ゲノム医療が本格化するムードが高まる中、政府は6月16日、「良質かつ適切なゲノム医療を国民が安心して受けられるようにするための施策の総合的かつ計画的な推進に関する法律」を公布した。法的基盤が築かれた事により、ゲノム情報を活用した先進医療の一層の発展が期待される。一方、超高齢社会では、複数の併存疾患や合併症に対応する為の領域横断的医療が求められている。活発な他科連携が行われている虎の門病院の門脇孝院長に、今後の医療の進むべき方向性を示して頂いた。
——第31回日本医学会総会は大変盛況でした。準備委員長として困難も多かったと思います。
門脇 コロナ禍で開催出来るかどうかが心配されましたが、5月8日から新型コロナウイルス感染症が5類に移行する事が決定していましたので、現地開催とライブ配信を組み合わせたハイブリッド開催という形で実施出来た事はとても良かったと思います。学術集会には有料会員から学生迄を含めて約4万人、学術展示には現地とWebの参加者を合わせて約53万人に参加頂きました。参加者の数だけを見ても、医学会総会史上最大となり、準備委員長として4年間走り続け、ようやく肩の荷が下りた思いで安堵しているところです。
——特に注力された事、全体的な評価についてお聞かせ下さい。
門脇 今回はメインテーマとして「ビッグデータが拓く未来の医学と医療〜豊かな人生100年時代を求めて〜」を掲げ、領域横断的なテーマを取り上げました。更に、新しい医学会総会の形を築く為に、「ダイバーシティ」「若手」をキーワードとして企画を行いました。先ずはダイバーシティ推進委員会を立ち上げ、最終的に学術プログラムの女性座長・演者の比率を26.7%、市民向けセッションの座長・演者の比率を36.1%と、これ迄の2倍以上の数に増やす事が出来ました。特別講演の1つには視覚障害をお持ちのIBMフェロー・浅川智恵子さんをお招きし、素
晴らしいお話を頂きました。もう1つは「U40」と言って、40歳未満の若手グループを作り、10以上の企画を出しました。どれも高い評価が得られ、若手研究者の活躍の場を提供出来た事は、未来に向けて大きな意義が有ったと思います。それだけでなく、博覧会(市民展示)では大勢の方にご参加頂き、COVID-19の企画を始めとする学術集会の講演やシンポジウムの一部も一般に開放しました。これからは患者さんのニーズに応えられる医学・医療を目指して行かなければなりません。医師・研究者と市民との距離が近付き、研究開発への市民参画の在り方を提起出来たのではないかと思っています。
142学会を統合する医学会総会はより重要に
——昨年で日本医学会が創立120周年を迎えました。今日の日本医学会総会の意義についてのお考えは。
門脇 医学・医療は専門分化し、現在142の学会に分かれて学会活動、研究活動、啓発活動が行われています。しかし、超高齢社会に於いて患者さんは、1つの病気だけではなく、複数或いは多数の病気を抱えています。そうなると、1つの専門領域のみから患者さんを診るのではなく、患者さん自身や病気の全体像を診る事が必要になります。基礎医学、臨床医学(内科系と外科系)、社会医学が分野を超えてディスカッションされる事で、初めて患者中心の先進的医療が実現するものだと思います。142学会が連携し、融合し、近未来の医学・医療の在り方を提示出来る場は、医学会総会の他には有りません。専門性の追求は勿論大事な事ですが、全ての専門分野を俯瞰して見る事も大切です。専門分化が進めば進む程、これらを統合する場としての医学会総会の意義は、更に大きくなって行くと思います。
——現在、日本医学会と日本医学会連合が併存しています。今後のそれぞれの方向性をお聞かせ下さい。
門脇 日本医学会は1902年に日本聯合医学会として創立され、4年毎に医学会総会を開催する自主独立の組織として宣伝活動をして来ました。戦後間も無い47年に日本医師会が社団法人として再出発した時、GHQが医師会に学術的な機能を持たせる必要が有るとした事から、日本医学会が日本医師会に合流し、医師会の定款に「日本医師会に、日本医学会を置く」と記載されました。2006年には故・髙久史麿先生の指揮の下で医学会の在り方を見直す動きが始まり、11年に当時の日本医師会長から日本医学会の部分を法人化して独立する方向について前向きの回答が出されました。しかし、13年に日本医師会が公益社団法人となり、法人の中に別の法人を持つ事が難しい為、14年に「日本医学会連合」の名称で法人化する事になりました。日本医学会と日本医学会連合では組織が異なりますが、実はそれらの役員は兼ねる様にしていますので、会長、副会長、理事(日本医学会では幹事)は基本的に同じメンバーです。日本医学会連合は142学会が集まった学術団体です。大学や市中の基幹病院が中心ですので、開業医を含む日本医師会の立場とは少し異なります。例えば、勤務医の働き方改革の問題等は、日本医学会連合で扱います。一方、日本医学会は日本医学会総会やシンポジウムの開催等を通した学術的な活動や市民に向けた啓発活動、賞の顕彰等を担うという様に、それぞれ役割分担をして活動しています。
——日本医師会や日本看護協会の様に、日本医学会連合も政治連盟を持つ事になるのでしょうか。
門脇 それは有りません。やはり学術団体というのは不偏不党、政治的に中立でなければなりませんので、日本医師会とは立場が違います。戦前のアカデミアがその機能を十分に発揮出来なかったのは、政治からの独立が出来ていなかった事によります。学術団体は学問の自由を大事にし、大学や研究機関は国や政治からの独立を守るべきであり、これを担って行くのが日本医学会連合ではないでしょうか。
差別・偏見の無い社会が医療の発展の前提に
——糖尿病の患者さんが増加しています。やはり生活習慣の要因が大きいのでしょうか?
門脇 16年に1000万人だった糖尿病患者は、19年には1150万人に増えました。糖尿病は50%が遺伝因子、50%が環境因子によって起こります。私達が行った研究で日本人の2型糖尿病患者さんが持つ遺伝子が初めて分かる様になり、今は30%位が明らかになっています。日本人は糖尿病になり易い遺伝子、特にインスリンが分泌され難くなる遺伝子を多く持っています。日本人の中で糖尿病になり易い人からなり難い人を10等分に層別化してポリジェニックリスクスコア(PRS)を計算すると、8倍位の差が有りました。しかし、遺伝的なリスクが高い場合でも、健康的な食事と運動により糖尿病の発症を4分の1位まで予防出来る事がこれ迄の研究で分かっています。一方、環境因子は生活習慣が原因だと言われています。ただ、これは決して自己責任では有りません。社会的弱者や経済的弱者は健康的な生活習慣を行う事が出来ない傾向が有り、時間が無いが為にファストフードに走り易く、経済的に貧困だからこそ高カロリー・高脂肪・高糖質なものを出来るだけ安価に求める食生活に陥りがちです。そういう意味では、社会的・経済的弱者が健康弱者であり、実際には社会環境要因が多くなっています。
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