岸田文雄内閣の支持率が下り基調に陥った。相次ぐマイナンバーカードのトラブルが要因とみられるが、政権浮揚の材料は見当たらず、じり貧を余儀無くされている。物価上昇を目指す経済政策の負の面である物価高も家計を苦しめており、与党内からは政策の恩恵が乏しい高齢者らの反発や離反を警戒する声も出始めている。
「国産の豚バラ肉100㌘が290円。一昨年の1・5倍以上になっている。ずっとだ。少子化対策に税金を使うのならしょうがないと節約して我慢して来たが、だんだん腹が立って来た。物価が上がっているのに去年は年金額が下がったし、今年の増額分も調整されて目減りしている。高齢者は何もするなと言わんばかりではないか。岸田さんにはとっとと辞めて貰いたい」
〝物価は上がっても年金は下がる〟
年金暮らしの高齢女性の怒りの一声である。豚肉価格は昨年から高騰し始め、高止まりの状況が続いている。ちょっとした煮物や炒め物に欠かせない生活必需品だけに、高齢女性の怒りは当然だろう。農協等によると、価格の上昇はエネルギーや飼料の高騰に伴うもので、生産者サイドも相当に厳しく、廃業に追い込まれたケースも有るという。
高騰の背景には、ロシアによるウクライナ侵攻が有り、岸田内閣にとっては不可抗力なのだが、政府・日銀が一体となって進める物価上昇策が追い打ちになっているのは否めない。
農協関係者が語る。
「ここに来て、政府が推進している最低賃金の引き上げも養豚業界には打撃になりそうだ。かつかつでやっている所に、人件費が更なる重荷になるからだ。今の自民党政権は外面ばかりを気にして、足下の国民生活をまるで見ていないと感じる。一度、岸田首相に豚肉100㌘がいくらかを聞いてみれば、その鈍感さが分かると思うよ」
近所のスーパーに出掛けてみた。これ迄、余り見掛けなかった極小サイズのパックが目に付いた。
正体は内容量60㌘の国産豚バラ肉で、値段は180円と印字されていた。担当者に聞くと、節約の為少量を買い求める高齢者の要望を受け、新たに用意したものだという。単純計算すると、100㌘300円。牛肉より少し安い程度である。「高齢の方の多くは毎日来られます。節約ムードを背景に豚肉の需要は高く、これが更なる値上がりを招く悪循環となり、欠品になる事も有ります。せめて輸入品が安く出来ればいいのですが、なにせ円安ですから処置無しです。政府の物価政策は落第点ですね」。担当者は本音を語った。
食糧新聞の様な話題を連ねたのには訳が有る。岸田内閣の支持率低下に高齢者層の不支持増加を感じるからだ。自民党政権は伝統的に投票率の高い高齢者層への配慮を重視して来た。選挙対策なのは言うまでもない。出生率の低下を背景に時折、少子化対策重視を打ち出し、バランスを取って来たが、小泉純一郎内閣から始まる新保守主義政権では、社会保障費の抑制圧力が強まり、高齢者政策の優先順位は下げられて来た。 象徴的なのが年金制度である。冒頭の高齢女性が言っていた「物価が上がっても年金は下がる」という話である。
実例を見てみよう。
2022年度、物価は上がったが、年金額は21年度比で0・4%減額されている。年金額は前年の物価変動率と、2年度前から4年度前を平均した賃金変動率に応じて決められる。21年度の物価変動率はマイナス0・2%、前3年間の平均賃金変動率はマイナス0・4%だった。下落幅の大きい方を当て嵌めるルールになっているので、マイナス0・4%が適用された。
23年度の年金額は、68歳以上が1・9%増、67歳以下が2・2%増となっている。物価変動率はプラス2・5%だった が、年金額を抑制する「マクロ経済スライド」で調整され、68歳以上で0・6%、67歳以下で0・3%、それぞれ減らされている。「物価が上がっても年金は抑え込まれた」と高齢女性が言っているのはこの事だ。
いずれも、少子高齢化で年金財政を悪化させない為の政策なのだが、年金と貯蓄だけで生活している世帯にとっては「政府のせいで生活が苦しい」と感じてもおかしくない現実が有る。
高齢者の不満をもう1つ。60代の男性会社員だ。
「再任用期間も後僅かになった。体力も気力も有るし、もう少し社会と関わりを持ちたいと、求職活動をしてみたが、ハローワークに出掛けてみても、60歳以上の求職は警備員ぐらいしか無い。怪しげな金融取引等も有ったが、政府機関の仕事斡旋もこの程度なのかと呆れた。元々、政府には期待していないが、労働力不足を口にしながら、労働政策の『ろの字』も感じられない」
内閣支持率の話に戻る。
低目の数字で知られる毎日新聞の世論調査によると、7月の岸田内閣の支持率は28%。前回調査(33%)から5ポイント下落し、2月の調査(26%)以来となる20%台に落ち込んだ。不支持率は65%に及び、前回比で7ポイント上昇した。およそ7割が支持しないと言っているのだ。
読売新聞の調査では、7月の支持率は35%。前回調査から6ポイント下落し、一昨年10月の内閣発足以降で最低となった。不支持率も52%と前回調査(44%)から8ポイント増え、半数を超えている。
両紙共、相次いだマイナンバーカードの不具合を理由に挙げているが、自民党幹部は「マイナンバーカードも含めて、社労政策の弱さが遠因ではないか」と指摘する。
保険証統合延期は愚策か
社労政策とは、社会保障や労働政策の総称である。霞が関で言えば、厚生労働省の所管事項がその大半である。年金や医療保険など国民生活に関わりの深い分野を扱う為、国政選挙への影響も大きく、自民党では伝統的に「社労族」と呼ばれる族議員が力を振るっていた。
事情が変わったのは小泉内閣からだ。小泉政権に始まる新保守政権は「小さな政府」を志向して来た。公共事業は控えめにし、規制緩和による民間活力の浮揚を産業政策の柱に位置付けた。財政規律も重視され、膨らむ一方の社会保障費には厳しい目が向けられた。当然社労族の地位は年々低下した。
自民党中堅が語る。
「保険証を無くし、マイナンバーカードに一本化する話が象徴的だ。主導しているのは総務省やデジタル庁、財務省だろう。税金を取る側の論理だけで動いている。国民とか医療機関の視点が欠如しているから間違える。社労族が元気なら功利主義一辺倒の話には注文が付いた筈だ。日本は国民皆保険なんだから金持ちしか病院に行けない米国とは違う。保険証のボリュームが桁違いだ。外務・防衛畑の岸田首相や河野太郎・デジタル相は、その辺の認識が甘かった」
日本はデジタル後進国だ。政府が音頭を取ってのデジタル化推進は必要な作業なのだが、マイナンバーカードへの保険証統合では、国民皆保険と日本の特殊性への理解が足りない上、社労族の〝ご意見番機能〟も薄いという事の様だ。
保険証の利用頻度が高いのは高齢者である。トラブルに疑心暗鬼となり、マイナンバーカードを返納しているのも高齢者が多いという。「年金を減らされ、医療保険でもトラブルになったらたまらない」という高齢者の気持ちはよく理解出来る。
自民党内には来年秋の保険証との1本化を延期すべきとの声も有ったが、岸田首相は8月4日の記者会見で、当面は現行のスケジュールを維持する考えを強調した。自民党長老は先々の政局も見通した賢明な判断だという。
「延期は自らの過ちを認める事になる。低空飛行の現状で機長が『操縦間違えました』なんて言ったら、信用が失墜するだけ。突っ張るしかない。突っ張れば衆院選の大義にもなるだろうし、与党内へのブラフにもなる。ここは、国民の不満を丁寧に聞きながら、ひたすら辛抱、我慢する時だ」
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