公的支援縮小で、自衛による地道な感染対策が中心に
新型コロナウイルスの出現から3年以上が経過した5月8日、ようやく感染症法上の分類がインフルエンザと同等の「5類」に引き下げられた。感染者数の全数把握も無くなり、感染しても外出を控えるかどうか等、対策は個人の判断に委ねられる事になった。当初よりも弱毒化したとは言え、新型コロナウイルスの脅威が完全に消え去った訳ではない。今後の焦点は、新型コロナの流行を察知し、機動的な対策が打てるのかという点に移る。
新型コロナウイルスが感染症法上の「2類相当」から「5類」になる事で、大きく変わるのが感染状況の把握の方法だ。3年余りに亘って毎日続いて来た感染者数の「全数把握」による発表が終了し、流行状況の把握が指定された医療機関からの「定点把握」に変わる。この定点把握も毎週金曜に厚生労働省が発表する形に変更される。全数把握の最終日となった5月7日の感染者数は全国で9310人。昨年夏に記録した第7波のピークは25万人を超えたが、当時に比べると感染はかなり落ち着いた状況と言える。
感染状況の把握は十分なのかについては、専門家の議論をリードして来た西浦博・京都大教授(理論疫学)は5月4日の毎日新聞ウェブ版の記事で「データの取得やリスク評価の体制は大きく変わる」と断言している。既存のデータを駆使して医療の逼迫度合いを測定したり、独自のシステムを構築して感染状況の波を従来の様に再現する事は可能だという。
医療逼迫度を測るのに西浦氏が具体的に挙げているのが、総務省が発表している救急搬送困難事案の件数や、救急搬送を医療機関に5件断られたら指定した医療機関に搬送する「東京ルール」の適用件数だ。西浦氏は取材に「救急医療がどれだけ切迫し、直ぐに入院しないといけない人達が助からない状況になっているかを把握する事が出来る。唯一の頼りになるだろう」と述べている。
一方で、感染状況の把握に独自の取り組みも見られる。西浦氏はコロナに感染した人の協力を募るウェブサイトを立ち上げ、健康観察アプリのデータ等を使って流行曲線を再現出来ないか研究を進めているという。未だ途上とも言える取り組みだが、コロナの感染分析を主導して来た西浦氏の矜持が垣間見える意欲的な研究と言える。とは言え、感染分析は難しい局面を迎えている事は間違い無い。
低感染率と変異株出現で「第9波」拡大も
今後、コロナの感染はどう推移して行くのだろうか。厚労省にコロナ対策を助言する専門家組織である「アドバイザリーボード」に参加する専門家の有志は4月19日の会合で、今後の感染状況について「第9波の流行は、第8波より大規模になる可能性が有る」との提言をまとめている。より具体的に言及しているのが、政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂・会長の見立てだ。
尾身氏は5月8日にNHKのウェブに掲載されているインタビューで「それを考える上で参考になるのが、イギリスの状況だ」と述べている。既にイギリスは人口の80%が感染しており、感染の波が起こる度に、徐々に亡くなる人の数が減って来ているという。尾身氏はこうした状況を「エンデミック」に向かっていると称した。エンデミックとは、特定の地域で感染が続いている状況で、世界的に流行している「パンデミック」とは異なる状況を指す。
ただ、日本では人口の40%しか感染しておらず、自然感染による免疫を獲得している人がイギリスに比べて少ないと見られる。尾身氏は「今後、半年から1年位の時間を掛けて、何回かの感染拡大を経た後、イギリスの様なエンデミックの方向になって行く可能性は有ると思っている」と指摘している。
西浦氏も同様の見方を示しており、減衰振動という用語を用いて西浦氏らしく説明している。減衰振動は、振り幅が時間と共に減少して行く振動を指しており、国内の感染状況について「もっとたくさんの感染者数や入院者数を経験して減衰振動に移る」と見ており、「第9波は第8波よりも大きくなる事も覚悟しなければならない」との結論に達している。更に言えば、西浦氏はインタビューが掲載された5月初旬の時点で、「第9波に入っている」との認識を示してもいる。
これらの見方を裏付ける状況が有る。この原稿を執筆している5月初旬の時点で、主流になりつつあるのが、オミクロン株の亜系統であるXBB系統だ。アメリカではXBB系統は既に9割以上を占めており日本でもこのまま主流になって行くと見られる。XBB系統は、新型コロナウイルスのスパイクたんぱく質に「R346T」「N460K」「F486S」等の特徴的な変異を持っており、従来のオミクロン株よりも免疫から逃れ易い性質が強くなっているとされている。
感染症の専門家である忽那賢志・大阪大教授は4月16日のヤフーニュースのサイト上で「過去のオミクロン株感染者やワクチン接種者もXBB系統には感染してしまうことが、これまでよりも多くなることが懸念される」と警鐘を鳴らしている。この為忽那氏は新たな変異株の出現に備え、迅速に把握出来る体制の重要さを訴えている。
推奨される手洗い・マスク・換気等の継続
若くて健康な人にとって症状は「風邪と同じ」の様になっている新型コロナウイルスだが、高齢者や基礎疾患を持っている人にとっては重症化し易く、注意が必要だ。では、どのようにして感染を防ぐ事が出来るのだろうか。専門家が口を揃えて指摘するのが、これまでと同じ地道な感染対策だ。手洗いやうがい、消毒の他、マスクの着用、換気、人との距離を取る事が引き続き有効とされる。勿論、密閉・密集・密接の「3密」も避ける事が肝要だ。
新型コロナウイルスのワクチンの無料接種も今年度は続き、5月8日から高齢者や基礎疾患など重症化リスクの高い人、医療や介護従事者への接種が始まっている。9月からは重症化リスクの低い人にも対象を拡大する。
尾身氏はNHKのインタビューで新型コロナウイルスについて「非常に強かなウイルス」と称している。新型コロナウイルスは無症状の人達から感染する性質が有る事を挙げ、「新型コロナ対応の難しさの根本的な原因で、このウイルスの本質的な特徴だ」と指摘している。その上で「ここまで長丁場の対応になるとは正直思っていなかった」と本音を吐露している。尾身氏がこう表現する様に、新型コロナウイルスは人類にとって手強い相手と言える。
一方で、病床確保した際の政府の補助金が減る事も有り、コロナ病床を縮小する動きが相次いでいる。新型コロナウイルスの患者の受け入れの先頭に立って来た東京都立駒込病院の今村顕史・感染症センター長は5類移行が決まった4月27日の感染症部会で、「これまで前線で診療を行って来た多くの医療機関では、今後、一般医療との両立を目指す事になる為、受け入れ数は入院外来共に減少する事が予想される」と指摘している。
今後、感染の動向は掴み難くなる。1〜2週間に1回程度、開かれていた厚労省のアドバイザリーボードも不定期の開催になり、新型コロナウイルスにニュースとして接する頻度は極端に減る可能性が高い。第9波が到来する事が予想されている状況では、自らの健康状態を把握した上で自衛の為の対策を取る事が、これ迄以上に重要になる事は間違いなさそうだ。
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