2024年度の薬価改定を巡り、「イノベーション評価」の拡充が焦点に浮上している。政府の今年の「骨太の方針」にも盛り込まれた。薬価抑制策の煽りで国内製薬企業の地盤沈下が進んだ事への反省も踏まえたものだ。
ただ「異次元の少子化対策」の財源として、政府内では薬価削減分を充てる事も想定されている。子育て政策を充実させるには薬価の削減幅を大きくせざるを得なくなり兼ねない。そんな矛盾する状況に厚生労働省は頭を痛めている。
「創薬力強化に向けて、革新的な医薬品、医療機器、再生医療等製品の開発強化、研究開発型のビジネスモデルへの転換促進等を行うため、保険収載時を始めとするイノベーションの適切な評価などの更なる薬価上の措置」を推進する。
政府が6月16日に閣議決定した「骨太の方針」(経済財政運営と改革の基本方針)にはこうした一文が記載された。
その7日前には厚労省の有識者検討会が「革新的医薬品について、(中略)新たなインセンティブを検討すべき」「医療上特に必要な革新的な医薬品については、特許期間中の薬価を維持する仕組みの強化を検討すべき」等と記した報告書をまとめている。又、経済財政諮問会議では民間議員が「新薬の創出企業が収益を上げ、その資金で次の新薬開発が進むという好循環が必要だ」等と訴えていた。
背景には、長く続く薬価抑制策が国内製薬企業の新薬開発意欲を削いでしまっているとの指摘が有る。
他にも要因が有るとは言え、新型コロナウイルスワクチンや治療薬の開発を巡って国内製薬企業は↖欧米勢の後塵を拝した。欧米で承認済みの医薬品の7割は日本で未承認という「ドラッグ・ラグ/ロス」問題も中々解消出来ずにいる。「薬価にメリハリを付け、秀でた製薬企業にインセンティブを与える」事が、薬価改定に於ける厚労省の長年の課題だった。
しかし、風向きが変わったかの様な状況にも製薬業界は半信半疑といったところ。「骨太の方針」決定の3日前に閣議決定された「こども未来戦略方針」では、子育て関連に3・5兆円程度を充てる事と共に、財源については歳出改革を中心に捻出する事が謳われている。
ただ、これまで政府は社会保障費の抑制手段として、薬価削減に大きく頼って来た。昨年度は社会保障費の伸びを2200億円圧縮したが、その73%に相当する1600億円を薬価削減で賄った。原則2年に1度だった薬価改定は21年度から毎年に改められ、価格の圧縮は一層進んでいる。
少子化対策の財源に関し、政府は社会保険料に上乗せして徴収する事も検討している。しかし一方で岸田文雄・首相は「国民に実質的な追加負担は求めない」と宣言している。実現するには、少子化対策で増える保険料を他の社会保障分野を削ってプラスマイナスゼロとしなくてはならない。
更に薬価削減分は、診療報酬「本体」のプラス改定財源としても当てにされて来た。今年末の攻防に向けて日本医師会は物価高騰に見合う報酬引き上げを求めている。少子化対策、社会保障費抑制、診療報酬本体と何もかもが「薬価削減頼み」になり兼ねない中、薬価の操作で製薬業のイノベーション評価を拡充する事は容易でないのが実情だ。
こうした事態を受け、イノベーション評価の拡充が実現するか否かについては厚労省内でも懸念が漏れている。ある幹部は「骨太に書かれた事は大きい」としながらも、「簡単じゃない。実現には、薬価の他の部分等に相当メスを入れないと無理じゃないか」と浮かない顔だ。
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