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第30回「精神医療ダークサイド」最新事情 酷い自殺報道「常用量で死に至る」 

第30回「精神医療ダークサイド」最新事情 酷い自殺報道「常用量で死に至る」 
デマの発信に学会が緊急提言

マスメディアの自殺報道に影響され自殺者が増えることを「ウェルテル効果」と呼ぶ。筆者と同い年だったタレントの岡田有希子が1986年に自殺し、センセーショナルな報道が多数の後追い自殺を誘発させた「ユッコ・シンドローム」は、深刻な社会問題となった。

だが、自殺の事実を伝えないわけにはいかない。全て無かったことにしたら、自殺者を絶望に追い込んだ窮屈な社会はますます劣化する。そこで大事になるのが、何を伝え、何を伝えないかの取捨選択だ。WHO(世界保健機関)は2000年、自殺報道ガイドラインを作成した。

このガイドラインの日本語版は、最新バージョンの『自殺対策を推進するためにメディア関係者に知ってもらいたい基礎知識2017年版』で、厚生労働省のWebサイトからダウンロードできる。「自殺に用いた手段について明確に表現しないこと」「センセーショナルな見出しを使わないこと」「有名人の自殺を報道する際には、特に注意すること」「自殺が発生した現場や場所の詳細を伝えないこと」などを求めている。

昨今のテレビ番組などが、自殺やうつ病などを扱う際に相談窓口の電話番号を伝えるのも、「どこに支援を求めるかについて正しい情報を提供すること」としたこのガイドラインに基づいている。しかし、筆者の周囲にメディアのこうした対応を評価する声は皆無で、「白々しい」「責任逃れ」「こんな情報は誰でも知っている」といった感想ばかりだ。記事や番組の質が低いので反感ばかりが募るのだろう。

コロナ禍でも有名人の自殺が相次ぎ、過剰な報道と後追い自殺が止まらなかった。今年5月には、歌舞伎俳優の市川猿之助容疑者が自殺ほう助の疑いで逮捕される事件が起きて報道が過熱した。厚労省は同月、同ガイドラインの内容を伝える文書「自殺に関する報道にあたってのお願い」を作成したが、一部メディアの暴走は止まらなかった。

業を煮やした日本自殺予防学会の常務理事会が6月、「自殺報道に関する緊急提言」を公表した。厚労省の文書と同じく、同ガイドラインを踏まえた内容だが、実際にあった事例として、次のような驚くべきことが書かれていた。

「服用した向精神薬の具体名をあげ、『常用量でも死に至る』などと致死性に関して誤ったコメントをしたり報道したりすることは、向精神薬による治療を受けている全国約50万人(2020年厚生労働省患者調査)の患者さんに対していたずらに服用の不安を高め、治療や予後に甚大な被害を与える懸念があります。患者さんの安定した治療の妨げとならぬように、責任ある報道を強く求めます」

この事件で使われた向精神薬はベンゾジアゼピン系の睡眠薬フルニトラゼパムとされ、強い催眠作用や依存性がある。米国では販売されておらず、持ち込み禁止薬物に指定されているが、致死量は飲み切れないほど多い。もし、常用量での死亡が相次げば大騒ぎとなり、ベンゾ大国の日本でも販売中止になることくらい医療の素人でも分かる。こんなコメントをそのまま伝えるメディアは、プロ意識どころか常識までも欠落している。

同学会はこの種のデマ報道に関して「生命にかかわる医療上の有害危険情報として、国に報道監視規制を求めます」とも提言している。国による報道規制はあってはならないが、学会が求めたくなる気持ちは痛いほど分かる。


ジャーナリスト:佐藤 光展

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