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未来の会

「日本の技術」が危うい

「日本の技術」が危うい
警視庁公安部が産総研の中国籍研究員を逮捕

日本最大級の公的研究機関である国立研究開発法人「産業技術総合研究所」(産総研、茨城県つくば市)の中国籍の研究員が6月、先端技術の研究データを中国企業に漏洩した不正競争防止法違反(営業秘密の開示)の疑いで警視庁公安部に逮捕された。国の研究機関から重要技術の情報が流出するとは極めて由々しき事態だが、「これは氷山の一角に過ぎない」との指摘は根強い。「日本の研究」が危ない現状を伝えた前号に続き、今号は海外の産業スパイに狙われ放題の「日本の技術」の現状を伝える。

 警視庁に逮捕されたのは、産総研で主任研究員↘を務めていた中国籍の権恒道容疑者(59)。逮捕容疑は2018年4月13日、自身が研究に加わっていた「フッ素化合物」に関する研究データを中国企業にメールで送った疑いだ。警視庁は、このデータが産総研の営業秘密に当たるとして、逮捕に踏み切った。

 権容疑者は02年4月から産総研に勤務し、変圧器等に使われる「絶縁ガス」の製造に用いられるフッ素化合物の合成技術の研究に従事していた。この技術は地球温暖化対策に有効な可能性が有る。データを送った相手は、日本にも代理店が在る中国・北京の化学製品製造会社で、同社はこのメールの約1↘週間後に、権容疑者を開発者として、似た様な内容の特許を出願。その後、特許は認められており、日本の税金を使って行われた最新技術が中国に奪われた形だ。又、同社の日本代理店の代表には権容疑者の妻が就任していた。

 権容疑者はいったい何者なのか。捜査関係者によると、権容疑者は中国人民解放軍と関係が深いとされる「国防7校」の1つである南京理工大学の出身で、産総研に勤務しながら、06年には同じく国防7校の1つである北京理工大学の教授に就任していた。国防7校は、中国人民解放軍と軍事技術開発に関↖する契約を締結し、先端兵器等の開発や製造の一部を行っていると言われている。

 「それだけでは無い。権容疑者は中国のフッ素化学製品製造会社『陝西神光化学工業有限公司』の会長等幾つもの中国企業の役員を務めており、18年1月には、習近平国家主席が出席して開かれた『全国科学技術大会』で『国家科学技術発明2等賞』を受賞した。その際に習氏と握手を交わす写真がホームページに掲載されている」と話すのは、全国紙の社会部記者。「インターネットで名前を検索しただけでも、中国との繋がりが疑われる情報が幾つも出て来るのに、そんな人物を疑いもせず雇い続けていた産総研の危機管理能力は大丈夫か」と、この記者でなくても心配になる。しかも産総研には21年度だけで、633億円もの運営費交付金が投入されているのである。尚、産総研には約2300人の研究員が在籍しており、外国籍は21年度末時点で147人居るという。国籍別に見ると、中国籍が52人で最多だ。

流出した情報は戻って来ないのだが

 スパイ活動そのものを取り締まるスパイ防止法が無い日本が、スパイ天国であるというのは周知の事実。これ迄にも企業の先端技術が国外に持ち出される事件は起きている。20年1月には、ソフトバンク元社員がロシアの外交官の求めに応じて、通信設備構築に関する機密情報を持ち出したとして、不正競争防止法違反の容疑で警視庁に逮捕されている。翌21年には、積水化学工業の元社員が、スマートフォンに用いられる技術の機密情報を中国企業に漏らしたとして同容疑で立件された。だが、情報を流出させた人物に刑事罰を科したところで、一度流出してしまった情報は返って来ない。

 勿論、政府も手をこまねいている訳ではない。「経済安全保障の観点から、政府は機密性の高い技術情報の海外流出対策を強化している。その1つが、『セキュリティー・クリアランス(適格性評価)制度』と呼ばれる仕組みだ」(政府関係者)

 セキュリティー・クリアランス制度とは、政府が保有する安全保障上重要な情報として指定された情報にアクセスする政府職員や民間事業者の従業者等に身辺調査を実施し、信頼性を確認した上でアクセスを認める制度の事。技術流出の未然防止を目的とし、情報漏洩が認められた場合には厳罰を科すのが通例だ。ただ、同制度の導入は未だ検討段階で、関連法案の提出は早くても来年以降となりそうだ。その間も、産業スパイは待ってくれない。警察当局は取り締まりを強化すると同時に、企業や研究機関に助言も行っている。

 ただ、警察当局の取り締まりを巡っては不祥事も起きている。

 「警視庁公安部は20年3月、横浜市の機械製造会社『大川原化工機』が軍事転用可能な機器を無許可で中国に輸出したとして、社長らを逮捕した。5月には、韓国にも同機器を輸出したとして再逮捕。ところがその後、機器が経済産業省の輸出規制に該当しない可能性が浮上し、東京地検が起訴を取り消したのです。社長らは、違法な捜査を受けたとして、国と東京都に損害賠償を求める訴訟を起こし、係争中です」(全国紙記者)

 問題となったのは、食品や医薬品等の製造に使われる、液体を粉末に加工する「噴霧乾燥機」。内部の減菌、または殺菌が出来るタイプは、生物兵器に転用される恐れが有るとして、輸出に経産省の許可が必要だ。しかし、同社製品にその性能は無かった事が、同社社員の実験等により裏付けられた。

 「不正輸出事件を立件出来れば、公安警察にとって大きな成果。一罰百戒にもなると立件に踏み切ったのだろうが……」と警察関係者は理解も示すが、東京地裁で開かれた公判で証言した警視庁の警察官は、捜査が勇み足で行われた事を証言している。

 「真の問題点は、経産省の要件が曖昧な点ではないか。守るべき自国の技術は、身辺調査も素行調査もされる事の無い研究員によって海外に漏洩され、手順に沿って行われた正規の経済活動には不正の疑いが掛かる。そんな事で日本の科学技術は生き残って行けるのか」(経済団体関係者)との声が上がるのは当然だ。

背景には日本人の研究者不足

前号では、日本の研究を支えて来た全国の大学や研究機関の研究者達が使い捨てにされている現状を伝えた。だが、ただでさえ人口減少が進む日本では、収入や雇用の面で不安が大きい研究職に進む若者が減るのは当然だ。文部科学省によると、博士課程の入学者数は03年度をピークに減り続けている。「その結果、研究の現場は人材不足に陥る。それを埋めているのが海外から、特に中国からの留学生なのです」(関西の大学関係者)

 今回逮捕された産総研の研究員の様な中国との関係が色濃く疑われる人物ですら、経産省が所管する国内最大級の研究機関で長年、勤務する事が可能なのだ。「中国人民解放軍関係者が留学生や研究者の身分で日本の大学や研究所に入り込む例は多く、世界的にもその手法に警戒が高まっている。軍と関係の無いただの留学生であっても、軍関係者から巧みに接触を持たれ、祖国の為に働かされる例はいくらでも有る」と全国紙記者は解説する。

 ならば留学生の受け入れをストップすれば良いかと言えば、話はそう簡単ではない。留学生無しで研究現場は回らなくなっているのに、留学生や外国人研究者の受け入れに制限を強めれば、研究自体が成り立たなくなる恐れが有るのだ。

 「結局のところ、日本発の最先端技術を守るには、自国の研究者を育成する必要が有る。一朝一夕で出来る事ではないが、今始めないと事態はどんどん悪化する」と政府関係者。自国研究者の待遇を改善し、雇用の安定を図る。善意を装って接触して来る海外のスパイが居る事を研究者らに啓発する必要も有ろう。科学技術こそ国力だという事を、全国民が理解しなければならない。

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