精神科医療はどう在るべきか
患者への暴行容疑で看護師が逮捕された東京都八王子市の精神科病院「滝山病院」に、東京都は4月25日、精神保健福祉法と医療法に基づき改善命令を出した。医療法に基づく改善命令が出たのは初めてで、改めて病院の非道性が露わになった。
ただ、都は同院で虐待が行われているとの通報を受けて数回の立ち入り検査を行っていたにも拘わらず、問題が発覚する迄虐待行為を見抜けなかった。又、多くの証言が出ているにも拘わらず、職員アンケートから都が認定出来た虐待行為は僅か2件。過去の例を見ても行政が精神科の医療現場を正しく監督する姿勢の欠如は明白だ。更に、京都大学病院の精神科では入院患者が病院を抜け出して自殺した責任を問われ、2800万円の賠償を求められる判決が出た。精神科医療の現場に、世の中から厳しい目が注がれている。
滝山病院の非道さが知られる様になったのは、NHKが今年2月、独自ニュースとして看護職員の暴言や暴行の映像を流した事が切っ掛けだ。元職員らから次々と信じ難い看護が行われていたとの証言や内部映像が出た。
「『しゃべるな』『口の利き方に気を付けろ』等、看護職員が患者に話しているとは思えない口調に加え、叩いたり殴ったりする様子が映っている映像も有り、社会に衝撃を与えた。警視庁は患者に暴行したとして男性看護師を逮捕したが、病院では複数の職員による暴力や暴言が恒常的に行われていたと見られる」(全国紙記者)
精神科病院という閉ざされた世界で行われていた行為の悲惨さも勿論の事ながら、「極め付けは、同病院の朝倉重延院長が以前、別の精神科病院で院長を務め、そこでも処分を受けていた事だ」(同)。二度と現場に戻って来てはならない人物が、あっさりと現場に復帰していた訳で、何故そんな事が可能だったのか。そこには、それを許す理由が有るのだろう。
同様の事件が繰り返される結果に
「朝倉医師が院長を務めていた病院で起きた朝倉病院事件は、我々にもとても衝撃的な事件でした」と振り返るのは、都内の精神科病院に勤務経験が有るクリニック医師だ。埼玉県庄和町(現在の春日部市)に在った朝倉病院(242床)で、入院患者が不必要な医療を受けているとの報道が有ったのは2000年。この病院で、口から栄養を取れない人に行われる中心静脈栄養(IVH)を必要が無い患者に行ったり、胃カメラやCT等の検査を実際は行っていないのに行った様にカルテに書き込み、診療報酬を不正に受け取ったりしていた事実が発覚した。
「同病院は精神科と内科を掲げており、生活保護受給者や身寄りの無い高齢者等を精神科の病床で受け入れていた。1996年頃から、不要なIVHを行っている、やってもいない検査をやった事にして診療報酬を過大請求している等の情報が元看護師から埼玉県等に寄せられ、00年に県等が実態調査を行い、不正が発覚した」(同医師)。調査の過程で、不要な身体拘束を行っていた事例等も確認され、埼玉県は複数回の改善命令を出している。
身体拘束に過剰医療……と精神疾患を患う患者に対する十分過ぎる人権侵害が認められた訳だが、朝倉院長が厚生労働省から処分を受けたのは、約2700万円の診療報酬の不正請求についてのみ。同院は保険医療機関の指定を取り消され、朝倉院長も保険医指定取り消しの行政処分を受けたが、医師免許の取り消し等はされなかった。
「その後、朝倉氏がどこで何をしていたかは知らなかったので、今回の事件で再びその名前を聞いて、又院長をしていたのかととても驚きました」と前出の精神科医は明かす。当の朝倉氏は、民間の精神科病院で作る「日本精神科病院協会」が事件を受けて行った聴取に対し、「寝耳に水だ」と職員の暴行への関与を否定。再び院長を務める事になった経緯についても、「家族内になり手がおらず、話し合いの結果、やむを得ず院長になった」と説明したという。
一方、滝山病院の複数の関係者は「朝倉院長の方針で(暴行が)行われて来た」と証言。内部の様子を映したとされるNHKの映像でも、朝倉院長が患者について「又一人逝っちゃったな」「しょうがないんだよな」等と発言する様子が映っており、これには前出の精神科クリニックの医師も「少なくとも、精神疾患を抱える患者に真摯に向き合っていたとは思えない」と呆れる。ついでに、インターネットでは、取材カメラを向けられた朝倉院長が高級スポーツカーに乗っていた事に怒りの声も寄せられている。
「同院では多くの患者が死亡しており、今回の報道でもその死亡率の高さが問題となった。患者の家族からは、遺体に痣が有ったり酷い床擦れが放置されていたりしていたとの証言が寄せられており、満足な医療が提供されていなかったと推察される」と全国紙記者。他に入院させてもらえる医療機関が無く、やむを得ず滝山病院に預けたという家族、そもそも家族と疎遠だったり家族が居なかったりする患者も少なからず居ると考えられ、発覚したり証言が出ているのは氷山の一角だろう。
医療者だけでは防ぐのが難しい事故も
では、精神科の医療はどう在るべきなのか。その答えは中々難しい。或る精神科医師は、「精神疾患を抱える患者が医療機関に繋がり、治療を受ける必要が有る事は論をまたない。ただ、どこ迄を医療機関任せにするかの線引きは難しい」と苦渋の表情を浮かべる。
例えば、滝山病院事件と時期を同じくして報道された1つの裁判の判決は、病院側に重い責任を求めるものだった。それが、京都大病院(京都市左京区)の精神科に入院していた男性=当時(43歳)=が病院を抜け出して自殺したのは医師らが防止措置を怠った為として、遺族が大学に損害賠償を求めた裁判だ。京都地裁は、病院側の過失を一定程度認める判決を出した。
「患者は鬱病が悪化した為、18年10月に同病院に医療保護入院した。11月5日、男性は院内で付き添いの医師2人が目を離した際に1人でトイレに行き、窓から抜け出して外に出てしまった。5日後、琵琶湖(滋賀県)で男性の遺体が発見され、自殺と判断された」(社会部記者)
遺族は医師らが自殺を防止する義務を怠ったとして、大学側に約9300万円の損害賠償を求めて提訴。4月26日に開かれた判決公判で池町知佐子裁判長は、大学側に約2800万円の支払いを命じた。
「医療保護入院は、一般的な入院と異なり、主治医が必要と判断すれば本人の同意が無くても家族の同意で入院させる事が出来る制度。直ぐに入院させないと自傷他害の恐れが有る措置入院に比べれば、患者の状態が良い場合に使われる。とは言え通常の入院とは違うので、細心の注意が必要な事は変わり無い」と精神科を持つ或る病院関係者は解説する。この関係者は「うちの病院の精神科病棟は外に出られない様トイレに窓は無く、その他の場所も窓は開けられない様になっている。信頼して病院に預けただろう家族の気持ちを思うといたたまれないが、とは言えトイレの個室の中まで付いて行く事も難しいので、自分でも防げたかどうか」と双方に理解を示す。
より良い精神科医療はどう在るべきか。病院任せで良いのか。社会で出来る事は何か。医療関係者だけでなく、社会全体で考えて行く必要があろう。もっとイタリアに学ぶ事が有るのではないか。
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