島田 和明(しまだ・かずあき)1956年東京都生まれ。82年京都府立医科大学医学部医学科卒業。同年東京大学医学部附属病院第2外科、83年東京警察病院外科、87年東京都立府中病院外科、88年東京大学医学部附属病院第2外科を経て、90年国立がんセンター病院(当時)第2外来部外科に着任。99年国立がんセンター(当時)中央病院肝胆膵外科医長。2012年国立がん研究センター中央病院肝胆膵外科科長。14年同病院副院長(診療担当)、肝胆膵外科科長、小児腫瘍外科科長を兼務。20年病院長に就任(現職)。
2015年に国立研究開発法人となった国立がん研究センター中央病院は、特定機能病院、臨床研究中核病院、がんゲノム医療中核拠点病院としての要件を満たし、日本の医療の発展に於いて重要な役割を担う。がん医療の専門医療機関として、最先端の医療を提供する他、時代の要請に応え、医薬品や医療機器等の研究開発や数々の治験・臨床試験の実績を重ねて来た。同院に30年以上勤める島田和明病院長に、多岐に亘る取り組みを総括して頂いた。
——外科医として、30年以上に亘り国立がん研究センター中央病院でご活躍されました。
島田 私が外科医として修練を始めた頃、がんセンターを舞台にしたテレビドラマ『ガン回廊の朝』が話題になっていました。この柳田邦男先生の原作を読み、ここに来る事を決意しました。外科医として働くにはこの上無い職場で、多くの名医と言われる先輩外科医の中で、20年間は伝統的な外科の世界で手術と診療に励みました。当院の肝臓外科は日本で初めて肝硬変合併肝がんに対する肝切除の安全性を確立した伝統ある診療科でした。私が所属していた肝胆膵外科は肝臓外科の系譜を継いでいます。現在ではB型肝炎やC型肝炎ウイルスの治療薬が登場した事も有り肝がん手術件数は減少し膵臓がん、胆管がん、転移性肝がんの手術が主体です。膵臓がんや胆管がんは手術の難易度が高く、根治手術をしても治療成績は満足するものではなく難治性がんと言われています。患者さんやご家族と話をする時は、ユーモアを織り交ぜて患者さんを元気付ける事を大事にして来ました。
——病院経営にも携わり、2020年4月に病院長に就任されました。
島田 14年から6年間は、診療担当副院長として診療実績の向上と経営改善に取り組み、病床利用率の改善と黒字化に尽力しました。19年には日本医療機能評価機構の病院機能評価受審準備委員会委員長として、「3rdG:Ver.2.0」の承認取得に貢献しました。これらの実績を経て、病院長に指名されたのは新型コロナウイルス感染症が拡大した第1波の時でした。東京都から感染患者受け入れの為の病床確保の要請を受け、中等症23床、重症2床を確保しました。21年にはデルタ株の第5波による感染患者の急増の為、新たに7床を確保。感染が疑われる患者さんの動線を分離する為、発熱外来も設置しました。がん専門病院として、がん患者さんや医療者には十分な感染対策を講じ、がん診療が犠牲にならない様に最大限の配慮をして来ました。病院長になって最初の1年は、コロナウイルスに翻弄される中、管理職のあるべき姿と共に、専門領域以外の治験・臨床試験、ゲノム医療や個別化医療についても勉強する必要が有りました。
——ここに至る迄、医療はどの様に進化しましたか。
島田 特にこの10年は、がん医療の分野で大きな変動が有りました。外科では、多くの領域で患者さんに多大な負担を掛けない、低侵襲な腹腔鏡やロボット手術の開発が進み、実践されて来ました。内科領域では、分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬が開発され、劇的な進化を遂げました。がんのゲノム医療も実装され、個々の患者さんのがんの特性に合った「プレシジョン・メディシン」を実現出来る様になりました。この大きな変革の中で、当院は国立がん研究センターの診療部門として、研究開発・診療に重要な役割を担って来ました。
研究開発・臨床試験に重点を置く医療拠点へ
——中央病院のこれ迄の歩みについて教えて下さい。
島田 当院は1962年に厚生労働省直営の医療機関として開設されました。その後、2010年に独立行政法人となり、15年に国立研究開発法人に移行しました。同年8月、医療法に基づく臨床研究中核病院の承認を受けました。臨床研究中核病院とは、日本発の医薬品や医療機器の開発等の為に必要となる国際水準の臨床研究や医師主導治験の中心的な役割を担う病院で、現在、全国に15施設在ります。当院では、医師主導臨床試験の支援体制を整備し、新たな薬剤開発の為に多施設共同臨床試験を通して多くの実績を残して来ました。こうした取り組みの中で我々が最も大事にしているのは、より有効で、安全で、低コストの治療薬を速やかに患者さんに届けるという事です。手術に関しては、高難度手術の技術を維持する事も引き続き重要です。一方で件数ばかりを追うのではなく、絶えず新たな術式を考案し、合併症の少ない手術法・術式の開発を行う責務が有ります。患者さんに優しい低侵襲治療を開発し、早期に社会復帰する為の仕組みを目指します。手術だけで治すのが難しい難治性がんには、手術前後に抗がん剤の投与や放射線治療を付加する事で手術成績の向上に取り組む必要が有ります。薬剤開発と共に医療機器の開発は極めて重要です。当院では「MIRAIプロジェクト」として内視鏡、IVR、高精度放射線治療等の低侵襲治療の開発、医療AIの導入に力を入れて来ました。世の中の科学技術、情報技術の進歩は目覚ましく、我々は出来る限り与えられた枠組みの中でこれらの技術を応用し、未来の医療を作る事に専念しています。
——独立行政法人化以降、予算の締め付けは厳しくなったのでしょうか。
島田 当院は特定機能病院であり、臨床研究中核病院、がんゲノム医療中核拠点病院にも指定されていますので、多くの援助を頂き恵まれていると思います。昨今の社会事情として、それだけでは十分ではなく、基本的には安定した病院の経営基盤の持続が重要です。ハイボリュームセンターとして多くの患者さんを診療する事が、安定した運営と臨床研究には不可欠であり安定した経営に繋がります。医療収支の黒字化で、研究開発の為の新規機械や材料の導入、有能な人材を集める事が可能になります。安定した研究や医療を継続する為には、経済的にも精神的にも余裕の有る環境が必要です。アメリカは世界の頂点に立つ為に、これに見合った十分な報酬を与えるからこそ競争が激しくなり、開発スピードも格段に速くなります。必ずしもそれが良いとは思いませんが、日本は負荷を課す一方で、職員のモチベーションを上げる為の配慮が必要です。現在の手術や標準治療に満足する事無く、更に治療成績を上げ、社会復帰を早期に目指すより良い医療を開発して行くという信念を維持して行ける様な職場で在りたいものです。
——治験への参加も、病院の収益に繋がるという事からなのでしょうか。
島田 治験はより有効で副作用の少ない薬剤を開発し薬事承認を目指す臨床研究です。幾つかの有効性の有りそうな候補の中から国に承認を得て、初めて多くの患者さんに使用する事が出来ます。当院の使命は、より有効で安全な薬剤を患者さんに届ける為に多くの治験を主導し、迅速に薬事承認される事です。治験を受け入れる為には、海外製薬会社、EBP(新興バイオ医薬品企業)に質の高い臨床試験を行える体制、多くの患者さんのリクルートが可能で、迅速な治験の運営が行える事を認識して貰う事が重要です。腫瘍内科の医師の1つの重要な資質は、海外の学会に於いて質の高い治験のアピールする発信能力です。外国の製薬会社と対等に英語で討論する国際的な若手腫瘍内科医の育成が重要です。本邦で低コストで症例を集める事が出来れば欧米で治験を行うよりメリットは有り、日本の医療機関にも未だ未だチャンスは有ると思います。
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