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未来の会

第94回 「日本の医療」を展望する世界目線 医師が組織に属するということ ⑧

第94回 「日本の医療」を展望する世界目線 医師が組織に属するということ ⑧
企業の感覚の変化

これまで述べてきたように企業の感覚もだいぶ変わってきた。ただ、改めて考えてみると企業が行っていることは本当に世の中のためになっているのだろうか、という疑問が湧いてくる方もいるかもしれない。少し古い話であるが、企業がモノやサービスを販売していることが世の中のためになっているか考えてみよう。

交換の歴史と生産性のための「分業」

実は「交換」という言葉がキーワードである。人は、「交換」をすることで満足を得る。すべてのモノを1人で生産することができない以上、他人が作ったモノを入手することが必要になり、またそうしようとする。そして、そのモノを入手して満足する。つまり、人々の幸せにとって「交換」の意味は大きい。それでは、適切な「交換」を行うのにはどうすればいいのか。

そもそも私たちの欲望というものには限りがない。だから、以前は、いろいろなモノを生産しさえすれば売れた。しかしながら、現況において消費が低迷している以上、そういう時代は終わったということになる。だがそれは、私たちに欲しいモノがなくなったということではない。むしろ、生産したモノが売れないことや、生産されたモノに欲しいモノがないということが問題である。

実は、こうした事態に至ってしまったことには大きな意味がある。ここで少しそのことを考えてみたい。昔は、生産が消費に追いつかなかった。それはどういうことか? ヒトが、モノを自給自足で生産していた場合を考えてみよう。そうした時代には、そもそもそんなにたくさんのモノを作ることができない。結果、生産物である商品の取り合いに発展する。奪い合いの歴史、といってもいいかもしれない。また、土地などはモノを作るのに欠くことができないもので、かつ生産ができない。したがって、モノを生産するための土地の奪い合いが戦争になったとも言える。

それでは、どうやって生産を増やしたらいいのか? この「生産性」の問題が、人類にとって大きなテーマであった。

ここに1つの回答が示される。その方法は、分業である。経済学者のアダム・スミスは、モノを作る際に、最初から最後までの全工程を1人が行うよりも、ピンを打つのはAさん、その後に機械をはめ込むのはBさん、というやり方をしたほうが、ずっと生産の効率がよいということを指摘した。これが分業の考え方である。

ニーズの把握と流通の場の確保

ところで、モノを作るための、たとえば工場のラインのようなものでは、ピンを打った後に機械をはめ込むといった順序があるので、互いの仕事が違っていても問題はない。だが、歌手や洋服店といった異なる業種の場合はどうだろうか? 確かに歌手は、歌をどんどん歌ってみせる、洋服店はどんどん服を作る、パン屋であればどんどんパンを作る。そうすればそれぞれの商品の生産効率自体はよいと言える。しかし、個々が多く作りすぎては結局無駄になるという問題が生じる。この場合、自分の作り出すモノを欲している層に向けて商品を生産することがポイントになる。

次に考えなければならないのは、流通である。パン屋が作り出したパンも洋服店が作った洋服も、どちらも必要なものだ。だが入手するには、そのための場がなければならない。それが市場になる。経済学では、「市場」をシジョウと読むが、ここではむしろイチバと考えたほうがいい。現代でも、イスラム圏や発展途上国で多く見られる、屋台なんかを広場でやっている、イチバのことである。

でもこのイチバで物々交換をすればいいのか、というとそうでもない。パン屋が洋服を手にするには、自分が生産し持っているパンと、洋服店の洋服を「交換」するわけだが、このためには基準がいる。それが互いの商品の価格だろうし、そこで必要になってくるのが貨幣である。

こうして市場が形成され、生産力が向上した現代では、基本的にはお金(貨幣)を出せばさまざまなモノが入手できる。そして、人は価値を見出したモノにお金を払い、「交換」によってそれを手に入れるのである。モノの知覚価値(消費者が商品に対して抱く総合的な価値判断)が支払価値を上回るときに交換が起きる。したがって企業は知覚価値が高くなるように努力する。

パーパス経営に象徴される企業の変化

このように、交換を促進することで企業は社会に貢献する。しかし、企業の難しいところは、医療機関と違い、行為が全て世の中の為になるわけでないところである。わかりやすい例を自動車産業で考えてみよう。自動車は人々にとって便利で、なくてはならないものかもしれない。しかし同時に、一酸化炭素(CO)、窒素酸化物(NOx)等の有害物を排出してしまうという矛盾がある。

最近ではパーパス経営という考え方が出てきた。パーパス経営とは「社会に対してどのような存在意義を示し、どのように貢献するのか」という「パーパス(目的、意図、意義)」を重視するという考え方である。  

実は、パーパス経営には様々な定義がある。ただ、根底で共通するのは社会における自社の存在意義を考えるという点である。例として花王株式会社がよく挙げられる。花王のパーパスは「豊かな共生世界の実現」というメッセージであるが、このように社会への貢献が重視されるようになった理由としては、近年の消費者あるいは生活者の考え方の変化が挙げられる。人や社会・環境あるいは地域に配慮している企業が、より選ばれるようになってきたという面があるからである。

特に、この連載でも触れたZ世代が消費の中心になってくると、SNSを重視して共感できるかどうかで購入を決める場合がある。メッセージを発信することは、訴求の1つの方策とも言える。この考え方は組織の構成員1人1人にも波及し、「人を大事にする組織」を謳う企業も増えてきている。

理念とパーパス

ここで、パーパスと病院が掲げる理念とは何がどう違うのかという疑問を持たれる方も多いであろう。簡単に言えば下記のような差になる。

・パーパス(Purpose)
 社会、世界、環境の観点から考えた自社の存在意義
・経営理念・ミッション(Mission)
 企業の事業として成し遂げるべきこと、存在意義
・経営方針・ビジョン(Vision)
 企業の理想の姿や将来像
・行動指針・バリュー(Value)
 企業として重視する価値観、行動基準
 つまり、パーパスは経営理念に近いが、加えて社会性を重視しているのである。

まとめ

 今回見て来たように、企業も社会貢献を重視するようになってきている。そんな中で、企業の人に対する考え方も変化している。次回はそのことを考えてみよう。

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