大手報道機関は主観や分析を加えないストレートニュースが中心
多くの方が「記者クラブ」という名称を聞いた事が有るだろう。日本には約800の記者クラブが有ると言われている。記者クラブはその機能として「公的情報の迅速・的確な報道」「公権力の監視と情報公開の促進」「誘拐報道協定など人命・人権にかかわる取材・報道上の調整」「市民からの情報提供の共同の窓口」が有る。主に中央省庁、国会、地方自治体、業界団体等に置かれている。省庁内に専用の記者室を無償もしくは低額で提供されており、情報を独占的に提供されている。一説には記者室だけでも年間約110億円の負担を免れていると言われる。
記者クラブは報道機関が当番制で幹事社となり運営に当たっている。情報は情報源から幹事社に伝えられ、幹事社から件名、日時、約束事等が記者室のボードに記入され会員に伝えられる。会見の多くは記者クラブの主催となる。記者懇談会やぶら下がり取材(非公式会見)、国会入館証の交付は記者クラブ会員に限る事が多い様だ。
記者クラブの構成員は日本新聞協会や日本民間放送連盟に所属する大手の新聞社やテレビ局の記者が殆どだが、地方議会の記者クラブには地域のケーブルテレビやコミュニティFMも加入している。
記者は記者室に詰めて継続的な報道に主眼を置き、報道内容は基本的に主観や分析を加えないストレートニュースが中心である。公的機関では記者クラブの会員以外への便宜を図る事は稀であり、十分な取材を行えない事が有る。
起源を辿ると大正時代に迄遡る
記者クラブが本格的に結成されて機能し始めたのは大正時代に遡る。取材の自由を昭和初期に掛けて勝ち取って行ったが、この当時は記者が個人的に加入していた。大東亜戦争が始まると1941年に日本新聞連盟が発足し新聞の戦時体制化が取られる様になり、加盟は記者個人から会社単位となった。報道内容は役所の発表をそのまま報道する翼賛クラブに改組された。言わば政権の御用クラブ化して行ったのである。戦後、GHQは記者クラブの解体を迫ったが親睦団体として存続した。しかし、親睦団体とは名ばかりで役所は報道規制や取材制限を求めており現実とは乖離していた。これを受けて78年には記者クラブと役所の相互の啓発という目的も加わった。以降、記者クラブは法的根拠が無いまま日本新聞協会の会員を中心とした大手報道機関や老舗報道機関だけの閉鎖的な団体となり、公的機関の情報へのアクセスを優先的に受けられる組織として既得権益を守っている。
平成に入り記者クラブに対する疑問の声が強まり、2001年には田中康夫・長野県知事(当時)が脱記者クラブ宣言を行い特権を廃止した。09年に政権交代を果たした民主党政権では10年から記者会見のオープン化を図った。外務省や金融庁、法務省、総務省、内閣府の一部(行政刷新会議)、環境省、首相官邸の7府省でオープン化の取り組みが行われたが、その方法や程度は様々だった。狭義のオープン化とフルオープン化を求める勢力がせめぎ合う状況となった。狭義のオープン化とは、例えばインターネット報道協会等を結成して記者会見に参入を図る方法等を指す。フルオープン化は記者クラブ自体を開放してフリーランスの記者も参加出来る様にする事である。
記者会見の多くは記者クラブが主催する事が多く、狭義にオープン化されようがフルオープン化されようが、会見の参加者の審査権や決定権は記者クラブが持っている。よって、はっきりしない理由で参加を拒否されたり、参加出来ても自由に質問が出来なかったりする事が有る。その様な状況を解消する為に金融庁、行政刷新会議(内閣府)、環境省では記者クラブとは無関係の自由な記者会見を開く為に大臣主催の記者会見を行う様になった。現在では前述の省庁を含む14省庁の記者会見にはフリーランスの記者やインターネットメディアの参加が認められているが、会見の主催は記者クラブであり、厳しい参加資格を設ける等の審査を行い、動画撮影禁止など細かい規則や制限を設ける等している。つまり、記者クラブ主催の記者会見は未だに閉鎖的なままである。
日本の報道の自由度ランキングはG7最下位
21年の国境なき記者団が公表した「世界報道自由度ランキング」で日本は世界180カ国中67位。G7の中では最下位である。順位が低い原因は、記者クラブによってフリーランスの記者や外国人記者が差別され続けている事から、報道が民主主義の番人になり得ない状況に在ると毎年指摘されている。併せて、13年に安倍政権時に制定された特定秘密保護法の弊害を指摘している。特定秘密保護法とは安全保障に支障を来す恐れの有る情報を行政機関の長が「特定秘密」に指定し、非公開とする事が出来る法律である。その秘密を漏らした公務員や民間業者は裁判で有罪となった場合、最長で懲役10年の罰則を受ける可能性が有る。国境なき記者団はこの法律が「報道の自由」に制限を加えるものだとして、一貫して批判を続けている。
とは言え、特定秘密保護法は必要な法律であろう。日本には米国の様な諜報機関は無い。言わばスパイ天国である。公務員や議員から国家機密を不当に取得しても取得者に罰則が無い。他国からは秘密を守れない国と思われていた。米国が日本に関わる重要な情報を入手しても、日本はそれを漏洩する可能性が有るので伝える事の出来ない状況に在った。機密情報を同盟国間で共有出来る様にする事は集団的自衛権を強固なものにする為に必要不可欠なものだ。よって、特定秘密保護法と報道の自由とは別問題である。
記者クラブの問題点を次に整理する。①記者クラブの会員が限定して特権的な情報を享受する事、②報道協定が国民の知る権利を規制する可能性が有る事、③取材対象と癒着、一体化する可能性が有る事、④記者の取材力や思考力が劣化する可能性が有る事、⑤メディア同士の馴れ合いや談合が発生する可能性が有る事等が考えられる。①はフリーランスを排除して情報を独占しようとする排他的な行為は公的な機関に於いては不公平であるという事。②は情報の扱いに対して閉鎖的になる事が考えられ、ジャーナリズムによる権力監視が出来ず、逆に権力に飲まれる事もあり得るという弊害。③も②と同様に情報源におもねり、情報を貰う事が常態化し、独自の発想や着眼が無くなる恐れが有るという事。④はストレートニュースを流す事に慣れてしまい、考察したり検証したりする能力が劣化するのではないかと考えられる事。情報に隠された真実を追究する姿勢はジャーナリズムの本務とも言える。⑤はメディア同士が独自に規則を設ける等する事で独自の取材や発信を縛ってしまう事が考えられる。
問題点を鑑みると記者クラブは廃止した方が良いという事になるのかも知れないが、一定の体裁を維持するべきだと思料する。つまり、狭義のオープン化を基本にした開かれた記者クラブの形態を模索するべきではないだろうか。記者クラブの特権を既得権益として残すという事は、報道機関が公的機関の単なる広報に過ぎない存在になる恐れが有る。かと言って、記者クラブをフルオープンにすると会見の秩序が脅かされる可能性が有る。ユーチューバーやブロガー、宗教団体、政治団体、果てはデモ隊迄も押し寄せる事態にならないとも限らない。狭義のオープン化を進める上で、他の参加希望者に対する一定の基準を設定する事が必要であろう。それには中立な外部団体の審査を経る事も大切だ。
記者クラブの会員以外の記者が会見に参加する事で、発信者と記者との馴れ合いを防ぐ事にも繋がる。また、フリージャーナリストが参加する事で、発信者に忖度しない質問が生まれる。不都合な事実が隠蔽される事が腐敗を生む。全ての情報を懐疑し、思慮し、探究する事がジャーナリズムの使命とも言える。付言であるが、公的機関の記者クラブが使用する記者室の家賃や光熱費は地域の賃料相場に合わせて記者クラブが負担するべきである。現状だと公的機関と記者クラブとの馴れ合いの象徴の様に思われても仕方の無い事だ。
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