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未来の会

生きて行く事の尊さを見つめ直し 当たり前の価値観を伝える万博に

生きて行く事の尊さを見つめ直し 当たり前の価値観を伝える万博に
小山 薫堂(こやま・くんどう)1964年熊本県生まれ。日本大学藝術学部在籍中に放送作家となり、『料理の鉄人』等に関わる。映画『おくりびと』で第32回日本アカデミー賞最優秀脚本賞を受賞。熊本県PRキャラクター「くまモン」をプロデュース。京都芸術大学副学長。

開催まで2年を切った「2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)」。6月には8人のプロデューサーが、各テーマに沿って展示を行う「シグネチャーパビリオン」の概要も公表される等、準備も着々と進んでいる。その内「食」に関する展示は、放送作家で脚本家、京都芸術大学副学長も務める小山薫堂氏がプロデューサーを務める。熊本県のマスコットキャラクター「くまモン」の生みの親として知られ、衛星放送で映画の魅力を伝える番組に出演したり、入浴の楽しみを「湯道」として広める活動をしたりと様々な分野で活躍する小山氏に、万博開催の意義や展示を通じて伝えたい思いの他、様々な企画を手掛ける発想の原点等について話を聞いた。


—大阪・関西万博のテーマ事業プロデューサーとして、準備に取り組まれています。

小山 これ迄の万博は、多くの人に、より良い未来を見せる為の博覧会でした。特に1970年代の万博は「未来はこんなに素敵なんだよ」と人々をワクワクさせた。今回は8人もプロデューサーが居るので、僕は未来より、今を見つめ直すパビリオンにして、当たり前の生活の尊さの様なものを伝えたいと思いました。勿論、食の未来も盛り込むのですが、本来の目的はそこではなく、食育に近いかも知れません。今回の万博に於ける僕のミッションは食を通して命について考える事ですから、食について改めて考えようと訴えたい。例えば、それぞれの命は、他の命を奪って成り立っています。人間は自分の命を守る為に、どれだけの命を犠牲にしなければならないのか。ご飯を食べる前には「頂きます」と言いますが、本当に心から「有り難い」と思って日々の食に向き合わなければならない。そうする事で、他者への思いやりや優しさを磨き上げる事が出来ると思います。ひいては、それが良い社会に繋がり、大袈裟に言うなら世界平和に繋がって行けば良いとの思いで取り組んでいます。

——今、日本で万博を開催する意義についてお聞かせ下さい。

小山 最近のSDGsという言葉は、あまり好きではありません。例えば、何かを何度も再利用する事を、日本は江戸時代から知らず知らずの内にやっていました。そうした日本人が当たり前だと思っていた事を言語化して人々の心を1つにするという点で、「SDGs」は有益なキーワードですが、言葉に引っ張られ過ぎていて、こうしなければ、これが正解なんだと思わされている気がして悔しいのです。そこで、僕のパビリオンでは日本の食文化の中に有る「知恵」を紹介したいと思っています。日本人は気付いていないけれど、世界的に見ると物凄いものが有る。例えば、冷蔵庫が無い時代から、人は様々な保存食を作って来ました。世界中に有る保存食の中でも日本の梅干しは凄い。きちんと保存すれば、100年経っても食べられる。そういう技術を未来に伝えたい。日本人ならではの感覚や考え方を世界に発信したいと思っています。

人は最良の選択をしながら生きている

——様々な分野で活躍されていますが、企画力や発想力の源は何処に在るのでしょうか。

小山 僕にとっては人を喜ばせる事が発想の源で、よく「企画の原点は誕生日プレゼントだ」と言っています。誰かに誕生日プレゼントを贈る時は「どんな物を送ったら良いか」「どんなタイミングで渡すと良いか」等、喜んで貰う為の工夫をします。それが企画の原点だと思うのです。子供の頃から人を喜ばせるのが好きでした。小学生の頃は、自分の誕生会を自分で企画していました。何時に集まって何をするのか、といった進行表も用意して。食事のメインディッシュは近所のとんかつ屋さんのカツカレーで、食事の後には誕生日プレゼントの贈呈式。僕自身が貰うんですけど(笑)。今もその延長線上で発想している気がします。

——何か切っ掛けが有ったのですか?

小山 僕の父親も人を喜ばせる事が好きでした。会社を経営していたのですが、社員の慰安旅行のパンフレットを自作していました。僕にお年玉を渡す時には、「今年のお年玉は凄いぞ」と言って分厚い封筒をくれるんです。「これは凄い」と喜んで中を見ると、全部百円札でした。僕が大学生の時も、「久し振りに小遣いをやろうか」と言いながら、コインを1枚だけ渡された事が有りました。「何だコインか」と思ってよく見ると、実は十万円金貨。同じ10万円を渡されるにしても、「小遣いだよ」と言ってホイッと渡されたので、インパクトが有りました。

——大学生で放送作家の道に進まれましたが、お父様の影響も大きかったのですか。

小山 父はテレビ好きでした。子供の頃、夜7時から9時迄は勉強をするという決まり事が有ったのですが、『8時だョ! 全員集合』が放送される土曜日の夜8時だけは、父が「ドリフが始まるぞ」と呼んでくれました。ビデオの無い時代ですから「勉強は何時でも出来るけど、ドリフは今見ないと一生見られない」と。他にも「面白い映画が有るから見ろ」と言われたのが、スティーヴン・スピルバーグが20代に制作した『激突!』というTV用映画でした。車でトレーラーを追い抜いた主人公がしつこく追い回され、殺されそうになるサスペンス映画で、追い掛け回される恐怖だけで90分の物語になっています。

——スピルバーグの出世作ですね。

小山 2022年にスピルバーグは『フェイブルマンズ』という自伝的な映画を制作しましたが、最初の方に、幼い主人公が両親と映画館に行くシーンが有ります。「映画館は暗くて怖い」と言う主人公に、父親は「映画館は面白い夢の世界だ」と諭します。彼が見に行った映画の終盤に、列車同士が衝突する大事故のシーンが有って、それに衝撃を受けた少年はクリスマスに列車のキットを買って貰い、衝突シーンを8ミリビデオで再現し始めるのですが、これはほぼ実話です。つまり、スピルバーグの父親が息子を映画に誘わなければ、『激突!』も『E.T.』もこの世に存在していなかったかも知れない。僕も『激突!』を見ていなかったら、今頃は違う仕事をしていたかも知れません。何を経験したか、誰に出会ったかが大切で、人生に於いては全てに意味が有ると思っています。

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