G7とグローバルサウスを繋ぐ重責を果たせるか
林芳正・外相が3月1、2日にインドで開かれた主要20カ国・地域(G20)外相会合を欠席した事は、多くの政治・外交・安全保障専門家に大きな驚きと落胆を広げた。
日本がウクライナ支援に関与する意味
ロシアのウクライナ侵攻と中国の覇権主義を巡る外交戦が緊迫する中、国際社会の世論形成に於いて鍵になるのが「グローバルサウス」(南半球を中心とする新興国・途上国)だ。G20は中露もメンバーで、グローバルサウスの盟主を目指すインドが今年の議長国を務め、9月のG20首脳会議へ向けて激しい駆け引きの舞台になる。日本は岸田文雄・首相の地元広島で5月に開く主要7カ国首脳会議(G7サミット)の議長国として、グローバルサウスを民主主義陣営に引き寄せる努力を尽くすべき立場に在るにも拘わらず、その重要な機会を自ら放棄する失態に批判の声が上がった。
【まさに、ホスト国のインドの顔に泥を塗る行為。もしも5月のG7広島サミットで、日本の首相以外、国内政治的な理由で一人も首脳が来なかったら、日本国民はどう思うだろう?】
ツイッターでこう呟いたのは国際政治学者の細谷雄一・慶應義塾大学法学部教授だ。林外相がG20外相会合を欠席した理由は、3月1日に開かれた参議院予算委員会に出席する為というものだったが、当日の予算委で林外相が答弁に立ったのは僅か53秒。政府・与党が野党と調整すれば、予算委の日程を変更するか、副外相の出席で理解を求める事も出来た筈である。政府・与党は「国会の慣例」を言い訳にしているが、欧米と中露がインド等のグローバルサウスを挟んで繰り広げる駆け引きへの直接参戦を回避したかの様に映る。
G20外相会合には山田賢司・副外相が3月2日のみ出席し、アジアや中東・アフリカ諸国への緊急食糧支援等に5000万ドルを拠出する事を表明したが、G20外相会合における日本の存在感は極めて希薄だったと言わざるを得ない。林外相は翌3月3日にインドを訪問し、米国、オーストラリア、インドとの4カ国の協力枠組み「クアッド」外相会合に出席する事で中露を牽制したものの、日本外交の及び腰を印象付ける形になった。
ロシアによるウクライナ侵略を第2次世界大戦後の国際秩序に対する脅威と見做し、戦後国際秩序を守る為に欧米を中心とする民主主義諸国が結束してウクライナを支援すべきだと強く訴えて来た細谷教授ら親欧米の外交専門家と日本政府の認識は一致している筈だが、民主主義国においては国民世論の理解を得る努力が必要であり、政権を担う政治家の覚悟が問われる。政治が僅かでも逃げの姿勢を見せれば国民との信頼関係に綻びが生じ、中露の様な権威主義国家はそこに付け込んで揺さぶりを掛けて来る。何故欧州の戦争に日本が関わる必要が有るのか、ロシアは北大西洋条約機構(NATO)の拡大に対抗してやむなくウクライナに侵攻した、等のプロパガンダだ。
実際、こうしたプロパガンダに乗じた親露・反米の学識者やネット右翼・左翼等が親欧米派批判を展開している。それに対し、国際政治学者の東野篤子・筑波大学人文社会系教授が反論したツイートを以下に引用する。
【今ここで我々が、ウクライナを支援し、ウクライナを支援する欧州諸国としっかり連携するのは、(嫌な言い方かもしれませんが)東アジア有事の時に確実に(米だけではなく)欧州からも協力を引き出せる「保険」のようなものです】
東アジアに位置する日本にとっての脅威は言う迄も無く中国の軍事的台頭であり、中露の軍事連携であり、北朝鮮の核・ミサイル開発である。仮に中国が台湾に侵攻した時、又は中露の支援を受けた北朝鮮が韓国に侵攻した時、欧州が「アジアの紛争には関与しない」と言って傍観を決め込んだら、困るのは民主主義陣営の最前線に置かれた日本だ。現に英国やドイツが中国重視の対アジア外交を展開していたのは10年も前の話ではない。東野教授のツイートの引用を続ける。
【過去の欧州諸国が、いとも簡単に中国に転がされてしまってきた経緯をずっと見てきた身としては、中国が欧州諸国に現在のような外交攻勢を続けた場合、欧州が揺るがないと楽観視することは全くできません。そして今、日本と欧州を結び付け、中国と欧州を分かつものこそ、対ウクライナ支援なのです】
岸田政権は今こそ、日本がウクライナを支援する意味を国民に説明し、その継続・強化に理解を求めなければならない。G20外相会合への出席を逡巡している様では国民に覚悟は伝わらない。
【東アジア有事の時、「でも日本は、ロシアのウクライナ侵略の際には途中まで中途半端に支援していたのに、途中で『私たち、中国対策に注力したいからウクライナ支援やめます』と言ってウクライナを見捨てたよね」と欧州諸国に言われたいのでしょうか】【身も蓋もない言い方をすると、日本は中国との間で欧州を「取り合って」きました。その積み重ね如何が東アジア有事の時にも大きくものをいうのです】
ロシアのウクライナ侵攻開始から1年が経過し、国民世論に「支援疲れ」が広がらない様に欧米各国の政権が苦心している中での林外相のG20欠席だった。社会調査研究センターが3月5日にインターネットで実施した全国世論調査で「日本政府がウクライナ支援を強化すべきだと思うか」と尋ねた結果は「強化すべきだ」47%、「強化する必要はない」26%、「わからない」26%となった。支援強化を求める意見が半数に及ばないという微妙な世論の状況をどう見るべきか。
林外相には「前科」が有る。欧米各国が厳しい経済制裁方針を突きつけてプーチン大統領にウクライナ侵攻を思い留まるよう説得を続けていた昨年2月中旬、林外相はロシアの経済発展相とテレビ会議を開き、あろう事か経済協力の話し合いを行ったのである。もし仮に中国が台湾侵攻の構えを見せた時、国際社会が結束して侵攻阻止の努力を続ける中で中国と経済協力の協議を行う国があったとしたら、中国の脅威と最前線で向き合う我々の目にそれはどう映るか。
今年は日本外交の歴史的な分岐点
前述した細谷教授は朝日新聞による2月のインタビューで日本外交の役割を強調していた。
【まずはG7広島サミットと、その後の秋に行うインドが議長国となるG20サミットをつなぐことが重要です。ロシアに厳しい態度で制裁をするG7と、一方でロシアとの一定の協議を行うG20の二つをどうつなげていくか。それが、今後1年での日本外交における大きな分岐点であり、試練だと思います】
この試練に立ち向かう岸田政権の外交力と覚悟が問われている。岸田首相は急遽、3月20日にインドを訪問。インドの顔を立てつつ、G7首脳で一人乗り遅れていたウクライナ訪問に繋げる事で、外交失点の挽回を図った。
岸田首相は1月の施政方針演説で「歴史の分岐点」に立っているとの認識を示した上で「日本は、5月の広島サミットの成功は勿論、G7議長国として、強い責任感を持って、今年1年、世界を先導して参ります」との決意を表明した。その意気や良し。今年の日本外交の成否には、内閣支持率の低迷する岸田政権の浮沈のみならず、侵略戦争を違法化した戦後国際秩序の存亡が掛かっているという事を肝に銘じて頂きたい。
LEAVE A REPLY