与党から「政権への打撃になり兼ねない」の声も
マイナンバー制度に絡むトラブルの続出を受け、政府は「マイナンバー情報総点検本部」を設置し、今秋を目途にデータの点検を始めた。更なる不祥事の広がりを防ぎ、マイナンバーカードの普及を予定通り進める狙いが有る。しかし、信頼回復には程遠く、来秋に予定する健康保険証の廃止方針には見直しを求める声が強まっている。
7月5日、健康保険証の廃止撤回を迫る立憲民主党等の求めに応じ、衆院特別委員会の閉会中審査が開かれた。
マイナンバーの公金受取口座に子供の親など家族名義と見られる口座が登録されていた件を巡り、河野太郎・デジタル担当相は「大変申し訳ない。明らかに想像力の欠如と説明不足だったと思う」と謝罪した。だが、野党がトラブルへの対応策をただしても正面から答えず、加藤勝信・厚生労働相は「(保険証廃止の)時期迄にしっかりと一体化を進める」と答弁し、保険証の廃止撤回要求を突っぱねた。
新型コロナウイルス禍は、患者情報の共有を未だファックスや手入力にも頼らざるを得ない日本の「デジタル後進国」振りを曝け出した。巻き返しを目指す岸田政権は、デジタル化による生産性向上という成長戦略を描き、手段の1つとしてマイナカードの普及に目を付けた。
昨年6月にはカードの取得、公金受取口座の申請等でポイントを最大2万円分付与するマイナポイント事業第2弾をスタートさせた。ただ、カードの交付は想定通り進まない。そこで河野氏はマイナカードに保険証機能を組み込む「マイナ保険証」に着目。今の健康保険証を2024年秋に廃止する方針(25年秋迄1年間猶予)の徹底を主導し、本来は任意の筈のマイナカード取得を事実上強制化した。
カードの普及に向けてアメとムチを繰り出した結果、交付は9000万枚を超え、交付率は8割近くに達した。その過程では誤交付もちらほら見つかっていたものの、カードの普及を最優先する政府内では「移行期にありがちなミス」と重く受け止められないままだった。
他人の顔でも認証出来る杜撰さ露呈
しかしその後、推移は悪化の一途を辿る。国による「2万円分のポイント」付与を目当てとしたマイナカードの申請に多くの住民が自治体に押し寄せ、窓口は大混雑した。その結果、共有パソコン端末での「ログアウト忘れ」が頻発。前の人の口座情報が次の人に誤登録され、公金受取口座が家族名義含め別人のものになるミスが約13万件見つかった。総務省は昨年7月にはこの問題を把握し、自治体に注意を促す通知を複数回出している。それでも自治体側は人手不足等が祟り、対応出来無い所が少なく無かった。これとは別に、別人の診療情報が紐付けられる例も約7400件起きている。又、マイナ保険証をカードリーダーにかざした時に無効とされ、医療費の10割全額を請求される例も続出した。一方で、別人の顔を本人と認識してしまう例も発生している。今になって政府内からは「普及にばかり目が行き、明らかに性急過ぎた」(厚労省幹部)との反省の声が漏れて来る。
全国保険医団体連合会は6月、マイナ保険証を使える医療機関(41都道府県の8437カ所)の65%がシステムトラブルを経験している、との集計結果を公表した。本来有効な保険証が「無効」「該当なし」と判定されるケースが多く、保険資格を確認出来ず医療費を全額請求したケースは38都道府県で1291件有ったという。
当初、G7広島サミット後にも衆院の解散を視野に入れていた首相だが、見送らざるを得なかった。マイナンバー問題は内閣支持率の低下要因となっている。焦燥感に駆られた岸田文雄・首相は急遽、関係省庁で作る「マイナンバー情報総点検本部」(本部長・河野デジタル担当相)の設置を表明。6月21日の初会合で「デジタル社会への移行には国民の信頼が不可欠だ」と述べ、マイナカードを使ってオンラインで行政手続きが出来るサイト「マイナポータル」で閲覧可能なデータを今年の秋迄を目途に総点検するよう河野氏に指示した。
その河野氏は続出するトラブルについて「マイナンバー、マイナンバーカードの仕組み自体に起因するものは1つも無い」と強調している。紐付けの誤りは自治体職員のミス、コンビニでの住民票等の誤交付はシステム開発会社のミスで「国に瑕疵は無い」と言わんばかり。総務省に自治体との連絡を担う職員を配置して総点検を乗り切る意向だ。
それでも、他人の口座を公金受取口座として登録出来る様にした設計に国の責任は無いのか、トラブルを放置して傷を広げたのは誰なのか——。「自らの責任は棚上げし、人海戦術でやれと言うんですか」(東京都内の自治体職員)等、国の姿勢に振り回されて来た自治体側には反発も出ている。
日本でのマイナカードの交付開始は16年1月。翌年11月にはマイナポータルの本格運用が始まった。それから約6年。「デジタル後進国」の汚名を雪ぐべく、政府は突貫作業を進めて来た。
確かに、診療情報をマイナカードに紐付ける事1つ取っても、自分の治療に関するデータを異なる医療機関や薬局で共有出来る様になったり、問診票への記載が不要になる他、薬の重複投与を防ぐ事も出来る。確定申告時の医療費の計算も格段に楽になる。
とは言え、厚労省がマイナ保険証の利用実態調査(6月21日公表)でマイナ保険証の利用者にメリットを聞いた所、56・5%が「特になし」と回答した。普及を強引且つ拙速に進めた結果、マイナカードの利点が十分伝わっていない事が窺われる。
国連の「電子政府ランキング2022」で1位のデンマークは「CPR」番号と呼ばれる個人識別番号の開始(1968年)から40年近く掛け、日本のマイナポータルに当たる仕組みを構築した。人口で見るとデンマークは日本の約20分の1。世界人口ランキング11位、1億2000万人の「皆保険」の日本で、来秋の保険証廃止迄に今回の騒動を収める事が出来る見通しは有るのだろうか。マイナポータルは全部で29分野有り、その内年金、医療、生活保護等21分野を厚労省が受け持つ。各情報の紐付けは手作業中心だっただけに、同省幹部は「新たなミスが次々見つからないか」と戦々恐々としている。
来秋に保険証を廃止する政府方針には、与党からも異論が出ている。自民党の山口俊一・衆院議院運営委員長は6月21日、記者団に「ちょっと乱暴だ。(一定期間は)マイナカードに一元化せず保険証と両方使えてもいいのではないか。諸外国はものすごい時間を掛けている」と述べ、更に「信頼が無いとだめ。『誰一人取り残さない』という(マイナカードの)キャッチフレーズが泣きますよね」と政府を批判した。同28日の同党厚労部会では情報漏洩を懸念して増えつつあるマイナカードの返納が話題となり、「年金記録漏れ問題に似て来た。政権への打撃になりかねない」といった不安の声が相次いだ。
混乱の収束見えず自治体から不満が噴出
点検を強いられる自治体からも不満が噴き出している。東京都多摩市の阿部裕行・市長は同29日、介護施設等の単身入所者のカード作成は難しい上、保険証の代わりに発行される「資格確認書」も寝たきりの人は対応出来無いとして、「国はいったん立ち止まるべきだ」と注文を付けた。又、マイナカード推進派として知られる宮城県の村井嘉浩・知事でさえ、同26日の記者会見では「国民が不安に思っている以上は丁寧な対応が必要。国民の声をよく聞いて、スタートする時期をよく考えて欲しい」と語った。
そもそも岸田首相も総点検本部初会合後の記者会見で、「全面廃止は国民の不安払拭の為の措置が完了する事が大前提だ」と述べ、保険証の廃止延期に含みを持たせている。2年後も混乱が完全に収まっていない恐れを否定し切れなかったのだ。
ある自民党幹部はマイナ保険証と今の健康保険証を併用出来る期間が必要とした上で、こう口にした。「総点検で致命的なミスが出て来るかも知れない。そうなった時には政府方針もアウトだろう」。デジタル庁のレベルアップが必須だ。
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