いよいよ4月から保健医療機関へのオンライン資格確認導入の義務化が始まり、医療DXの基盤整備が本格化する。マイナンバーカードの普及も9600万枚を超え、保険証としての活用も一層進むと予想される。今後は電子カルテの本格導入や医療機関間のデータ連携等が見込まれるが、費用負担の経営への影響や実際の運用方法に不安を感じている医療関係者も多い。医療DX推進の為、国はどの様なデジタル戦略を描いているのかをデジタル庁国民向けサービスグループ長の村上敬亮氏に伺うと共に、東証プライム上場企業であるエアトリ取締役CSO、アクセンチュア戦略コンサルティング本部統括マネジング・ディレクターであり、集中メディプロ代表取締役社長兼CEOの二井矢祥氏に医療機関がDXを推進する際の考え方や体制作りの際のポイント等について講演して頂いた。
尾尻 佳津典 「日本の医療の未来を考える会」代表(『集中』発行人):2004年にDXという概念が世界に発信されて20年近く経ちました。日本も世界に遅れることなくDXを進めて行かないと、先進国から周回遅れにさえなると懸念されます。特に医療分野でのDXでは、質の高い医療の提供を目指す病院と、収益を目的とする企業のコラボレーションが不可欠で、そこに難しさも在ります。本日は、DXに関する最先端の情報を勉強したいと思います。
2004年にDXという概念が世界に発信されて20年近く経ちました。日本も世界に遅れることなくDXを進めて行かないと、先進国から周回遅れにさえなると懸念されます。特に医療分野でのDXでは、質の高い医療の提供を目指す病院と、収益を目的とする企業のコラボレーションが不可欠で、そこに難しさも在ります。本日は、DXに関する最先端の情報を勉強したいと思います。
■API連携で医療DXの技術的な基盤が整う
本日は、医療というよりもデジタルの立場から見た医療DXについてお話しします。最初に基本的な知識として知っておいて頂きたいのが「API」です。デジタルの世界ではここ5年程でAPI連携が当たり前の様に行われ、DXを裏で支える主役となりつつあります。
昔はシステム同士でデータをやり取りするには、システムを統合するか、データを徹底的に標準化するしかありませんでした。しかし、RESTという設計モデルとJSONというデータ形式が普及した事により、システムを完全に統合したり、データを標準化したりしなくても、データをやり取り出来る様になった。これがAPI連携です。医療DXではHL7 FHIRという形式でデータを交換する事になっていますが、全ての病院が同じ形式で作成していないと連携出来ないかと言えばそうではありません。さすがに100病院で100通りの形式というのでは困難ですが、「殆どが標準的形式を使っているけれど、他の形式を使っている所も在る」位の状況なら、API連携を使えば、完璧に標準化しなくてもデータを支障なくやり取り出来ます。そうした技術的素地が整い、コンピューターも現場の隅々にまで行き渡るようになった。こうした前提の中で、情報処理費用を合理化し、多くのデータが繋がる事によって医療サービスの質を上げ、医療に新たな価値を付加して行く。これが医療DXです。
カルテの電子化の議論で言えば、現状のカルテは基本的にはそれぞれの医局の中だけでしか使われていない。外科なら外科の中で治療に用いられ、記録として引き継がれて行きますが、直ぐ隣の病院の外科と情報を共有する必要性は、現状ではあまり無い。ですから、病院毎にカルテがバラバラでも問題は生じていない。そうした感覚のまま、電子カルテを導入する時に自分達の病院の業務実態や習慣にぴったり合わせてシステムを構築している為、他の病院とデータのやり取りが出来ないという事が起こりつつあります。しかし、他の病院と情報をやり取りする機会は未だそう多くはない。この為、「別に繋がらなくてもいいんじゃない?」という声も上がっているのが、多くの現場での現実です。
同じ事は、教育の現場でも起きています。学校毎に生徒個人の成績や健診データを持っていますが、学校同士でデータをリアルタイムでやり取りする仕組みは無い。情報をバラバラの状態で管理しているから、転校や中学校への進学等、行政機関との連携でどうしても必要な局面に於いても、紙に印刷し封筒に入れて恭しく相手に渡すしかない。これではDXにはなりません。しかし、API連携出来るシステムを採用していれば、仮にシステム自体を完全に統合したり標準化したりしなくても、必要な学校、必要な機関の間でのデータのやり取りが出来ます。
但し、この場合、データを渡す相手をしっかり確認出来る事が不可欠です。データ連携が出来る状態を整えても、相手先で誰でも内容が見られる状態なら、例えば校長にしか見せられない機密情報等は、結局、紙に印刷し封筒に入れたものを校長に手渡しするしかない。この為、API連携では、マイナポータルやオンライン資格確認同様、データを渡すべき相手が本人かどうかが確認出来、本人がデータを渡して良い相手であるかどうかを確認する事が出来るシステムが必要になります。
■電子カルテ標準化、具体的運用策は今後の検討課題
マイナンバーカードの普及は9600万枚を超え、認知症等サポートの必要な高齢者や未成年を除き、殆どの成年男女がマイナンバーカードを持つ時代がやって来ました。マイナンバーカードのICチップの中に税金や医療情報等の大切な個人情報が直接入っていると誤解している人も多いですが、ICチップに入っているのは住所、氏名、生年月日、性別、マイナンバー等限られた情報だけです。むしろ、マイナンバーカードは、保険者や行政機関が大切に保管している様々なデータを本人が見る為の鍵の役割を果たします。その鍵はパスワードを知らなければ使う事は出来ませんし、パスワードを知らずに無理矢理使おうとすると、ICチップ自体が壊れる仕組みとなっています。
最近では、マイナンバーカードが有れば、マイナポータルから、自分の特定健診や処方された薬剤の状況、医療費の通知等を確認出来る様になりました。マイナンバーカードと健康保険証との紐付けも約6000万人まで対応が進んでおり、医療機関側も本年9月には、一部の例外を除いて全ての医療機関でマイナ保険証への対応が終了します。電子処方箋の普及に向けた取り組みも進んでおり、マイナンバーカードは23年5月11日からAndroid携帯を皮切りに、スマホ搭載が可能となります。
全国医療情報プラットフォームの構築については、所謂3文書6情報と呼ばれる範囲を基礎に、電子カルテのデータを標準化する方向で検討が進んでいます。その際、電子カルテのデータの内、共有するデータを特定の機関に予め送信し集中管理するのか、各医療機関や保険者が持つデータを必要な時に必要な者が交換し合える分散管理の仕組みとするのか、といった辺りは議論中です。或る県では、帰省先で産科に掛かった妊婦の医療情報が手に入らず、且つ診察に当たったのが経験の浅い研修医という状況でお子さんが亡くなる事案が有りました。これを受けてその県では、医療情報を迅速に共有出来る体制を国に先んじて進めて行く必要が有るだろうとの議論が始まっています。過疎地対策も含めて都道府県によって事情が異なる為、自治体間で対応に温度差もありますが、国は、全国規模で医療機関間でのデータの共有を進める方向で議論を進めて参ります。
■診療報酬算定の共通モジュールを早期実現、普及へ
もう1つ重要な議論は、診療報酬を算定する共通モジュールを開発・導入しようという取り組みです。現在病院では、患者が受付をする際、レセプトコンピューター(レセコン)で保険証を確認し、診察時には電子カルテを使い、診察を終えて会計時に再びレセコンで診療報酬を算定する流れになっています。診療報酬の算定はこの3つのプロセス全てに関わりますので、ここに共通モジュールを入れれば、一連の流れで作業が円滑に出来る様になる。異なるコンピューター間のデータの標準化やAPI連携も加速する事になるでしょう。多くの医療現場にとって事務の効率化に繋がり、診療報酬の改定時にもシステム側の対応を自動的に更新する事が可能になります。各病院がデータの標準化に取り組むモチベーションになるのではないかと期待しています。こうした意味もあって、診療報酬改定のモジュールは早めに実現し、普及させたいと考えています。
今後、高齢化で患者数が増えて行く事が予想されます。医療体制側も人手不足に悩む中、今のままで医療機関側がこれ迄と同じサービスを提供し続けられるとは限りません。又、医療技術が進んで取り扱う知見が増えるに従い、現場の一線におられる全ての医師が、的確な対応を選択するのは、ますます難しくなって行くでしょう。そう考えると、医療機関同士の連携はますます重要になります。API連携を切っ掛けに、技術的基礎は整いつつあります。是非皆さんと課題解決に向け、医療DXの議論を進めて行きたいと思います。
質疑応答
荏原太・医療法人すこやか高田中央病院糖尿病・代謝内科診療部長 ランサムウェアによる攻撃等が社会問題となっている中で新たなシステムに接続させる事は、病院側のリスクが増す懸念が有ります。日本では国のセキュリティ対策に対して国民は懐疑的になっています。実際に誰が責任を取るのかを含め、ロールモデルとしている国やシステムは有るのでしょうか。又、マイナンバーに紐付けされているデータが民間業者に流れないのかという点にも不安が有ります。
村上 今の日本の様にオンラインでの本人確認インフラがこれだけ普及した国はまだ一部しか有りません。その意味ではロールモデル無き状況に入りつつあります。マイナンバーカードを活用する事自体が、病院側のシステムに新たな技術的脆弱性を持ち込む事はありません。しかし、スマホの顔認証機能の活用の様に利便性を追求しながらも、あくまでもセキュアにデータにアクセス出来る様にする事がこれらの取り組みの大前提です。セキュリティを担保する技術やハッカーから情報を守る手段は、常に磨いて行く必要があるでしょう。
土屋了介・公益財団法人ときわ会顧問 病院間の情報のやり取りは、病院紹介等で必要ですが、全体の仕事量から言えば微々たるものとも言えます。そこに力を入れるのは無駄が多いのではないでしょうか。又、カルテの中身を全て個人が見られる様になると、医師の記述を巡って患者本人との間でトラブルが起こる懸念も有ります。
村上 データ連携には大きなプラットフォームに全てのデータを集約する方法と、データは各病院に蓄積しておいて、必要な時に呼び出す分散型の方法が有ります。私個人の考えは分散型に近いのですが、未だ結論が出ていません。データを見られる範囲をどこ迄にするのかといった運用面でも議論すべき事項は多岐に亘ります。今後、ルール化の議論を急いで行く事が必要です。
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