前後で推移している。年間1%程度とされる出産費用の自然増を下回っている上、出産費用だけを優遇する事も出来ない。日本医師会の松本吉郎・会長は出産育児一時金の引き上げに関する効果の検証を先行すべきだ、と主張しており、出産費用の保険適用には慎重な姿勢を示している。
そもそも、異次元の少子化対策に関しては財源のメドが殆ど立っていない。仮に一定程度確保出来たとしても、その一部を診療報酬の特定用途に反映させる事が政治的に可能なのかどうかも不透明だ。自民党内の保険適用に前向きな勢力内にも「逆に出産難民が出て来る事では困る」(自民党議連の小渕会長)との声が出ているが、出産費用の保険適用によって出産可能な産科医療機関の数が減ってしまうリスクは否定出来ないのが現状だ。
LEAVE A REPLY