時間外労働の上限規制に向け早急な対策を
時間外労働に於ける罰則付きの上限規制は、大企業で2019年、中小企業でも20年に施行された。医療機関も例外ではなく、24年の春からはいよいよ医師の働き方改革も始動し、勤務医にも時間外労働の上限が適用される事になる。原則として、過労死ラインである年960時間/月100時間未満のA水準が上限となる。但し、3次救急医療機関や一部の2次救急医療機関等に於いて、地域医療確保の観点から上限水準を超えざるを得ない場合(B水準)、又、集中的に技能を向上する為に長時間労働が必要となる場合(C水準)は、年1860時間未満が適用される。地域医療の救急対応や医師派遣を担う為に、こうした時間外労働の上限を延長出来る「特定労務管理対象機関」の指定を都道府県に申請している医療機関は少なくない。但し、35年度末にB水準は撤廃され、C水準も将来的に見直しが決まっている。病院の中で特に残業が多い救急科に於いても、働き方改革への対応は待った無しだ。実態を踏まえ、具体策を検討しなくてはならない。
実態調査から見える課題
23年3月から4月にかけ、日本心血管インターベンション治療学会(CVIT)では、「第1回働き方改革実態調査」として会員施設を対象にアンケートを実施し、7月に結果を発表した。今回の調査で浮き彫りになったのは、働き方改革がもたらす悲観的な近未来の予想図と、対策の必要性である。
調査は、働き方改革の導入に伴って循環器診療に生じる問題点を把握する事を目的とした。864の会員施設の内601施設が回答(回答率69.6%)し、CVIT専門医・認定医の研修施設、研修関連施設、連携施設が含まれている。内訳は、市中病院が57%、大学病院が17%で、循環器内科病床数は50床以上が26%、25〜49床が62%となっている。24時間365日の緊急経皮的冠動脈インターベンション(PCI)が可能な施設は9割に上った。循環器内科医が毎日当直し、緊急PCIはオンコール召集という施設が48%、内科又は全科当直で緊急PCIはオンコール召集の施設も48%だった。54%の施設では当直明けも通常勤務の体制を取り、当直明けを休みとしている施設は僅か6%だった。
緊急PCI治療に当たるスタッフの労働時間の申請区分に関する問いでは、当面の目標とされるA水準が31%だった。B又はC水準が29%、B水準が18%、連携B水準が6%、C-2水準(高度技能の修得研修)が5%だった。申請区分を未だ決めていないという施設は4割に達した。日当直体制を維持する為、メディカルスタッフ又はアルバイト勤務医を増員したいとする施設は合計10%に留まった。これに対し、「現状の人数で行う」が56%、「まだ決めていない」が20%だった。「現状の人数で行う」と回答した施設の内、常勤スタッフが6人以上居る施設が3分の2有った。一方、連続勤務時間制限(28時間以内)や、オンコールに対して翌月迄に与える代償休息等の条件を遵守すると、常勤スタッフ3人以下では勤務体制の維持が困難とされるが、これに該当する施設も11%有った。
オンコール勤務の代償休息については、「規則通り与える」と回答した施設は15%のみで、「現実には不可能だと思っている」が38%、「まだ決めていない」の47%と合わせて8割超に上った。A水準の実現可能性については、「可能」が34%に対し、「不可能」は66%と2倍近い。
連続勤務時間制限への対応について、「まだ決めていない」施設が184と最多で、「当直の曜日を工夫する、タスクシフトするなどして業務を維持する」が149、「現状を維持できる」が103、「業務を縮小する」が92施設、「宿日直許可を取得するので問題無い」が72、「常勤スタッフを増員して業務を維持する」が92、「外部からの当直バイトを増やして対応できる様にする」が48となった(複数回答)。
他施設へ当直医を派遣している施設は26%有り、働き方改革導入後の対応では、「そのまま派遣する」が21%、「派遣先を少なくする」が9%、「宿日直許可を取得した病院のみに派遣する」が29%、「派遣をすべてやめる」が1%、「まだ決めていない」が40%だった。
懸念される循環器救急診療の崩壊
調査結果によると、働き方改革が導入されれば多くの施設でスタッフが確保出来ず、救急診療の縮小を迫られる事になる。その結果、循環器救急診療の崩壊までも懸念される。併せて、働き方改革への対応が遅れている施設の現状も明らかになった。
労働時間規制が適用されない宿日直許可の取得で問題解決を図ると、現実には28時間以上の連続勤務や睡眠時間を確保出来ないまま翌日の診療・手術を行う事になる。この様な対応では寧ろPCI術者の疲労が蓄積され、患者を更なる危険に曝しかねない。
医師の健康と医療安全の観点から考えれば働き方改革は重要である。しかし、このまま導入すれば多くの地域で循環器救急診療が破綻し、急性心筋梗塞の死亡率が上昇する恐れが有る。又、診療科毎の労働環境の差が可視化される事で若手医師は多忙な循環器科を敬遠する様になり、循環器医の減少は避けられなくなると、CVITは総括している。
医師の働き方改革に向け早急なICT活用を
調査結果を踏まえ、CVITでは以下の通り、やるべき事を明確化した。①働き方改革に関する情報提供の強化、②輪番制の推進に必要な医師情報の提供、③病院管理者に対する循環器内科医の待遇改善の働きかけ。これらに加えて、④施設の集約化も図らざるを得ず、循環器救急診療が不可能となる地域の住民に対しては実情の説明も不可欠になって来る。
医師の働き方改革で先ず行うべきは、当直に伴う連続勤務の是正、オンコール時の待遇改善、タスクシフト・タスクシェアの促進、ICTの活用、診療科の偏在是正が挙げられる。多忙な救急の現場で、とりわけ期待されている方策を以下に述べる。
先ずはタスクシフト・タスクシェアである。救急現場に於いては、看護師や救急救命士を始めとする他職種へのタスクシフトや、チーム医療の推進は有用だろう。法改正により、21年10月から、救急救命士は搬送前だけでなく病院の救急外来等で業務を行う事が出来る様になった。
又、特定看護師は人工呼吸器での酸素量の調整等、一部の医療行為が出来る。医師は時間を有益に使える様になり、別の重症患者を診に行く余裕も生まれる。又、患者情報の入力等の事務作業を補助する「医師事務作業補助者」の採用を増やす事でも、医師の負担は軽減される。
次に、遠隔医療の導入が有る。例えば集中治療の現場では、今後は医師が中心となって標準治療を進める、所謂、High Intensity ICUが必須とされる。一方で集中治療科医の絶対数は未だ少ない上に、都市部に集中する等、地域格差も大きい。この事態を打開する手立ての1つとして、ICT技術を活用した遠隔ICUの導入が急がれる。これ迄の研究で、遠隔ICUの導入によってICU死亡率、人工呼吸器装着日数、合併症の減少等が報告されている。更にICUで働く医療従事者の満足度も向上する等、働き方改革に於いても今後の発展が期待されている。
22年の診療報酬改定では、未だ国内のエビデンスが乏しいとして遠隔ICUの保険収載は見送られた。しかし、厚労省では19年から遠隔ICU体制整備促進事業として、毎年5億円規模の事業を展開中で、横浜市立大学を始めとする3施設で導入されている。又、厚労省以外の助成により、昭和大学等の複数の施設でも実験的に導入されており、何れも好結果が報告されている。コロナ禍に於ける遠隔ICUの限定的な規制緩和だけでなく、今後一層の普及が期待される。
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