「死亡数」戦後最多を更新、合計特殊出生率は過去最低
6月2日に厚生労働省から公表された人口動態統計は「2つ」の注目されるべき数字が公表された。先ずは既に各メディアに大きく報道されたが、合計特殊出生率が「1・26」と過去最低と並んだ事だ。もう1つが死亡数で、戦後最多を大きく更新し、156万8961人になった。前年度からの増加幅は「12万9105人」と倍増した。
合計特殊出生率は、1人の女性が生涯に産む子供の数を示す。人口を維持するには、2・06〜07が必要とされ、昨年は1・30だった。データの有る1947年以降では、2005年と並んで過去最低の水準になった。政府は国民に実施した意識調査の結果、15年に「希望出生率1・8」という数値目標を掲げているが遠く及ばない。実際に生まれた日本人の子供は77万747人で、こちらも統計を始めた1899年以降で最少だった。
都道府県別の出生率は、東京が1・04で一番低かった。宮城(1・09)や北海道(1・12)、埼玉・神奈川(共に1・17)、千葉(1・18)と続いた。一番高かったのは、沖縄の1・70だ。宮崎(1・63)、鳥取(1・60)、長崎(1・57)、鹿児島(1・54)と「西高東低」の構図に変わりは無い。沖縄は1・70と高いものの、フランスの1・84(21年)には及ばず、アメリカの1・66(21年)とほぼ同水準だ。
ここ迄落ち込んだのは、年間出生数が200万人を超え「第2次ベビーブーム」と言われた1970年代前半生まれの団塊ジュニアの「出産適齢期」がほぼ終わった事に加え、20年から始まった新型コロナウイルスの世界的な流行で婚姻数が急減したのが拍車を掛けた。緊急事態宣言等の行動制限で出会いが減った事に加え、経済状況が上向かずに若者の賃金が増えていない状況も影響していると見られる。
婚姻数はコロナ前の19年と22年を比べると、約9万4000組減少し、50万4878組になっている。日本では婚姻と出生はリンクしているとされ、出生率にも影響が有ったと見る向きは多い。国立社会保障・人口問題研究所(社人研)の「出生動向基本調査」(21年)では、18〜34歳の独身者の内、「結婚したら子どもを持つべきだ」と考える女性は36・6%、男性は55・0%で、15年の前回調査から急減している。結婚しても子供を持たないという価値観も広がっている。
こうした状況を裏付ける様に、出生率は想定を超える速度で低下している。日本人の出生数は15年迄100万人を超えていた為、2割程度減っている計算になる。社人研が17年に示した将来推計人口では、中位推計で22年の出生率を1・42、出生数を85万4000人と見ていた。想定よりも出生率で0・16、出生数で8万人少ない。
現役世代の先細りは、社会保障制度へも大きな影響を及ぼす。健康保険組合連合会が22年度にまとめた推計だと、健保組合の加入者1人当たりの保険料は、40年度に45万円前後と、19年度の約25万円から8割以上増えるという。公的な医療保険制度の支え手が減るのに、利用する人が増え続けて行くという構図が加速し兼ねない。年金や介護にも同様の事が当て嵌まる。
「こども未来戦略方針」効果を疑問視する声
人口動態統計の公表を受け、松野博一・官房長官は6月2日の記者会見で「少子化の進行は危機的な状況で、日本の静かなる有事として認識すべきだ。日本の社会機能の維持にも関わる待った無しの先送り出来ない課題だ」と指摘したが、政府の危機感は今一つだ。
政府は人口動態統計の公表に先立つ1日に、児童手当の拡充等を重点政策に盛り込んだ「こども未来戦略方針」の素案を発表している。小倉將信・少子化担当大臣は「経済的な負担の解消は間違い無く少子化に資する。全ての子供に支援を行う意味でも意義を持つ」と訴えた。
しかし、効果を疑問視する向きは少なくない。こども未来戦略方針は、第3子以降の支給額を増額する等の児童手当の拡充を目玉としているが、現金給付が出生率の改善に大きな影響を及ぼすとは世界的に見ても考えられていないからだ。政府関係者は「海外の事例等から政府内の検討でも、児童手当を引き上げても出生率に大きなインパクトをもたらさないと見ていた。ただ、衛藤晟一・元少子化担当大臣や主導権を握りたい茂木敏充・自民党幹事長の影響で、所得制限の撤廃や児童手当の加算がメディアを賑わし、児童手当の拡充が中心政策に躍り出た」と明かす。
「異次元の少子化対策」には冷めた目線
「何を今更」というのが世間の反応だろう。人口のボリュームゾーンだった団塊ジュニア世代がバブル崩壊後の就職氷河期に苦しみ、経済的に困窮し、未婚化や晩婚化が加速した。こうした時に政策的な対応はしたものの、政治的には大きく取り上げなかった。こうした過去の経緯が今日の少子化に繋がっており、その経緯を無視した様な政権の掲げる「異次元の少子化対策」には冷めた視線が注がれている。
自民党の閣僚経験者はこう吐き捨てる。「岸田文雄・首相も茂木幹事長も少子化対策に熱心だなんて聞いた事が無い。人気取りの為にやっているに過ぎない」
一方の死亡数だが、こちらも新型コロナの影響が大きい。高齢化の進展による死亡数は増加の一途を辿って来たが、前年からの増加幅に着目すると分かりやすい。22年の増加幅は12万9105人と戦後初めて10万人を超えた。21年の増加幅は6万7101人だった為、22年は倍増に近い程跳ね上がっている。
新型コロナによる死亡は、4万7635人で、前年の1万6766人から増えてはいるものの、倍増近くに及んだ増加幅の説明はし難い。
そこで国立感染症研究所が公表している「超過死亡」に着目すれば一目瞭然だ。超過死亡は、新型コロナの流行がなかったと想定した死亡数の推計値と、実際の死亡数の差を示すが、22年は最少5万696人〜最大11万8959人と分析しているからだ。コロナに感染したり、自宅にこもりっきりで衰弱したりした高齢者が寿命を早く迎えた可能性が有る。
今回の人口動態統計で注目すべきなのが、死因の変化だ。老衰が大きく増え、順位は3位と変わらないが、割合が11・4%迄伸びている。死因は、がんが24・6%(38万5787人)と最多で、心疾患14・8%(23万2879人)に次いで老衰だ。22年に老衰で死亡したのは、17万9524人に上る。
老衰が増えているのも新型コロナの影響だろう。介護保険の導入等で在宅での看取りが一般化して来たのも有るが、コロナ禍で医療へのアクセスが制限され、自宅で息を引き取ったケースの増加が考えられる。
新型コロナが出生にも死亡にも大きく影響を及ぼした事が改めて浮き彫りになる人口動態統計だった。出生数の減少傾向は、今年に入っても歯止めが掛からない状況が続く。1〜3月の外国人を含めた速報値では、前年同期比でマイナス5・1%、婚姻数もマイナス14・2%と一層減っている。超過死亡は一時的な現象で5年や10年単位で見れば平準化する可能性は有るが、出生数は今後も減り続ける恐れも有るだけに、事態はより深刻と言えよう。日本の社会や経済の活力を維持出来るか瀬戸際に在る。出産や子育てを担う若者の経済不安を取り除く為の対策が急がれるが、少子化対策に近道は無い。残された時間は無いに等しい筈だ。
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